伝統と革新で次の100年に向けた新しい価値創造に挑む:貝印 代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰×タナベコンサルティング 若松 孝彦
文化という切り口で新たな市場創造を目指す
若松 国内と海外市場、事業領域、そして組織や人材について、今後のKAIグループのビジョンについてお聞かせください。
遠藤 中期経営計画では、既存事業を整理する中でフォーカスすべき3つの領域を定めています。1つ目のカミソリ・美粧用品領域は、ブランドとして広げていく。2つ目の家庭用品領域、中でも包丁は当社のコアな部分や伸びている部分をさらに伸ばしていきます。3つ目の医療器領域は、規模はまだ小さいものの拡大していきたいと考えています。
また、海外も含めてドメインをいかに広げていくかを重視しています。カミソリを例に挙げると、国内では一定のシェアを獲得していますが、海外では外資系企業が強い。ただ、当社はカミソリと美粧用品の両方を展開する利点を生かして、中国や東南アジア、インドなどではビューティーケア用品として打ち出していこうと取り組んでいます。
若松 カミソリだけにフォーカスすると強い競合他社はありますが、ビューティーケアという「コトの価値」と捉え直すと「ホワイトスペース(未開の市場)」はまだ残されています。まさに、「文化を広げていく戦略」です。
遠藤 おっしゃる通りです。例えば、インドの男性カミソリ市場にはすでに多くの海外メーカーが進出しています。そこで、当社で女性用カミソリや顔そり用製品をインドで展開したところ、そこがホワイトスペースでした。インドに顔そりの習慣はありませんでしたが、当社の参入によって顔そりが文化として広がったのです。
爪切りも同様です。インドは手食文化ですが、爪をケアする習慣がほとんどありませんでした。それを逆手に取って、当社は「TSUMEKIRI」という名称を付けて展開。コロナ禍で衛生に対する意識が高まったこともあり、少しずつですが爪切りの文化が広がってきています。
若松 それぞれのマーケットにおいて文化が定着すると新しい市場が生まれ、その規模は計り知れません。「まだそこにない文化」は、ホワイトスペースと言えます。そのように見える経営者の感性は「事業センス」です。ただ、時間がかかるので腰を据えて取り組む必要があります。
遠藤 ファミリーカンパニーということもあり、昔から短期の結果に一喜一憂するのではなく、10年、20年とじっくり腰を据えて事業を広げてきました。実は、右肩上がりで伸びている米国のポケットナイフ事業も、工場を設立して5年、10年ほどは品質が安定せずに赤字状態が続いていました。しかし、「米国でハイクオリティーなナイフを作る」という信念を持ち続けた結果、ブランドの評価や認知度、売り上げが上がっていった実績があります。
過去肯定、現状改善、未来創造の経営思考が重要
若松 ブランドの評価や認知度を高めるには、我慢というか、信念を持って挑む気概が必要です。そこまで耐えられるのもKAIグループの個性です。売上高や国内外比率の目標値などは設定していますか。
遠藤 あえて設定しないようにしています。数字を設定すると、そこに合わせるために無理をしたり、帳尻を合わせたりするようになります。国内市場を収益の基盤として維持しつつ、海外のエリアを広げていく。堅実な成長、問題ないやり方を進めた結果として、海外比率やグループ売上高が上がっていくことが理想です。
現在進行中の2022年から2025年の3カ年中期経営計画では、グループ連結で売上高500億円を掲げて動いています。数字が大事なのではなく、「そこに向けてどうアクションを起こしていくか」を重視しています。
若松 後継経営者スクールでも学ばれたように、売上高は顧客利益と顧客創造の最大化の結果です。付加価値率は会社や商品のブランド価値が向上した結果です。その上で、目指すべき姿から逆算して現状を改善していくことが大切です。それを支える組織や経営システム、人材などへの取り組みをお聞かせください。
遠藤 やはり人が全てです。ものづくりの現場では「匠の技」と「誇り」がキーワードであり、固有の技やノウハウをどう次世代に伝承するかがメインになります。その半面、手作業をそのまま続けていくのは困難です。一部の機械化も含めて技術の伝承に取り組みながら、生産効率をいかに上げていくかは外せないテーマになっています。
また、会社の規模が大きくなり海外事業が進む中、トップが全てを掌握して引っ張っていくファミリーカンパニーのやり方には限界がありますし、そういう時代でもなくなってきています。その意味では、機能ごとに優秀な人材を配置していくのが最も重要だと考えています。海外に限らず国内も含めて、適性や能力に合わせて任せる中で人が成長し、次の世代が育っていくサイクルをつくっていかなければなりません。
若松 私はよく、経営者として大切な思考として「過去肯定、現状改善、未来創造」を挙げます。過去や現実と正しく向き合い肯定した上で、在るべき未来に向かって現状を改善していく情熱が必要だという意味です。いかに変化に適応するかが、企業の持続成長の要諦ともいえます。
遠藤 100年を超える当社の歴史の中には、良い時も、当然、悪い時もありました。「さまざまな積み重ねの中で今がある」という意味では、うまくいかなかったことに対して批判したり否定したりする姿勢は全く意味がないと思います。過去の歴史に敬意と感謝の気持ちを持ちながら、時代を超えても守るべき原点や軸をぶれさせないこと。一方で、時代によって変えるべきものには真摯に向き合っていくという、伝統と革新を常に両立させていくことが大事です。
若松 事業をある程度絞り込んで解像度を高めながら、バリューチェーンをしっかりと組む。人が成長するサイクルをつくりながら、事業センスをどう磨き、広げていくか。そこに遠藤社長は挑戦しているのだと感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
貝印 代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰(えんどう ひろあき)氏
1985年岐阜県生まれ。2008年に慶應義塾大学を卒業後、貝印入社。KAIグループのグループ企業であるカイインダストリーズの生産管理部門や海外関連会社のkai U.S.A. ltd.への出向を経て2014年に帰国。国内営業本部と経営管理本部では副本部長、グループの核となる経営戦略本部、マーケティング本部、研究開発本部の3部門で本部長を歴任。取締役、副社長就任を経て、2021年5月より貝印、カイインダストリーズの代表取締役社長兼COOに就任。
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
タナベコンサルティンググループ(TCG)
大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。
PROFILE
- 貝印(株)
- 所在地:東京都千代田区岩本町3-9-5
- 創業:1908年
- 代表者:代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰
- 売上高:450億円(グループ計、2022年3月期)
- 従業員数:2747名(グループ計、2022年6月現在)