危機対応による業績V字回復とグローバル展開を支援:元日本電産 取締役専務執行役員 最高財務責任者 CFOサポート 代表取締役社長 兼 CEO、東京都立大学大学院 経営学研究科 特任教授
吉松 加雄 氏
世界シェアナンバーワンの製品群を持つ総合モーターメーカーの日本電産。業績不振からの迅速な回復や国境を越えたM&Aを成功させ、カリスマ創業者を支えたCFOの実績を検証する。
世界屈指の総合モーターメーカー・日本電産のCFO(最高財務責任者)としてカリスマ創業者の永守重信氏を支え、業績不振からのV字回復やグローバルなM&A(会社の合併・買収)のPMI(Post Merger Integration:買収後の統合)を推進した立役者が吉松加雄氏だ。
「私の考えるCFOの役割は、持続的に企業価値を向上させる戦略を立案し、最適かつ合理的な意思決定によって“結果”を出していくこと。経営者の意思決定を支援し、自ら実行を推進するビジネスパートナーと言うべき存在です」
そう語る吉松氏が日本電産に入社したのは2008年1月。当時、「科学的な経営の導入による経営管理の高度化」「グローバル化」「M&AとPMI」が日本電産CFOのミッションとして掲げられており、その推進役として日本企業と外資系企業でCFOの経験豊富な吉松氏に白羽の矢が立った。吉松氏は同年6月に50歳で最年少取締役となり、2009年6月にはCFOに就任。7年間CFOを務め、その後2年間、欧州に駐在しながらグローバルPMI推進統轄本部長としてM&AのPMIを統括し、2018年6月までの計10年間、役員として同社の企業価値の向上に力を注いだ。その実績を検証していこう。
ちなみに吉松氏が日本電産に入社した2008年の12月末と、役員退任前の2018年3月の同社の株式時価総額を比較すると、4991億円から4兆8866億円へ約10倍の伸びを示している。
吉松氏が前任のCFOから業務引き継ぎに当たる中、2008年9月にリーマン・ショックが勃発した。日本電産グループの収益予想を多様なケースでシミュレーションした吉松氏は、「最悪のケースだと赤字転落もあり得る」と社長(現会長)の永守氏に伝えた。
これに応じた同社は12月19日にアナリストやマスコミを集め、日本電産本体と上場子会社5社の通期業績予想の下方修正を発表。さらに事業環境が悪化する中、2009年1月の年頭記者会見で、永守氏は日本電産グループ各社の役員および社員の給与カットを発表した。社員の危機感はいや応なしに高まった。
その後、日本電産グループの社長会で永守氏が立案した「WPR(ダブル・プロフィット・レシオ:利益率倍増)Ⅰプロジェクト」が発足。そのPMO(推進事務局)のリーダーに吉松氏が任命され、グループ全社・事業所(工場)のCFO機能と連携した推進体制が採られた。
「経営体質と収益構造の改革を目指し、①売上高半減=黒字死守、②売上高75%回復(25%減収)=元の利益率、③売上高100%回復=営業利益率倍増というガイドラインを設けました。これを実現するため、多様なシミュレーションを行ってロジックを組み立て、固定費や変動費、労務費、経費、材料費をどこまで下げなければならないかというモデルを設計。当時、十数社あった子会社を訪問し、海外の量産工場とは電話会議を開いて、各社・各拠点の収益構造に応じたアイデア出しを行いました」(吉松氏)
また、全幹部に向けたプロジェクトマニュアル「WPRの思想と経営手法」の作成・配布により、全社への浸透を促した。同マニュアルは作成当初40ページほどだったが、実用性を追求して更新を重ねた結果、最終版は約200ページに達し、英語版も作成された。
こうした積極果敢なWPRⅠの取り組みが功を奏し、2009年度は第1四半期から第3四半期までWPRⅠのガイドラインを達成。第4四半期と通期では過去最高の営業利益(第4四半期265億円、通期783億円)を記録した。そして2010年3月には、給与カット相当額に金利相当額を上乗せした臨時ボーナスを支給し、社員の労に報いたのである。