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コラム
人材マネジメントの流儀
企業が「今」取り組むべき人材マネジメント施策のポイントについて、タナベコンサルティング HR コンサルティング事業部メンバーが徹底解説。実際の企業の取り組み事例を交え、採用から育成、活躍、定着と制度構築まで網羅し、人事の極意に迫ります。
コラム 2024.02.26

Vol.1 中堅・中小企業が今、取り組むべき人材マネジメントとは? 川島 克也

中堅・中小企業が今、取り組むべき人材マネジメントとは?:川島 克也

 

激変する環境に適応するための企業戦略

近年の経営環境はダイナミックに変化している。世界規模での感染症の流行や気候変動、そして世界経済における新興国の台頭や地政学リスクの高まり、さらに経営においてもIT技術の急激な進歩とそれに伴うビジネスモデルの変化など、近年の経営環境はまさに千変万化といえる。

 

「企業は環境適応業」といわれるが、この劇的に変化する環境の中、多くの企業もまた、ダイナミックに変わろうとしている。それを示す代表的なものが、中期経営計画書や統合報告書である。私は経営コンサルタントとして、クライアント企業と共に上場企業の中期経営計画書や統合報告書をチェックし、戦略についてディスカッションする機会も多い。その中で昨今、多く見かける戦略テーマは、「グローバル戦略」「新規事業・分野の開拓・開発」「DX戦略」といった大きな変革を目指すものである。

 

これらと併せて、ほぼ例外なく「人材」に関わる施策が重点に掲げられているのも目立つ。グローバル人材や、新規市場・分野の開拓に向けた事業開発人材、DX人材などの確保・育成といった人事施策が、経営戦略とセットで記載されているのもよく見られる。

 

当然のことながら、経営戦略の推進にはそれを実行する人材が不可欠であり、企業が環境に合わせて大きく変化しようとする中、経営戦略と人事戦略はより密接に連動するようになっているといえるだろう。

 

 

企業変革を支える「人材」

企業経営の原則は、環境の変化に合わせて経営戦略や組織戦略、ビジネスモデルを再創造しながら持続的に成長することである。その方向性を示すものとして中期経営計画を掲げる企業は多いが、実際のところ、6割以上の計画は実行されていないといわれている。その原因はどこにあるのだろうか。

 

私は、一番の原因は「人材」の不足にあると考える。どれだけ素晴らしい計画を策定し、精緻なマネジメントシステムを構築しても、それらを推進するのは人材である。そのため、経営戦略と人材マネジメントは本来連動しなければならない。しかし、企業の多くは経営戦略への投資に取り組む一方で、人材マネジメントへの投資が二の次になっている。その理由は2つある。

 

一つは、これまでの経営戦略は既存のビジネスモデルの延長線上にあることが多く、人材マネジメントシステムに大きな転換の必要がなかったこと。もう一つは、既存の体制でカバーできる程度の転換であったことが挙げられる。こうした経験を背景に、既存の人材マネジメントシステムのままでも「頑張ればなんとか達成できる」という考えが根付いてしまったのではないだろうか。

 

 

戦略実現の鍵を握るのは人材マネジメント

しかし、現在の経営環境は目まぐるしく変化する不確実性の高い状況である。環境変化に伴って顧客ニーズの専門化・多様化も進んでおり、「頑張ればなんとかなる」的な人材マネジメントでは対応できなくなってきた。

 

我々コンサルティング会社を例にして考えてみよう。あるクライアント企業の成長戦略実現には、「海外事業の立ち上げ」と「デジタルを活用したビジネスモデルの構築」、「次期経営者人材の育成」が必要だとしたら、これらすべてのテーマを1人のコンサルタントが扱うのは現実的ではない。クライアントの立場に立ってみても、1人のコンサルタントが「頑張ってなんとか」することより、確実に問題を解決できるチームを求めるだろう。より専門的で多様な顧客ニーズに対応するため、我々コンサルティング会社は組織と人材の専門化を求められるというわけだ。

 

現在は今まで以上に、経営戦略と人事戦略との連動性を持つ重要度が高まっている。とりわけ、取り組みが遅れてきた人材マネジメントに力を入れることが、企業戦略の実現(=企業競争力の強化)には必要不可欠になっているのだ。

 

 

トレンドに翻弄されない、本質的な人事施策の必要性

こうした状況に気付いた企業は、中期経営計画における重点施策に「人材力強化」を掲げ始めている。では、それらの企業はどのような人材マネジメント施策に取り組んでいるのか。

 

よく目にするのは、「エンゲージメント」「ウェルビーイング」「ダイバーシティー」「リスキリング」「トータルリワード」「ジョブ型人事」などであるが、実際に企業がこれらに正しく取り組み、成果につなげられているのかは疑わしい。例えば、エンゲージメント向上に取り組んでいる企業は多いが、その本質を理解している企業は一体どれだけあるだろうか。

 

人材マネジメントにはトレンドがあり、その時々で新たなマネジメントノウハウが生まれてくる。こうしたトレンドを取り入れることに必死になり、その本質をつかみきれないまま「なんとなく」実行している企業も多いと感じる。ノウハウの定義や手法が、本来の意味と違った理解をされているケースも多々見受けられる。

 

だが、人材マネジメント施策に対する「目的」「ゴール」が曖昧で、施策の本質的な理解を欠いたまま取り入れても成果は上がらない。人材マネジメントは経営戦略と連動した経営システムであり、トレンドに流されず、全社的な視点で目的意識を持つ必要がある。

 

 

リスキリングは単なる「学び直し」ではない

例えば「リスキリング」は「学び直し」と単純に理解されることも多いが、似た意味で使われる「スキルアップ」や「リカレント」とは明確に異なる。

 

近い将来、デジタル化の急進に伴って現在の仕事の一部はなくなり、新しい仕事が生まれることは必至だ。この新しい仕事に必要とされるスキルを新たに習得することを、リスキリングという。企業の経営環境が変わると経営戦略やビジネスモデルが変わり、それに伴い社員に求められる役割・スキルも変わる。こうした変化に適応し、価値を生み出し続けるために必要とされるスキルを社員に身に付けてもらう、そのための「学び直し」を考えるのがリスキリングの本質である。既存スキルを高度化する「スキルアップ」や、生涯学習的な視点で人生を豊かにするための「リカレント」などとは目的が異なるのだ。

 

リスキリングを単なる学び直しとして、具体的な取り組みを個人に委ねる形で推進しても成果にはつながらないだろう。企業は経営戦略に基づいて学ぶべき分野やスキルを従業員に示し、社員は企業の向かう方向性に沿って新たなスキルを習得する必要がある。リスキリングの本来的な推進には、まさに経営戦略と人事戦略が連動した仕組みが必要なのだ。

 

このように、トレンドの人材マネジメント施策を一つ一つ冷静に掘り下げてみると、従来の「原理原則」と本質的には同じであることが多い。

 

 

企業が今、取り組むべき人材マネジメントとは

本連載は、人材マネジメントは経営戦略と連動した経営システムであるという本質を軸として、中堅・中小企業が今、取り組むべき人材マネジメント施策のポイントについて解説していく。

 

実際に企業における経営者、経営幹部、人材マネジメントに携わる方々が、自社で応用できるよう実際の企業の取り組み事例も紹介していきたいと考えている。また、人材部門の体制が十分備わっていない企業でも参考にしやすいよう、大手企業ではなく中堅・中小企業向けの情報を中心に紹介していくつもりだ。

 

本連載が、企業の人材マネジメントの本質を理解することに役立ち、自社に最適な人材マネジメント施策が構築・実施されるきっかけとなればなによりだ。そして最終的に、人材力の強化や、企業のビジョン・戦略の実現につながる取り組みが生まれることを期待している。

PROFILE
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川島 克也
Katsuya Kawashima
タナベコンサルティング HRコンサルティング事業部 上席執行役員
2001年タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社。2020年より執行役員。経営全般からマーケティング戦略構築、企業の独自性を生かした人事戦略の構築など、幅広いコンサルティング分野で活躍中。大手から中堅・中小企業の競争力向上に向けた戦略構築と、強みを生かす人事戦略の連携により、数多くの優良企業の成長を実現している。