コモディティー化し成長を望めないと思っていた商品が、実は市場拡大の可能性にあふれていた――。突っ張り棒のトップメーカーが独自ブランドで年商を伸長させる挑戦は、ロングセラー商品の提供価値を探求し、潜在するチャンスに気付くことから始まった。
「便利なのは間違いない。でも、使いたいと思える商品じゃない」。新聞記者を辞め、父が経営する平安伸銅工業への入社を決めた2010年、代表取締役の竹内香予子氏は、主力商品の「突っ張り棒」にネガティブな印象しかなかった。
「白い鉄パイプで、太さや長さのバリエーションが豊富で便利。だけど、家づくりを楽しみたい人にはダサく映ってしまう。使っているシーンは他人に見せたくない。そう考えていた当時の私は、突っ張り棒の本当の良さが分かっていませんでした」。竹内氏は笑顔でそう振り返る。
国内トップシェアを誇り、ホームセンターなど量販店向けに「年間100万本以上も売れる」と父が力説する突っ張り棒。だが、自らの直感とのギャップを埋め切れなかった。どのような顧客が、どのような思いで商品を選んでくれるのか。募る疑問の答えを求め、さまざまな仮説を立てて検証を進めた。
自社商品の競争優位性を分析すると、「優位性がない」という結果が出た。ニッチ市場で後追いの競合商品がなく、過去の実績から売れているだけだった。
「100万本も売れているものの、便利な日用品があふれる市場の中では、そのポジションをいつ失ってもおかしくない。『コモディティー化していて将来性がない』と強い危機意識が芽生えました」(竹内氏)
対策として、竹内氏は突っ張り棒が「優位性はなくても、売れる理由」を探求した。自社商品が「お片付けの現場」で使われていると考え、整理収納アドバイザー資格を取得。カリスマ主婦が整理収納のプロとして活躍する姿をモデルに、自ら使い手のコミュニティーに飛び込んでいった。
分析すると、想像以上に製品には可能性があると分かった。突っ張り棒を使うだけで押入れがクローゼットに、板と組み合わせれば棚が出来上がり、間仕切りにもなる。くぎやねじがいらない利便性と、空間に新しい用途を創り出す機能性が支持され「生活に必要なもの」と認知されていた。また、一部のマニアを除けば、使い手の多くがまだ上手に活用できていないことを実感。取り外しやすさやデザイン性を向上させれば「もっと選ばれる存在になれる」と気付かされた。
また、片付け全般に役立つ情報を発信するメディア「cataso(カタソ)」を立ち上げ、一時は月間50万PVを集めた。
「『今の時代の暮らしにふさわしい、突っ張り棒の価値と使い方の提案』という新たな課題が生まれ、その解決が新ブランドの誕生につながりました」(竹内氏)
父の後を継ぎ、2015年に3代目社長へ就任した竹内氏は、既存の突っ張り棒・棚、ランドリーラックなど日用品の商品群に加え、新たに2つの事業ドメインを確立した。
1つはDIYパーツの「LABRICO(ラブリコ)」。もう1つはミニマムに室内をデコレーションするインテリアシリーズ「DRAW A LINE」(ドローアライン)。OEM供給で現状を維持しながら自社ブランド商品を2倍に急伸させ、年商は30億円を超えた。
「『くらしを変える』をカンタンに」をコンセプトとするLABRICOブランドは、平安伸銅工業が得意とする販路であるホームセンター向けに創出した。照準を定めたのは、家庭を持ち家づくりに力を入れる20歳代後半から30歳代の女性だ。
「SNSでライフスタイルを発信する時代になって、インテリアへの感度が高く、簡単で自分らしいアレンジを追求したいという機運が生まれていました。でも、当時のDIY市場はデザイン性があまり高くなく、使いやすさを丁寧に伝えるようなパッケージがなかった。そこで、雑貨感覚で選べるカラーバリエーションや、トータルコーディネートを可能にするパーツを増やしながら、事業と一緒に使い手を育てていきました」と竹内氏は話す。
立ち上げ時はDIY市場で多くのフォロワーを持ち、情報発信力の高いインフルエンサーにサンプリングを依頼。認知度が向上し、「LABRICO、ありますか?」と問い合わせがホームセンターに相次ぐことで、実績重視のバイヤーを動かす力になった。
次なるステージは、継続的な関係性を築く「ファンづくり」。ブランドサイトを開設し、LABRICOを使った暮らし方や工具の使い方を発信。SNSの投稿に担当者がコメントを返す双方向コミュニケーションへ力を注いだ結果、20~30歳代の女性ファンは全国へと広がり、増え続けている。
インハウスのプロダクトデザイナーを中心に開発したLABRICOに対し、DRAW A LINEは外部のクリエーティブユニット「TENT(テント)」を起用したコラボレーションブランドである。こちらの開発の道のりは想定外の連続だった。
「突っ張り棒以外の新ジャンルを創造したいと相談したものの、後日TENTさんの企画書に記載されていたのは突っ張り棒でした。正直、混乱したのを覚えています」(竹内氏)
突っ張り棒を「一本の線」に見立て、トレーやハンガー、照明と組み合わせることでミニマムに空間をコーディネートするアイデアは、突っ張り棒に新たな意味を見いだし、これまでにない暮らしづくりの価値を創り出す提案だった。市場の評価を見定めようと2016年春にインテリアライフスタイル展へ出展したところ最優秀アワード「Best Buyer’s Choice」に輝いた。
再びの想定外に驚いたものの、すぐに商品化を決め、新販路の高級家具・インテリア市場をゼロから開拓。2017年4月に発売を開始するやいなや、想定をはるかに上回る注文が殺到した。
実を結んだのは、2つのブランディングだけではない。既存の突っ張り棒のプロモーションへも工夫を凝らし、分かりやすいパッケージにアップデート。「つっぱり棒研究所」や「つっぱり棒マスター認定講座」を開設し、また、突っ張り棒150本を活用する自宅をショールームとしてメディアに公開している。
「自宅は絶えず模様替えしています。大掛かりな工事をしなくても、ライフスタイルの変化に合わせて空間を変えられる楽しさと面白さを、誰より私が実感しています」(竹内氏)
3つの事業ドメインが成長軌道を描き始めた2018年、平安伸銅工業は新ビジョンを策定した。「アイデアと技術で『私らしい暮らし』を世界へ」。創業から70年近い軌跡の延長線上に描き出した、未来志向の「ありたい姿」だ。
「今の時代に合うプロダクトを実現する一方で、全社的な結び付きが足りないと感じていました。ブランド別に分社化する選択肢は選ばず、時代に合った豊かな暮らしを提案することを当社の存在目的とし、全社を1つにつなげるため言語化したのです。従来の理念の良い部分は引き継ぎながら、『私らしい暮らし』と『世界へ』を加え、“未来の定番”を創る思いを込めました」(竹内氏)
入社当時には分からなかった、突っ張り棒の「本当の良さ」。それは、豊かな暮らしをつくる力があるということだ。その原動力となる社員をメンバーと呼び、個々が豊かな暮らしを実践できる環境づくりにも、竹内氏は力を注ぐ。
期待する役割を明文化し、主体的に挑戦しやすい人事評価制度へ刷新。ビジョンや社風に共感して入社する人材が増え、全社で「ありたい姿」への理解が深まっている。
「メンバーそれぞれが『私らしい暮らし』を実践し、その価値をビジネスとして提供することが、選ばれる存在になっていく近道です。働き方のカルチャーと組織・ビジネスモデルの両輪で、もっと組織を活性化させているところです」(竹内氏)
コロナ禍に成長軌道を描く同社が、新設した「テレワーク支援ストア」(ECサイト)はホームオフィスづくりに貢献している。移動可能なDRAW A LINEの新シリーズ「Move Rod(ムーブロッド)」も始動した。
「日本の住宅モジュールである『LDK』は、各部屋に決まった使用目的があることを示しています。でも、これから必要なのは、1つの部屋が寝室にも居間にも職場にも、時には学校の教室にもなる住まいです。LDKの概念を塗り替え、空間に新しい意味を持たせるプロダクトを創り出すこと。それが、私たちが届けたい『私らしい暮らし』です」(竹内氏)
「住まいの意味が変わり始めている今、アフターコロナ時代を見据えた同社の挑戦はすでに始まっている。
PROFILE
- 平安伸銅工業(株)
- 所在地:大阪市西区江戸堀1-22-17 西船場辰巳ビル4F
- 創業:1952年
- 代表者:代表取締役 竹内 香予子
- 売上高:31億円(2020年6月期)
- 従業員数:65名(契約・嘱託社員含む、2021年4月現在)