前へと進むトップを後押しし、絶妙のコンビに:元松下電器産業 代表取締役副社長 最高財務責任者、一般社団法人 日本CFO協会 副理事長 川上 徹也 氏
経理の乱れは、経営の乱れに通じる――。
経営の神様を支えた大番頭の教えを受け継ぎながら、グローバル時代に対応する新たな経営モデルを確立した経営改革に学ぶ、CFOの心得とは。
「経理部長の拡大版がCFO。そういう考えでは、務まらない時代です」
そう語るのは、日本CFO協会の副理事長を務める川上徹也氏である。同協会は2000年、多様化やグローバル化が進む経営環境の変化を見据え、新時代のコーポレートガバナンスの確立を目的に発足した。市場・社会対応型の経営モデルをリードするCFOを育成し、CFO組織・機能の強化を支援している。CFO資格やFASS(経理・財務スキル検定)の認定、情報交流セミナーや研究会などを目的に、幅広い産業分野から集う会員(法人・個人)は約220社・約6000名を数える。
松下電器産業(現パナソニック)でCFOを務めた川上氏もその扉をたたいた一人だ。決算発表やIRなど、資本市場への対応も担うCFOは、事業部で経験したP/L(損益計算書)や原価計算などの経理業務とは、まったく違う土俵だと感じたからである。
「ディスカッションは旧大蔵省財務官の行天豊雄さんなど一流の専門家やCFOばかり。高い専門性に触れて刺激を受け、勉強になりました。同じ悩みを持つ友人のネットワークも広がり、経営改革の壁に直面したときも、心強かったです」(川上氏)
かつての学び舎で後進を育成する立場になった川上氏は、同協会で力を入れていることが二つあると言う。海外先進企業で導入が進むFP&A(Financial Planning & Analysis:財務計画・分析)と、CHRO(Chief Human Resource Officer:最高人事責任者)の育成だ。
FP&AはCFOのもと経営の意思決定に必要な分析、戦略の策定・実行を担う機能で、財務部門だけでなく経営企画部門や社長室などの機能も併せ持つ。最大の特徴は、事業モデルの構築や将来予測など、未来志向の役割を果たすことにある。
CHROはイノベーションを創出する育成教育や人事戦略を担い、CFOとともにCEO(最高経営責任者)を支える存在である。同協会の姉妹団体である日本CHRO協会は、経営の中枢を担う人事、経理、法務、企画部門、財務も含めて「管理型」ではない「デザイン型」経営をリードするCHROの育成を進めている。
「経営課題がグローバルに平面から立体的へ複合化する今、中枢機能を部門別の専門特化で強化するだけでは経営は成り立ちません。
ESG※や気候変動、最新では新型コロナウイルス。経験知だけでは克服できない課題に対するガバナンスは、数字の良しあしだけでなく、多様な側面から本質を長い目で多面的に見通すことが求められます。M&A(企業の合併・買収)の知識も必須ですし、これからのCFOは本当に難しいし大変だなと。社外のつながりで得た情報や知見を自社の経営改革に生かすことが、これまで以上に重要でしょうね」(川上氏)
※企業の持続的成長のために必要とされる観点である環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の略称
川上氏もかつて、前例のない経営改革への挑戦者だった。松下電器産業が上場以来初の赤字決算(2001年度中間期決算)となり、当時の代表取締役社長である中村邦夫氏が「経営理念以外、聖域は設けない。全て破壊する」と断行した改革を支えたことだ。
20世紀型の経営モデルを破壊し、21世紀型の新モデルの創造へ。系列販売店の家電流通改革に、雇用構造改革、グループ企業の子会社化による事業再編、赤字企業の売却 ――。経営構造を根本から見直す改革は初めてのことばかりで、赤字続きと資金の減少に苦しんだ。転機は、B/S(貸借対照表)重視のキャッシュフロー経営へとかじを切ったことである。
「年間数百億円のコストカットを実現しましたが、P/Lからは改善しか生まれません。本質的改革は棚卸資産の削減や総資産の健全化など、B/Sから始まるのです」(川上氏)
新たな経営管理指標としてCCM※(Capital Cost Management:資本コスト)を導入。「CCM=事業収益-投下した資産コスト」で、資本コスト率は8.4%に設定。P/Lで売上高や利益の「規模」が分かるだけでなく、B/Sでも棚卸資産の回転率向上などプラスを生み出す投資の「効率」を、絶対値で評価できるようにした(【図表】)。さらに在庫や成長性、品質ロスなど複数あった事業評価の物差しを、キャッシュフローとCCMの達成・改善度の二つに限定。人事評価や年俸報酬と連動すると、あっという間に全社に浸透した。
【図表】CCMの運用
「何をもって評価するかは、本当に難しいもの。語りが流暢でプレゼンの上手な人が評価されがちです。でも、数字はシンプル。黙っていても、誰もが分かりますからね」(川上氏)
また、本社から各事業部門への配賦費を、売上高に比例する変動型から全社一律の定額型に改定。同じ利益率でも賦課費の違いで見えにくかった「本当の業績」を見える化した。
「いくら改革をやっても、経理の仕組みが変わらないと会社は変わらない。中村社長にそう言われたのです。経理の仕組みは憲法と言えるもの。絶対に変えるな、と経理の先輩に教わりましたし、賦課費が増える事業部門からも大反対の声が上がりました。でも、経営理念以外に聖域がないなら、経理も変わろうと」(川上氏)
では、どう変わるのか。川上氏が道標に定めたのは「グローバル、フェア、オープン」。会社が目指す方向性、誰もが矛盾を感じない公平さ、そして会社の現状が数字で分かり共有化できるという意味だ。この結果、13カ月連続の赤字から始まった経営改革は、5年間で営業利益1兆円、資産1兆1000億円と見事なV字回復を果たした。
「仕組みが変わると、意識、行動、結果が変わることを、身をもって体験しました。ただ、最大の原動力は事業にあり、V字商品と呼ばれた素晴らしい技術・商品です。CFOだけが改革を進めても、経営は良くなりません。トップが事業を引っ張り前へと進む。その“転がり出し”を後押しするのがCFOです」(川上氏)
※資本コストを重視した松下電器産業独自の経営管理手法