※本対談は動画でもご覧いただけます。
若松 竹内先生は、ハーバード・ビジネス・スクール(以降、HBS)や一橋大学大学院国際企業戦略研究科(現・一橋大学ビジネススクール)で教鞭をとられ、現在は国際基督教大学(以降、ICU)の理事長をされています。
1996年に発刊された『知識創造企業』(野中郁次郎・竹内弘高著、東洋経済新報社)や数々の論文を通してナレッジマネジメントを世界へと発信されました。私自身もコンサルタント時代に著書や論文を拝読して多くを学びました。感謝いたします。
私たちTCG(タナベコンサルティンググループ)では、約800名のプロフェッショナルメンバーと約10カ月をかけて「その決断を、愛でささえる、世界を変える。」というパーパスを完成させました。率直な感想をいただけますか。
竹内 「愛」という言葉がパーパスに入っていることに衝撃を受けました。「愛」という言葉をパーパスに入れている企業は非常に少ないと思います。
実は、野中先生と一緒に書いた『ワイズカンパニー』(野中郁次郎・竹内弘高著、東洋経済新報社、2020年)では締めくくりとして、最後のページに「子供たちは愛とは何かを教えてくれた。愛とは見返りを求めずに与えることなのだ」と書きました。その思いと同じだと感じました。全社員と一緒につくったパーパスに「愛」が入っている。企業への愛、クライアントへの愛を感じます。
若松 ありがとうございます。社員の励みになります。私はこれまで約1000社に経営コンサルティングをしてきましたが、「企業への愛」が明確に入ったパーパスや経営理念を見たことがありません。企業にとって「決断」は経営者やリーダーの非常に大事な経営行動です。私たちは一貫してトップマネジメントアプローチを貫いて経営コンサルティングをしてきました。
若松 『Harvard Business Review』(ハーバード・ビジネス・レビュー、以降HBR)2024年7月号に掲載されていた竹内先生の論文では、経営者や組織の思いから戦略が生まれる「インサイド・アウト」が必要だとおっしゃっていました。
竹内 インサイド・アウトに対するのが「アウトサイド・イン」ですが、私の旧友でもあるHBSの経営学者、マイケル・ポーター氏の戦略論は、どちらかと言えばアウトサイド・インです。環境・業界・競合他社を分析して、自分の立ち位置を決めるという論法です。私は29歳から7年間、HBSで教えた後に日本へ戻りましたが、2010年に再びHBSの教壇に立ったきっかけは、ポーター教授から「自分が担当している競争戦略の授業を一緒に教えてほしい」と誘われたからです。
一方、日本では野中先生と一橋大学でナレッジマネジメントを研究していました。日本発の経営学と言われていますが、当時、多くの日本の経営者と話す中で、思いや経験、夢といった暗黙知が原点にあると気付いたのです。そうした暗黙知を中心に執筆したのが『知識創造企業』でした。ですから、野中先生と私は、どちらかと言えばインサイド・アウトであり、経営者の思いが非常に大事だと考えています。
ただ、HBSではポーター教授がアウトサイド・インを教えながら、自身の授業ではインサイド・アウトを教えている。全く異なる考え方を教えているので、周囲からは変に思われていたかもしれません。
若松 学術的には異なる主張であっても、実際のビジネスにおいては両方の考え方が必要だと考えます。TCGは、「経営は1人が始めなければ何も始まらない。しかし、経営は1人では何もできない」と提言しています。前者がインサイド・アウトで、後者がアウトサイド・インの視点。両方の視点を共有できないと経営にならない、と。しかし、このメッセージも“1人”が先にきます。インサイド・アウトとしての志、「My Purpose(マイパーパス)」とも言い換えられます。
竹内 その通りです。二項対立ではなく、二項動態。どちらかで考えるのではなく、どちらも考える方が合っていると思います。戦略についても、パーパスのようなものからスタートした方がユニークな戦略になると思いますね。
若松 インサイド・アウトの解説では、竹内先生ご自身の背景や人生観から生まれたMy Purposeについても書かれており、非常に興味深かったです。
竹内 My Purposeについて少しお話しすると、私は幼少期から父に「お前の使命は、日本と米国の架け橋になることだ」とたたき込まれ、小学校1年生から高校3年生までインターナショナルスクールで過ごしました。
しかし、成長するにつれて「米国との架け橋だけで良いのか?」と疑問に思うようになり、「日本と世界の架け橋になる』というMy Purposeが生まれたのです。その意味では、一橋大学はぴったりです。“ワンブリッジ”ですからね(笑)。
若松 おっしゃる通り、一橋大学では日本と世界をつなぐ研究をされてこられました。TCGにおいても竹内先生の論文から学び、社員一人一人のインサイド・アウトをTCGのパーパスと重ねる活動をしています。言うなれば、「My Purpose Program(マイパーパスプログラム)」です。
実は、私自身も若いころにMy Purposeをつくっていました。「私は世界の有能な人材(協力者)を集め、世界一の経営コンサルティングファームをつくり、世界中の企業を改善、発展させ、全人類が共存共栄できるようにすることを人生目標とする」とノートに書いて持ち歩いていました。これを書いた翌年にある古本屋でTCG創業者である田辺昇一の著書『経営の赤信号』(東洋経済新報社、1961年)という本を手に取り、感銘を受けてTCGへの入社を決めました。
入社後に「企業を愛し、企業とともに歩み、企業繁栄に奉仕する」から始まる経営理念に出会い、それ以降はMy Purposeは封印し、心で経営理念と重ね合わせながら歩んできたように思います。なので、この人生目標は誰にも見せたことがなく、先般のコロナ禍に、「今こそ、夢を持とうよ!」と社員を勇気付けたくて、社内研修会などで披露したのが初めてでした。
竹内先生のこれまでの歩みをお聞きして、あらためてインサイド・アウトの大切さ、特に経営者にとっての「志」の大切さに気付かせていただきました。今のTCGのパーパス&バリューにもつながったのだと感じています。
若松 竹内先生は、世界屈指のリーダーシップを育成するHBSをはじめ、多くの場で優秀な学生を指導されています。今の時代に必要なリーダーシップについてお聞かせください。
竹内 HBSのミッション・パーパスを英語で言うと、「We educate leaders who make a difference in the world」。すなわち、「世界に貢献できるリーダーを育てること」を使命としています。
リーダーとマネジャーは違います。松下幸之助氏の研究でも著名なジョン・コッター氏は、リーダーの役割を「Change & Direction」と表しました。変化と方向性をつくることです。一方、マネジャーの役割は「Order & Consistency」。秩序と一貫性をつくることだ、と。どちらが良いというのではなく、リーダーとマネジャーにはそれぞれ役割が違うのです。
若松 ジョン・コッター先生は、私も多くを学んだ経営学者です。マネジャーの延長ではリーダーになれない可能性があります。そもそも違う道だからですね。TCGがトップマネジメントアプローチにこだわる理由もそこにあります。私たちの提供する経営者育成の第一章は「リーダーシップの本質」です。マネジャーは軌道の上をしっかりと運転していく役割。一方、リーダーは道なき道を切り拓く役割と言えますね。
竹内 おっしゃる通りです。マネジャーは山登り的に積み上げていきますが、リーダーは時にリスクを取ってジャンプしなければいけません。
若松 今、多くの企業で組織の変化や方向性などの変革を迫られています。日本企業、リーダーが取り組むべき課題にについてどのようにお考えですか。
竹内 昨今、新聞を読むとDXという文字を見ない日はありません。しかし、本当の意味で「デジタルになる」とは、アナログ時代のビジネスプロセスを変え、その上でデジタルに取り組むことだと私は考えています。
事例として、新型コロナワクチンを開発した米国のモデルナ社を挙げましょう。スタートアップ企業である同社がわずか2カ月でワクチンを開発できたのは、それ以前に約19年の歳月をかけてプラットフォームを構築していたからです。CEOであるステファン・バンセル氏はHBSの卒業生ですが、彼は社長に就任すると、最初に元同僚だったCDO(チーフ・デジタル・オフィサー)を引き抜き、既存のサイロ化したシステムを潰し、横型の組織に変えました。アナログからデジタルに変えるために、まずビジネスプロセスを変えたのです。
システムだけを少し変えればDXになると考える企業もありますが、それではDXは実現しません。コツコツと取り組むところが日本の強みではありますが、時には大胆に変えることも必要です。まずは、世界から遅れていることを真摯に受け止めなければなりません。
若松 同感です。ビジネスモデルや組織形態も含めて全てを入れ変えていく。トランスフォーメーション(変容)とは、それぐらいの覚悟や取り組みがないと実現しません。デジタルというキーワードに掛けて、組織やビジネスモデルを変革していくのが今の時代。足りない部分や遅れている事実を直視できる組織になるかどうか。ここにも経営者の知識や知恵に対するリーダーシップが試されていると実感します。