アカデミーとは何か
タナベコンサルティングでは企業内大学を「会社の中に学校をつくり、理念・戦略を具現化する人材を体系的かつ計画的に排出する学習プラットフォーム」と定義し、「アカデミー」と呼んでいる。社員のためのオリジナル学習システムであり、企業理念や方針の浸透、自社独自の仕事の進め方や技能の習得を促進する。
人材の成長を多方面から支えるアカデミーは、いわゆるただの“教育”ではなく、経営システムの一つとして位置付けることができる。タナベコンサルティングではこれまでに全国で177校のアカデミー設立支援を行ってきた(2024年3月時点)。
アカデミーに整備する必要があるカリキュラムは、新人の知識インプットを目的としたものから管理職のマネジメント力の向上を目的にしたものまで多岐にわたるが、大きく【図表1】の2つの区分に分けることができる。このうちどこから着手するかは、企業の課題やニーズに合わせて決めるのが望ましい。
【図表1】アカデミーのカリキュラム区分
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
プロフェッショナルアカデミー構築のポイント
⑴スタートアップアカデミー
プロフェッショナルアカデミーは実務者を育成するシステムである。この中でも、特に新入社員をゼロから育成することを目的とした「スタートアップアカデミー」を構築する企業が多い。
スタートアップアカデミーのニーズが高い要因の一つとして、OJTの在り方に変化が生じていることが挙げられるだろう。これまで一般的な新人教育といえば、社内ルールや業界の基礎知識を入社直後に研修を通じて一斉にレクチャーし、個別具体的な業務内容やスキルは主にOJTを通じて教育するというスタイルが主流であった。しかし、昨今は新人がいち早く専門性を身に付けて活躍することが求められており、より効率的で、抜け漏れのない教育の必要性が高まっている。
このニーズを満たすのがOff-JT教育システムの「スタートアップアカデミー」である。【図表2】は、新人研修の設計から実施・フォローに至るまでのステップを示している。
【図表2】「スタートアップアカデミー」の構築イメージ
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
研修を実施しても効果が得られない要因として最も多いのは、新入社員が研修で何を学んだのか、現場が理解していないことである。現場の理解を得るには、研修の設計段階から現場を巻き込むのが近道だ。現場の要望をヒアリングし、現場の求めている新入社員を育成することがスタートアップ設計において非常に重要である。
⑵技術伝承アカデミー
プロフェッショナルアカデミーのうち新人教育の次にニーズが高いのは、「技術伝承アカデミー」である。「技術伝承アカデミー」とは、全社員を対象としたプロフェッショナル人材の教育システムで、会社のDNAとなる技術やマインドを次世代へつなぐアカデミーである。
日本では労働力人口のボリュームゾーンである団塊ジュニア世代が、およそ10年後に一斉に定年を迎えようとしている。企業の多くはこれまで第一線で活躍してきた人材を短期間で失うという課題に直面しており、人材力を維持向上させるための次世代への技術伝承は喫緊の課題だ。
技術伝承アカデミーは、最前線で活躍している現場社員の経験・ノウハウを可視化し、会社の資産とする。その構築には次の3つのステップがある。
第1ステップはモデルとなる優秀な社員へのアンケートやヒアリングを通じて、カリキュラム内容を決定することだ。例えばモデル社員の実務(スキル)と姿勢(マインド)の両面を分析するなど、技術や役割において自社のモデル像を確立することにより、企業が次世代に引き継ぐべき内容をおおまかに定めることができる。
第2ステップでは複数のモデル人材とプロジェクトを組成し、ステップ1で検討した方向性に沿ってディスカッションすることでマニュアルを作成する。特定の個人に頼るのではなく、数名で意見を出し合うことにより、経験則に基づきつつも多面的な視点から「カン・コツ・ツボ」を明文化することができる。
第3ステップでは、誰が現場への浸透を図るのか、伝道者を決定する。会社の目指している姿を理解し、かつ時代に合った教え方ができる人材を選定する。もし適した人材がいなければ指導者を育成することから始め、確実な技術の承継とプロフェッショナル人材の早期育成ができるシステムづくりを目指す。
リーダーシップアカデミー構築のポイント
リーダーシップアカデミーでは、次世代のリーダーを担い、組織をけん引する人材の育成に重点を置いている。現代の企業に求められるリーダーとは、先行きが不透明な経営環境の中、リーダーシップを発揮し戦略を推進していく“経営者”としての能力を備えている人材である。
リーダーの育成においては、戦略推進に必要な知識・スキルを環境変化に合わせて常にアップデートしていくことが必要不可欠である。そのためのシステムが、リーダーシップアカデミーであり、構築は【図表3】のステップで進めていく。
【図表3】リーダーシップアカデミーの構築イメージ
出所:タナベコンサルティング戦略総合研究所作成
構築のステップはプロフェッショナルアカデミーと大差ないが、ポイントは自社の事業戦略を推進できる人材はどのような特徴を持っているのか、ビジョンを体現する人材とはどのような知識・スキルを有しているのかを明確にすることである。すなわち、自社にとってのリーダー人材とは何かを定義することである。
自社の「経営者人材とは何か」が明確になれば、卒業要件もおのずと見えてくる。学んだ内容の理解度を測るためにはテストやレポートがよく用いられるが、学んだことを実務に生かすよう促すためには、実務における結果(営業成績やMBO)で測ることが理想である。
また、人材育成においては、受講者本人が学ぶ目的を理解して主体的に学ぶための仕組みが不可欠である。そのため、リーダーシップアカデミー受講後のキャリアビジョンを受講者本人が描ける環境を整備することも重要だ。仕組みとしては下記のような例が挙げられる。
①リーダーシップアカデミーの卒業を昇格要件
特に、管理職へ昇格するタイミングで実施すると、学んだマネジメントスキルを実務で即アウトプットできるので効果的だ。また、人事処遇にもひも付くため、受講者のモチベーション向上につながる。
②職種や部署の異動希望を出す際の条件
「○○のカリキュラムを受講すると、○○部への異動申請を提出できる」といった仕組みを設けることにより、社員自身が興味のあることや挑戦してみたいことを主体的に発信できる環境を構築できる。これにより、自律的な人材の育成や組織の活性化が期待できる。
市場のニーズや働き方が多様化・複雑化する経営環境の中で、企業には事業戦略を推進するだけでなく、的確かつ迅速な対応が求められる。今後、経営者人材を戦略的に育成することが、どの企業にとっても必要になってくるだろう。ぜひこの機会に、リーダーシップアカデミーの構築を見据え、まずは社内の経営者人材を定義してみてはいかがだろうか。
2018年、タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。人事制度や教育制度の構築支援、セミナー講師・運営など、人材育成の現場に幅広く携わる。階層別・テーマ別の教育カリキュラム策定から企業内講師育成・研修運用までを支援し、中堅・中小企業の人材育成内製化を実現した経験を多数持つ。人材育成研究会のサブリーダーを務め、「業績に直結する教育の効果的な運用」を研究中。