少子高齢化、過疎化、地域経済の弱体化、担い手不足など、日本の地方都市を取り巻く課題は山積みだ。こうした中、千葉県いすみ市では、社会課題に負けない持続可能なまちづくりを見据え、地域商社など独自の官民連携バリューチェーンを活用し、独自の取り組みを進めている。
東京から特急で約1時間。房総半島南東部に位置する千葉県いすみ市は、東に広大な太平洋を臨み、肥沃な耕地が広がる自然に恵まれた土地柄だ。親潮と黒潮が交わる全国有数の漁場のある漁師町で、日本有数の漁獲高を誇る伊勢エビをはじめ、真ダコ、サザエ、アワビなどが有名。また四季折々の農産物が収穫できる田園都市でもあり、コメやナシなどの生産も盛んである。
都心からの利便性が高く自然に恵まれた地域でありながら、同市は近年、人口減少に悩まされ続けている。2000年に4万2835人だった人口は、2015年には3万8594人まで減少。さらに人口減は加速すると予測され、日本創生会議が発表した「消滅可能性都市」(2014年)にもリストアップされた。「何とか手を打たなければ」。強い危機感を抱き、状況を打破しようと立ち上がったのがいすみ市の有志たちだ。人口減少を食い止めるため、地域資源を活用して雇用創出を図るとともに地域所得の向上を目指し、子育て世代が安心して暮らせる地域づくりをするためのプランを練っていった。いすみ市水産商工観光課の山口高幸氏は、そんな有志メンバーとして活動している1人だ。
「いすみ市には、都市も古都も、観光資源もありません。しかし、他にはない海の幸と山の幸、美しい景観、そして人の温もりがあります。これを地域資源と捉え、地域活性化を目指すことになりました。
モデルにしたのがスペインのサン・セバスティアンです。世界屈指の美食の街で、人口18万人の小さな都市にもかかわらず、星付きレストランやバルがひしめき合い、世界中から美食家が集まる場所として知られています。この街を参考に、地域内と地域外の人のノウハウを共有させることにより新たな付加価値を創出する『サン・セバスティアン化計画』を立てました」(山口氏)
この計画では、「食をテーマとした住み続けられるまちづくり」をコンセプトに、産業を発展させ住み続けられる街、移住者を受け入れ心地良い暮らしができる街、美しい自然と暮らしやすい環境の保全と整備などの戦略を立案。さらに、こうした戦略を戦術に落とし込み、立場の異なる人たちが学び合い、新たな価値を創造できる環境、そしてその価値を市内外に発信することを定めた。
人口減少という危機感を受けて始動した「サン・セバスティアン化計画」では、これまでにさまざまな取り組みを行っている。まず、いすみ市の海の幸と山の幸を知ってもらうため、全国のレストランシェフに呼び掛けて産地ツアーを開催。日本最大級の35歳以下の料理人のコンペティション「RED U-35」で優秀な成績を収めたシェフが所属する「CLUB RED」と連携して実施したものだ。いすみ産の食材を実際に食してもらうとともに、生産者や地元のシェフとの交流、調理技術などの勉強会、共同メニュー開発と市内飲食店での提供など、多彩な活動を行っている。全国の若手シェフと、いすみ市の若手シェフや生産者がコラボレーションしながら、いすみ市の価値を創造していった事例と言えるだろう。
ほかにも、「食」を生かした価値創造として、2017年からいすみ市で収穫された特別栽培米「いすみっこ」を市内の全小中学校の学校給食で採用。農薬や化学肥料を使わないコメの採用により、子どもに安全・安心なふるさとの食材を提供している。また、田植えや稲の刈り取りといった農業体験では、田んぼに生きる生き物の観察会など、ふるさとの豊かな自然を地域の子どもがより身近に体感できる取り組みも行っている。
「いすみ市には、輸入飼料に頼らず、地元で採れた飼料米や稲わら、酒かすなどを餌にして乳牛を育て、その排泄物はたい肥にして田んぼや畑に返し、国産飼料100%を実現しようと取り組んでいる『循環型酪農』を実践している酪農家、障がい者の雇用により担い手のいない農地を復活させている農福連携の社会福祉法人など、地域の資源を生かしながら、社会価値の高い取り組みを行う方々がいます。こうした方々の活動を広く発信することで、いすみ市のブランディングを行ってきました」(山口氏)
いくつもの価値創造の取り組みが相乗効果を発揮した結果、宝島社が発行する「田舎暮らしの本」の「住みたい田舎ベストランキング」において、7年連続首都圏エリア総合1位を獲得。さらなる移住促進のため、「お試し移住」や「自然と繋がる暮らし 体験ツアー」でいすみ市での暮らしを体験できる企画や、移住者同士のコミュニティーを育む取り組みを実施。移住者の声や体験談を掲載したオウンドメディアでも情報を発信している。