経営戦略に組み込んだM&Aを実践するイノチオホールディングス(以降、イノチオHD)。自社のミッション&ビジョンの「実現した姿と現状のギャップ」を具体化し、売り手(譲渡企業)と一丸になって「地域で一番頼りになる農業総合支援企業」を目指すグループ経営に迫る。
種苗や肥料、農業資材の販売から栽培コンサルティングまで、ビニールハウスを使う施設園芸の農業経営者を中心に、農業のトータルサポートを全国展開するイノチオHD。積極的なM&A(買収)でグループ企業は16社になったが、同社のM&A戦略の始まりは事業譲渡(売却)だった。
祖業である薬局事業は年商50億円、フランチャイズ展開のホームセンター事業も30億円。経営を支える2本柱の1本に成長した2つの流通小売事業を、2000年代に相次いでアライアンスで事業譲渡し、農薬・農業資材の農業関連事業に経営資源を集約したのである。
「大手ドラッグストアの地元進出やホームセンター業界の再編など、未来志向の成長と発展を考えたときに流通小売事業は厳しいと判断しました。良く言えば『事業の選択と集中』ですが、実際は必要に迫られて始めたM&Aでした」
笑顔でそう振り返るのは、イノチオHDの金田良弘氏。顧客密着型のソリューション営業という同社の強みを伸ばし、メーカー機能から小売・サービスまで垂直統合のバリューチェーンを補強するM&Aを手掛けてきた。
「泥臭い営業スタイルですが、『すぐに駆け付け、何でも問題解決できる、第6次産業の存在でありたい』。そう願って、譲受企業として事業承継・再生のM&Aを重ねました。そうすることで農業を支援する守備範囲が広がって、バリューチェーンに磨きがかかり、ビジネスモデルがより強固になりました」(金田氏)
“お困り事”の解決とサポート力の向上を目指し、事業譲受の動きが本格化した転機は2008年。キクの育種・種苗販売の国内トップ企業、精興園(現イノチオ精興園)の事業承継を、生産者の顧客から相談されたという。
地元・愛知の渥美半島は全国屈指のキクの産地で、従来から栽培農家を支援してきたが、さらに精興園の6000種超の品種と開発力が加わるメリットは大きい。急きょ、金田氏がM&Aリーダーとなってプロジェクトを発足し、実現にこぎ着けた。当初の半年間は週3日、金田氏が現地に常駐。3年間は赤字を覚悟したが、初年度から多額の利益を計上し、すぐに投資額を上回る金額を回収した。
「全てがうまくいった成功案件です。キクの商品力が高く、開発中の新種が大ヒットする幸運にも恵まれました。売り手を経験したことで、M&Aが事業承継の選択肢になることは分かっていましたが、やり方次第でグループの成長角度が上がる案件があるのだと身をもって知りました。それからですね、M&Aを戦略的に活用しようと考えるようになったのは」(金田氏)