街から人の姿が消えたコロナ禍の波で、大打撃を受けた飲食ビジネス。これまでにない事態をチャンスに変え、過去最高の実績を生み出したのは、「シェア型キッチン」という新しい姿だ。
東京・隅田川を一望し対岸に東京スカイツリーがそびえ立つ最上階テラス席で、伝統&創作の和食を味わう至福のひと時を、コロナ禍が奪い去った。
「東京五輪が延期になり、隅田川花火大会も中止になりました。浅草の仲見世通りも雷門もにぎわいが消え、誰も歩いていない。全てが一変しました」
そう話すのは、生活アイテムのECサイトやシェアオフィスを運営するWORLD代表取締役の坂めぐみ氏である。2019年11月、坂氏はインバウンド客向けの飲食店「体験Dining 和色-WASHOKU-」を隅田川のほとりに開業した。外国人観光客が最も楽しみにする和食を、味わうだけでなく自ら作れ、江戸切子の製作など伝統文化に触れることもできる「コト消費の拠点」となり、滑り出しは順調だった。だが、2020年4月、緊急事態宣言が発令されるやいなや満席だった予約は軒並みキャンセルとなり、売り上げは80%超も減少。だが、坂氏は直面する危機を新しい飲食店の姿に挑むきっかけに変えた。誕生したのは複数の飲食店やシェフが集うシェア型クラウドキッチン「&Kitchen」だ。
シェアオフィスで培った空間利用のノウハウと飲食店、二つの軸を掛け算して「面白いと思えるビジネスが浮かんだ」と語る坂氏。有名店や老舗も休業・閉鎖に追い込まれ、居場所を失った腕の良い若いシェフを救う狙いもあった。
「食は、水道や電気、ガスと一緒でインフラなんです。飲食ビジネスが窮地に立つ中で、自分の店だけでなく業界全体に対して、コロナ禍の今だからできることを仕掛けていこうと。顧客層もインバウンドからすっかり入れ替わって、新店舗をオープンする感覚でした」と坂氏は振り返る。
「体験Dining 和色-WASHOKU-」とシェア型クラウドキッチンを掛け合わせた事業「&kitchen」と、その1号店である「和色&Kitchen」を5月に始動させた。
「和色&Kitchen」では「体験Dining 和色-WASHOKU-」のキッチンをシェフに貸し出し、オンラインでオーダーを受けた料理のテイクアウトやウーバーイーツによるデリバリーなど、運営に必要な仕組みをプラットフォームとして「&kitchen」が提供。生パスタや洋風鍋、スイーツ、ハンバーガーなど多彩な専門店が出店し、ネガティブな話題ばかりの飲食ビジネスに出現したひと筋の光明として、一躍、人気店になった。
宣言解除後はイートインサービスも開始し、わずか4カ月間で隅田川近郊エリアに3店舗を展開。2・3号店はスペース提供者からオファーが届き、その後も問い合わせが絶えない。新しい飲食ビジネスのプラットフォーマーとなったWORLDの売上高と営業利益は、2016年の設立以来、最高を記録している。
「コンセプトは『都内の専門店が集まる大人のフードコート』です。家族でファストフードを楽しむ従来のフードコートとは違い、『&Kitchen』が目指すのは、ロケーションや内装、雰囲気も良く、手の込んだ料理が楽しめること。デートや女子会でも人気なのは、ありそうでなかった空間だからでしょうね」(坂氏)
これまでにない「大人のフードコート」を、独自の運営で提供するサービス。それは、既存の飲食ビジネスの常識を覆すものだ。
シェアスペースの貸し出しに伴う初期費用や固定費、光熱費はゼロ円。ホームページ作成やSNSの情報発信など、セールスプロモーションのサポートも全て無料だ。出店者は契約内容に応じ、売り上げの一部を利用料として支払うだけで、即日開業できる。イニシャルもランニングも投資コストのリスクがなく、店づくりや集客マーケティングに費用も時間もかかる自力出店と比べて、採算性が高いというメリットもある。
「同じように複数出店で話題を集めるゴースト・レストラン※は、運営会社が場所を借りる不動産ビジネスです。平均100万円の初期費用や家賃を支払い、固定費も月に約20万円必要ですが、『&Kitchen』は既存店のベースを活用できるのが強み。投資リスクがなく、集客・運営ノウハウやエリア単価などのデータもそろっています。新規出店から初月で売り上げ150万円以上を超えた店があり、今までの倍以上の収入を稼いでいるシェフもいますよ」と坂氏は話す。
エンドユーザーの顧客にとっても未知なる体験の魅力は大きい。和食にイタリアン、フレンチと多彩な選択肢があり、幅広い顧客層を引き付ける。スペース提供者に対しては空間の有効活用だけでなく、2号店はオーガニック野菜、3号店はご当地グルメと、既存店の業態に合わせた料理によって、集客の相乗効果が生まれている。
「お客さまのリピート率は高いです。いろんな味があるので、違う店に行く気分で毎日通っても飽きないし、しかも味のレベルが高いのは共通ですから」(坂氏)
こうしたWin-Winで三方よしの仕組みがなぜ、これまで実現しなかったのか。その理由は、こだわりが強い業界の伝統にある。独立開業した店は「自分の城」で、キッチンを他のシェフが使うのはプライドが許さないからだ。その方がコストもリスクも軽減できると、理屈では分かっていても、である。
「世の中全体でシェアリングエコノミーが当たり前の時代なのに、飲食店にだけは浸透していません。でも、そんなことを言っている場合じゃない。設備投資や固定費、人件費や在庫で利益率は低く、廃業リスクも高い。業界が抱えてきた課題がコロナ禍で浮き彫りになって、その解決への糸口を見つけるモデルになっていけたら、うれしいです」(坂氏)
※電話やウェブで注文を受けるデリバリー専門店。実店舗がなく、シェアキッチンや既存の飲食店のキッチンを間借りして調理する