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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2023.06.01

伝統と革新で次の100年に向けた新しい価値創造に挑む:貝印 代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰×タナベコンサルティング 若松 孝彦

   
日本刀づくりで栄えた岐阜県関市創業の貝印。1908年にポケットナイフのメーカーとして創業して以降、時代の変化をいち早く読み取って事業領域を広げ、売上高は450億円(グループ計、2022年3月期)に上る。115年続く経営と、100年後を見据えたKAIグループのビジョンについて、代表取締役社長兼COOの遠藤浩彰氏に聞いた。
    伝統の技と画期的な商品開発で飛躍   若松 遠藤社長は、2010年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)の「後継経営者スクール」にご参加いただきました。当時、私は後継経営者スクールの責任者を担当しており、遠藤社長が貝印に入社されて3年目でした。今では、社長兼COOとして活躍されています。   貝印の創業は明治時代にさかのぼります。1908年ですから、2023年で115周年を迎えられます。おめでとうございます。私は「100年経営は奇跡の経営」と言っていますが、KAIグループは奇跡の経営である上にグローバルな成長を続けています。   遠藤 入社したのは2008年、ちょうど創業100周年のタイミングでした。新卒で岐阜県関市にあるグループ企業のカイインダストリーズの生産管理部門に配属され、ものづくりについて1年間学びました。   職人技といわれる手作業の工程も含めて、ものづくりの流れを勉強できたことは良い経験になっています。2年目は東京に戻って家庭用品関連の商品企画を担当。翌2010年、経営企画室に異動したタイミングで後継経営者スクールに参加させていただきました。同じ40期生の仲間とは今でも交流が続いていますが、それぞれ会社のトップに立って活躍しています。   若松 交流が続いていると聞き、うれしく思います。今やKAIグループは、カミソリから医療用品まで1万点を超えるアイテムを展開されていますが、事業の歴史的な背景や概略についてお聞かせいただけますか。   遠藤 工場がある岐阜県関市は鎌倉時代から日本刀づくりで栄えていましたが、明治時代に入ると「廃刀令」などで産業は衰退していきました。職人たちは野鍛冶として包丁や鍬といった生活必需品を作る職人に転じた中、曾祖父の遠藤斉治朗は海外向けの軍需品であったポケットナイフづくりで創業した後、終戦後は日本人初の国産替え刃の生産をスタートさせました。   若松 主力製品であるカミソリは、現在も高いシェアを獲得されています。   遠藤 1951年には、私の祖父である2代目の遠藤斉治朗が「長刃軽便カミソリ」の生産を開始。軽便カミソリは一言でいうとブリキハンドルに刃を付けたカミソリで、今でいう「使い捨てカミソリ」の開発に成功しました。さらに、爪切りやハサミ、包丁など刃物関連の製品を広げる一方、刃物以外の取り扱いが増えた時期でもあります。   不況のあおりを受けて、ヘアブラシや化粧用パフなど身だしなみ用品をつくる中小メーカーを支援するうちに製品カテゴリーが拡大。同様に、キッチン用品も包丁からフライパンや鍋へと広がり、今では料理のレシピやレストランの運営といったサービスや“コトづくり”の方向へも広がっています。     日本食ブームとともに海外開拓、「KAIブランド」を確立   若松 KAIグループのセグメント別売上高構成比率はどのようになっていますか。   遠藤 カミソリや美粧用品といったビューティーケア用品が全体の約31%を占めています。包丁などの家庭用品関連は約35%、医療用品が約10%、アウトドア向けのポケットナイフが約14%、残りの約10%が理美容向けのハサミや工業用向けの特殊刃物になります。包丁は、世界に日本の食文化が広がる中、好調に推移しており、価格も1万円台や2万円台、さらに5万円、10万円するような、単価の高い製品が売れています。   若松 祖業の主力商品の1つである包丁の売上比率はどのぐらいを占めますか。   遠藤 売上高全体の約25%を占めています。特に欧米では10本、20本というブロックセットを購入して飾っている方も多いですね。刃の表面に浮かび上がる「ダマスカス模様」は日本刀を彷彿させるデザインで、“魅せる道具”としても海外で非常に人気があります。   若松 100年企業で祖業の商品が25%を占めているのは、私のコンサルティングの臨床経験とも合致します。BtoCのイメージが強かったので、医療用品が約10%を占めていることに革新性と挑戦の歴史を感じますね。   遠藤 医療用品の売り上げは10%ほどですが、収益面で言えば大きな部分を占めています。カミソリは世界で最も薄く鋭い刃物といわれていますが、その技術が病理検査用のミクロトーム(顕微鏡での観察に用いる生物組織を薄く切断する装置)にも生かされています。父の代には、そこから派生して外科用・眼科用・皮膚科用のメスなど付加価値の高い医療用メスに広がっていきました。   若松 創業であるポケットナイフ事業も継続しているのですね。   遠藤 アウトドア用のナイフやスポーティングナイフは米国市場で伸びています。以前は関市で製造して米国に輸出していましたが、1977年に米国で自社工場を建て、現地で企画・開発・製造・販売する体制を整えました。軌道に乗るのに時間はかかりましたが、いまや全米でトップクラスのブランドとして認知されています。     海外売上比率5割、新体制でグループ一体経営を推進   若松 日本刀からポケットナイフ、カミソリ、包丁、医療用メスへと幅広い領域に事業が広がっています。私は「100年経営は変化を経営する会社」と定義していますが、まさに、時代の変化に対応してきた知恵が全事業に反映されているように感じました。事業領域も広がっていますが、KAIグループはどのような形で運営されているのでしょうか。   遠藤 国内は、販売とマーケティングを担う貝印と、製造を担うカイインダストリーズという刃物工場から成っています。海外は全て現地法人という形。米国やドイツ、フランス、中国、韓国、ベトナム、インドなどに拠点がありますが、基本はグループ一体経営を行っています。   製造と販売が全くの別会社のような時期もありましたが、2017年に私自ら経営戦略本部を立ち上げ、中期経営計画の策定や、名実ともにワングループとして経営するためのインフラ整備に取り組みました。その方針を2018年の創業110周年イベントの場で社員に発表し、2021年5月からは社長としてグループ経営に取り組んでいます。   若松 経営は、1人では何もできないのが現実です。トップの意志を社員の皆さん協力のもと実現するのが経営であり、「ビジョンマネジメント」です。刃物の事業領域だけで今の規模になるのは市場的に難しいと感じます。現在、海外と国内の売上高比率はどのようなバランスになっていますか。   遠藤 2021年度の売上高はグループ連結で約450億円。海外と国内の売上比率は50対50になります。海外では北米の売上高が大きく全体の3割を占め、ヨーロッパやアジアがそれぞれ1割に満たないぐらいです。社員数は、約2800名のうち3分の2を海外が占めています。   若松 私のコンサルタントの経験上、海外の売上高比率が全体の2~3割を超えるとグローバル企業と捉えています。やはり、今後の海外市場の伸び率は大きくなるのでしょうか。   遠藤 そうですね。国内は安定しており、爆発的に伸びる市場でないものの、売上高をキープしています。付加価値を上げて売上規模や収益基盤を確保しながら、未進出の地域の市場開拓やすでに進出している地域を深掘りしている段階です。     ポケットナイフメーカーとして創業した貝印。国産替え刃の生産をはじめ、爪切りやハサミ、包丁など刃物関連の製品を広げながら刃物以外の製品開発も行う。
2023年4月時点で製品数は1万アイテムに上る
            文化という切り口で新たな市場創造を目指す   若松 国内と海外市場、事業領域、そして組織や人材について、今後のKAIグループのビジョンについてお聞かせください。   遠藤 中期経営計画では、既存事業を整理する中でフォーカスすべき3つの領域を定めています。1つ目のカミソリ・美粧用品領域は、ブランドとして広げていく。2つ目の家庭用品領域、中でも包丁は当社のコアな部分や伸びている部分をさらに伸ばしていきます。3つ目の医療器領域は、規模はまだ小さいものの拡大していきたいと考えています。   また、海外も含めてドメインをいかに広げていくかを重視しています。カミソリを例に挙げると、国内では一定のシェアを獲得していますが、海外では外資系企業が強い。ただ、当社はカミソリと美粧用品の両方を展開する利点を生かして、中国や東南アジア、インドなどではビューティーケア用品として打ち出していこうと取り組んでいます。   若松 カミソリだけにフォーカスすると強い競合他社はありますが、ビューティーケアという「コトの価値」と捉え直すと「ホワイトスペース(未開の市場)」はまだ残されています。まさに、「文化を広げていく戦略」です。   遠藤 おっしゃる通りです。例えば、インドの男性カミソリ市場にはすでに多くの海外メーカーが進出しています。そこで、当社で女性用カミソリや顔そり用製品をインドで展開したところ、そこがホワイトスペースでした。インドに顔そりの習慣はありませんでしたが、当社の参入によって顔そりが文化として広がったのです。   爪切りも同様です。インドは手食文化ですが、爪をケアする習慣がほとんどありませんでした。それを逆手に取って、当社は「TSUMEKIRI」という名称を付けて展開。コロナ禍で衛生に対する意識が高まったこともあり、少しずつですが爪切りの文化が広がってきています。   若松 それぞれのマーケットにおいて文化が定着すると新しい市場が生まれ、その規模は計り知れません。「まだそこにない文化」は、ホワイトスペースと言えます。そのように見える経営者の感性は「事業センス」です。ただ、時間がかかるので腰を据えて取り組む必要があります。   遠藤 ファミリーカンパニーということもあり、昔から短期の結果に一喜一憂するのではなく、10年、20年とじっくり腰を据えて事業を広げてきました。実は、右肩上がりで伸びている米国のポケットナイフ事業も、工場を設立して5年、10年ほどは品質が安定せずに赤字状態が続いていました。しかし、「米国でハイクオリティーなナイフを作る」という信念を持ち続けた結果、ブランドの評価や認知度、売り上げが上がっていった実績があります。     過去肯定、現状改善、未来創造の経営思考が重要   若松 ブランドの評価や認知度を高めるには、我慢というか、信念を持って挑む気概が必要です。そこまで耐えられるのもKAIグループの個性です。売上高や国内外比率の目標値などは設定していますか。   遠藤 あえて設定しないようにしています。数字を設定すると、そこに合わせるために無理をしたり、帳尻を合わせたりするようになります。国内市場を収益の基盤として維持しつつ、海外のエリアを広げていく。堅実な成長、問題ないやり方を進めた結果として、海外比率やグループ売上高が上がっていくことが理想です。   現在進行中の2022年から2025年の3カ年中期経営計画では、グループ連結で売上高500億円を掲げて動いています。数字が大事なのではなく、「そこに向けてどうアクションを起こしていくか」を重視しています。   若松 後継経営者スクールでも学ばれたように、売上高は顧客利益と顧客創造の最大化の結果です。付加価値率は会社や商品のブランド価値が向上した結果です。その上で、目指すべき姿から逆算して現状を改善していくことが大切です。それを支える組織や経営システム、人材などへの取り組みをお聞かせください。   遠藤 やはり人が全てです。ものづくりの現場では「匠の技」と「誇り」がキーワードであり、固有の技やノウハウをどう次世代に伝承するかがメインになります。その半面、手作業をそのまま続けていくのは困難です。一部の機械化も含めて技術の伝承に取り組みながら、生産効率をいかに上げていくかは外せないテーマになっています。   また、会社の規模が大きくなり海外事業が進む中、トップが全てを掌握して引っ張っていくファミリーカンパニーのやり方には限界がありますし、そういう時代でもなくなってきています。その意味では、機能ごとに優秀な人材を配置していくのが最も重要だと考えています。海外に限らず国内も含めて、適性や能力に合わせて任せる中で人が成長し、次の世代が育っていくサイクルをつくっていかなければなりません。   若松 私はよく、経営者として大切な思考として「過去肯定、現状改善、未来創造」を挙げます。過去や現実と正しく向き合い肯定した上で、在るべき未来に向かって現状を改善していく情熱が必要だという意味です。いかに変化に適応するかが、企業の持続成長の要諦ともいえます。   遠藤 100年を超える当社の歴史の中には、良い時も、当然、悪い時もありました。「さまざまな積み重ねの中で今がある」という意味では、うまくいかなかったことに対して批判したり否定したりする姿勢は全く意味がないと思います。過去の歴史に敬意と感謝の気持ちを持ちながら、時代を超えても守るべき原点や軸をぶれさせないこと。一方で、時代によって変えるべきものには真摯に向き合っていくという、伝統と革新を常に両立させていくことが大事です。   若松 事業をある程度絞り込んで解像度を高めながら、バリューチェーンをしっかりと組む。人が成長するサイクルをつくりながら、事業センスをどう磨き、広げていくか。そこに遠藤社長は挑戦しているのだと感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。     貝印 代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰(えんどう ひろあき)氏 1985年岐阜県生まれ。2008年に慶應義塾大学を卒業後、貝印入社。KAIグループのグループ企業であるカイインダストリーズの生産管理部門や海外関連会社のkai U.S.A. ltd.への出向を経て2014年に帰国。国内営業本部と経営管理本部では副本部長、グループの核となる経営戦略本部、マーケティング本部、研究開発本部の3部門で本部長を歴任。取締役、副社長就任を経て、2021年5月より貝印、カイインダストリーズの代表取締役社長兼COOに就任。     タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。    

PROFILE

  • 貝印(株)
  • 所在地:東京都千代田区岩本町3-9-5
  • 創業:1908年
  • 代表者:代表取締役社長 兼 COO 遠藤 浩彰
  • 売上高:450億円(グループ計、2022年3月期)
  • 従業員数:2747名(グループ計、2022年6月現在)