未来は、あそびの中に。体験価値をデザインし続ける会社:ジャクエツ 徳本 達郎氏×タナベコンサルティング 若松孝彦
コーポレートメッセージを一新し事業領域を広げる
若松 ジャクエツの創業は1916年。幼稚園経営から保育教材・教具の企画・製造に発展し、現在は空間・街づくりやコンサルティング事業を手掛けるなど活躍の場が広がっています。これまでもコンサルティングやセミナーなどでご一緒させていただいたことを光栄に思います。100周年を迎えた2015年に続いて2回目の対談(『FCC REVIEW』2016年3月号)となりますが、この間にスローガンや企業ロゴを一新されましたね。
徳本 新しいスローガンは「未来は、あそびの中に。」です。創業以来、「すべてはおさな子のために」という理念を掲げて子どもの環境づくりに特化してきましたが、今後はさまざまな領域において、「あそび」というキーワードを通して当社の知見を生かしていきたいと考えています。
企業ロゴも「JAKUETS」に統一しました。教材・遊具の印象が強い「ジャクエツ」から英字に変えることで、世界への発信も含めてイメージを広げていく狙いがあります。
若松 これまで、事業領域を子どもに特化していたことで、子どもの環境やあそびに関する高度な知見が蓄積されています。今回の一新では、高度な知見の中の「あそび」という旗を掲げたことにより、事業領域そのものがぐんと広がりましたね。
徳本 以前、若松社長からラボ(研究所)を創設するようにアドバイスを頂いたことが大正解でした。
あそびの研究については、「PLAY DESIGN LAB」という当社の研究所が重要な役割を担っています。教育やデザイン、建築、アスリート、脳科学など各分野の専門家と一緒に研究していますが、そこから外の知見が入ってくる。すると、ジャクエツにはない発想が生まれるようになりました。
若松 顧客は多様化するだけでなく、専門化しています。そのニーズに応える手段として、自社の専門的価値を打ち出すラボは有効です。「何を研究するか」は、「何で貢献するのか」という自社の貢献価値を明確にします。徳本社長は、あそびにフォーカスされました。PLAY DESIGN LAB では、IoTやAIといった新技術を活用した研究にも取り組まれているとお聞きしました。
徳本 あそびや安全対策のデータ収集を行っています。その1つが、富士通とのタイアップで実施した、子どもの活動量と睡眠の調査研究です。保護者の同意のもと、子どもたちに3Dセンサーを付けて1週間の活動を測定。生活リズムが安定している子どもの方が、成長に良い影響を与えることがデータで明確になりました。また、顔認証システムやAIの動作推定技術の活用についても研究しています。そうした研究から得られたエビデンス(根拠)は、遊具やサービスの体験価値を説明する上で非常に役立っています。
若松 PLAY DESIGN LABが開発や提案の裏付けになるなど、研究・開発・販売の良いサイクルが生まれています。ラボが社員の新たな発想を引き出している点も素晴らしいですね。
「知財功労賞」の「デザイン経営企業」部門で最高位を獲得
若松 2021年には特許庁が主催する令和3年度「知財功労賞」の「デザイン経営企業」部門で最高位となる経済産業大臣表彰を受賞されました。ヤフーやヤマハ発動機といったそうそうたる企業を抑えての受賞でしたね。同賞では、「未来は、あそびの中に。」というメッセージを掲げるものづくりの姿勢や経営戦略が総合的に評価されました。以前から、プロダクトデザインについては「グッドデザイン賞」(日本デザイン振興会)を受賞されるなど高い評価を得ていましたが、今回は開発体制や体験価値を含めた「デザイン経営」での受賞となりました。
徳本 デザインに秀でた企業の中で当社が選ばれたことを誇りに思っています。開発部門をはじめ全社員が非常に喜んでいます。これまでもデザイナーや著名な建築家とコラボレーションするなど、付加価値を高めて製品を販売してきました。しかし、そういった手法は限界が来ていると感じています。今の時代、形が美しい、見た目がきれいといった価値は当たり前になっています。壊れない、利便性が高い、効率が上がるという価値も、もはや当たり前。その次の段階に入っていると思います。
商品・サービスを購入すると、明日から便利になるような短期的なベネフィットではなく、20年後、30年後、さらにその先の未来に花が咲くような価値。それを当社は「未来価値」と呼んでいますが、そのデザインが重要になっています。
若松 同感です。いま、中長期視点の体験価値を意識したデザインが求められています。私たちも「ファーストコールカンパニー 100年先も一番に選ばれる会社へ、決断を」という経営コンセプトを発信しています。ジャクエツの場合、創造性や共感力を育むあそびの環境をデザインすることが、未来価値をつくることになります。ただ、未来に生じる価値をいかに理解してもらうか。ここは難しい課題です。
徳本 おっしゃる通りです。現在、PLAY DESIGN LABでは、元陸上競技選手でDeportare Partners代表の為末大氏や若手デザイナーとして活躍する三澤遙氏などに協力いただき、あそびと人の成長や、安全・安心に関するエビデンスを構築しています。
以前は、デザイナーや建築家などクリエーターを中心に協業していましたが、今は大学教授や他企業と協働し、あそびに関するエビデンスの収集にも力を注いでいます。そうしたエビデンスとプラスアルファの価値を、例えばアートのような、すぐに役立つものではないけれど、時を重ねるごとに豊かになっていく価値に組み合わせる。この両方が重要になっています。ただし、その価値は人じゃないと伝えられません。今回の受賞は、そうした人材も含めて評価いただいたと考えています。
若松 エビデンスという「コト」をデザインすることによって、未来価値を高い次元で表現されています。また、しっかりとした課題感に基づき、未来の社会を見据えた思想からプロダクトが生み出されている。その一貫性が高く評価されているのでしょう。