経営を取り巻く環境が大きく変わる中で、2014年に初めて創業家以外から社長が就任し、「社員が主役」の経営体制の下、構造改革に取り組んでいるサンゲツ。2020年に新たな長期ビジョンと中期経営計画を掲げ、2030年へ向けて事業の変革を進めている。
サンゲツは、愛知県名古屋市に本社を置くインテリア企業である。事業の原点は、江戸時代末期(嘉永年間)に、表具師日比弥助が創業した山月堂だ。元々、ふすま張りなどの手仕事を手掛けていたが、次第にふすま材料を商うようになった。そして1956年、他社に先駆けて壁紙の取り扱いを始め、建築物の洋風化などを背景に大きく成長したことが、今日の事業の基盤となった。
現在は壁装材や床材、カーテン、椅子生地などを幅広く取り扱い、国内では壁装材で5割以上、床材で約4割と高いシェアを誇っている。
健全な財務体制の下で着実に事業を拡大してきた同社だが、代表取締役社長執行役員の安田正介氏は、2014年の社長就任前、社外取締役だったころから、同社の将来に対して危機感を募らせていた。
「極端な話ですが、私が創業家から経営のバトンを受け取り、代表取締役に就任した当時は、5年間は寝ていても企業を存続させることができるほど、財務基盤が安定していました。しかし、変化する社会の中で10年後、20年後を見据えたとき、このままの事業体制で良いのかと懸念を抱きました」(安田氏)
1975年、サンゲツは同社が提供する価値として「サンゲツ三則」(「創造的デザイン」「信頼される品質」「適正な市場価格」)を掲げた。これは当時、サンゲツが社会に提供する「ものづくり」への姿勢を表す原理原則として、内装業界で高い地位を築く指針となってきた。しかし、市場環境が大きく変化する中で「持続的な成長を実現するためには、これだけでは勝てない」という思いが安田氏の胸の内にあった。
「『創造的デザイン』を実現するために苦労して壁紙やカーテンのデザインを考えても、すぐに類似品は現れます。また、今は品質が良くて当たり前の時代なので、プラスアルファの付加価値が必要です。そして、『適正な市場価格』と言いながら、現状は、商品価値に加え、配送などのサービスを含めた提供価値への対価として適正な価格とはなっていない。こうした課題を考えると、現状の経営の仕方で今後も持続的に成長していくのは難しいと考え、構造改革に取り組んできました」(安田氏)
同社は安田氏の就任以来、3カ年の中期経営計画を2度策定し、実行してきた。これによって、事業構造の在り方や組織体制は大きく変革した。しかしながら、安田氏には、「過去の延長線上ではなく、もっと未来志向の経営を示すことで、社内の士気を高めながら、社外に対してブランド価値の向上を訴求したい」との思いがあった。
【図表1】サンゲツグループの長期ビジョン
【図表2】売上高・営業利益の目標
2020年5月、サンゲツグループは、Sangetsu Group長期ビジョン【DESIGN 2030】において、2030年に目指す姿として「スペースクリエーション企業」を掲げた。(【図表1】)
「新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大は、経済・市場環境への多大な影響はもちろん、人とのつながりの希求、安心・安全・健康の大切さ、デジタル技術の個人生活への急激な浸透といった、価値観の変化を加速させました。こうした『モノからコトへの価値観の変化』に対応し、企業として成長し続けるために掲げた企業像がスペースクリエーション企業です。
調達からデザイン、施工まで、バリューチェーン上のさまざまなサービス機能を活用・強化し『材料・施工の販売』と『空間の販売』を事業活動とすることを意味します。単なる内装材料の販売だけでなく、空間を構想し、デザインし、提案する力を身に付けることで、“モノ”を売る会社から、空間を創造し“コト”を提案・実現する会社へと転換します。そして、地域社会の一員として、経済的価値のみならず、社会的価値の実現を目指します」(安田氏)
長期ビジョンと中期経営計画実行の背景となる、成長戦略の基本的な考え方を、安田氏は次のように示している。
「日本国内における建設市場の伸びは限定的と予想される一方、当社は国内の壁装材市場で、すでに高いシェアを築いています。これらを踏まえると、今後、国内でシェアを飛躍的に伸ばすことは困難と言えるでしょう。しかしながら、日本市場で数量・シェアを漸次的に拡大することは可能であり、これと併せて収益の改善を実行することが、中期的な成長につながると考えています。このため、中長期の成長戦略としては、2つの大きな軸を設定しました。1つ目はスペースクリエーション企業に向けたビジネスモデルの転換を進め、日本市場における業態の拡大・転換を行うこと。2つ目は海外事業の収益化と規模の拡大を行うことです」
安田氏としては、「企業として持続的な成長を実現するには、バリューチェーンを網羅する独自のビジネスモデルを、新たに構築する必要がある」という思いが強い。このビジネスモデルの構築が長期ビジョンと中期経営計画の根幹である。
長期ビジョンに掲げた目標は、2030年3月期に売上高2250億円、営業利益185億円。2020年3月期に比べ、売上高は約4割増、営業利益はおよそ2倍という数値を設定している。(【図表2】)
実現のためのファーストステップとして策定したのが、中期経営計画「【D.C.2022】」だ。(【図表3】)
基本方針である「基幹事業の質的成長による収益の拡大」「基幹事業のリソースに基づく次世代事業の収益化」「経営・事業基盤の強化」「社会的価値の実現」に沿って、2020年から2022年までの3カ年で売上高1720億円、営業利益120億円の達成を目指す。
【図表3】新中期経営計画