差別化のマーケティングから「覚悟」のマーケティングへ:商品ジャーナリスト サイバー大学 IT総合学部 教授 元『日経トレンディ』編集長 北村 森×タナベコンサルティング 若松 孝彦
他社がどうであろうと「私はこれで行く」という
経営者の覚悟が重要です
大競争時代に重要なのは経営者が必然を感じ取れるか
若松 コロナ禍で先が見えない中、人々は何かで貢献しないといけない。その本質的な思いが共感を呼ぶのだと思います。
北村 コロナ禍で、「決断する勇気、覚悟」という言葉を多くの経営者から聞きました。印象に残っているのは、徳島県・上勝町でクラフトビール醸造を手掛けるスペックの代表取締役社長・田中達也氏です。2003年、上勝町は日本で初めて「ゼロ・ウェイスト」(ごみの排出量をゼロにすることを目標に廃棄物を減らそうとする活動)を宣言しましたが、その理念に共感した田中氏は、2015年に発信拠点としてブルワリーであるRISE & WIN Brewing Co.を設立しました。
同社の主力商品である「RISE & WIN」は「インターナショナル・ビアカップ2019」で金賞を受賞するなど、今や四国を代表する本格クラフトビールとして評価されています。また、2022年10月には、完全循環型ビールの発売をスタートしました。製造工程で出るモルトかすや廃液を肥料として麦を育て、新たなビールを造るのは、海外も含めてブルワリーでは初めてのことです。それほど難しい決断をなぜできたのか?取材した際、田中氏から返ってきたのは「決断する勇気」という答えでした。
若松 差別化するために完全循環型のビールを造るのではなく、ゼロ・ウェイストという理念に共感し、覚悟して決断したからこそ特別な存在になっています。私はよく、「『決定』と『決断』は違う」と言います。「決定」は情報がそろった状態で決める行為。一方、「決断」は情報不足の中で決める行為。「決断」には覚悟や勇気が必要です。
北村 おっしゃる通りです。完全循環型のビールを造ることがRISE & WIN、ひいては上勝町の理念を実現することになる。その思いを伝え続けているからこそ、数あるクラフトビールの中でも選ばれる存在になっているのです。強いて言葉にするならば、「必然性」と言っても良いでしょうね。
客観的に見て必然的な要素と、人が「必然だ」と思う要素がありますが、まさに後者が問われています。冒頭で覚悟のマーケティングについて触れましたが、覚悟のマーケティングというのは「自分が唯一無二」と言い切れるかどうかにかかっています。
さきめしを始めた今井氏は音楽家、紋別タッチを盛り上げた田中氏はホテル業、RISE&WINを手掛けるスペックは衛生管理が本業です。すでに“異種格闘技戦”が始まっていますが、重要なのは必然性です。それを経営者やマネジャークラスが感じられるかどうかが鍵になると思います。
もう1つ、この3社に共通する点があります。それはお金と時間を掛けていること。さきめしは、音楽家が時間とエネルギーを使って立ち上げました。紋別タッチの田中氏は、毎日空港まで通い、スペックは完全循環型の実現のために設備投資を行いました。読者の中にはオーナー社長もいらっしゃると思いますが、オーナー社長はお金と時間を分配できる立場にあります。何にお金と時間を掛けるかを決断できる。そこを生かしていただきたいと思います。
若松 経営資源配分ですね。何のために商売をしているのか。その問いがコロナ禍で本質になりました。
「セレンディピティ」は覚悟を決めた人に降ってくる
北村 コロナ禍で少し無理をして、1歩と言わず半歩でも踏み込んでいる企業が何かしら結果を残していると思います。例えば、帯の企画製造を手掛ける小杉織物(福井県坂井市)もその1つです。小杉秀則氏が社長に就任して以降、破竹の勢いで成長を遂げた同社は、浴衣帯の国内シェア9割、わずか数名だった従業員数は100名まで増えました。しかし、2020年3月、コロナ禍で夏の花火大会中止を見越した流通企業各社が発注を止めたことで、工場は一時休業に追い込まれました。
ただ、工場は同年4月に再開しました。小杉氏が帯用の生地で試作したマスクに1万5000枚のオーダーが入ったからです。さらに、同年7月には棋士の藤井聡太氏が対局で同社のマスクを着用したことをきっかけにSNS上でバズり、累計100万枚を超えるヒットを記録しました。
しかし、これを“バズる”とか“差別化のマーケティング”と語るのは間違いです。私が直接、小杉氏に取材して感じたのは、そこまでの覚悟と共感です。
3月に工場の一時休業を従業員に伝えた小杉氏は、慣れない手つきで工場にある機械や布地を使い5時間かけてマスクを作り、すぐに京都の卸売に持ち込んだそうです。その場は渋い反応でしたが、小杉氏の覚悟を感じ取った卸売が取引先に提案してくれたことで受注につながりました。
苦境の中、小杉氏を突き動かしたのは「社員への責任」でした。100名の社員を養うという覚悟。面白いのは、浴衣帯の幅というのは17㎝なのだそうですが、これはマスクの横幅と同じ。マスクを作るのに浴衣帯はぴったりだったのです。小杉氏の話を聞きながら、「セレンディピティ(幸運な偶然)は覚悟を決めた人に降ってくるのだ」と感じました。もちろん、藤井氏の影響は小さくありません。ただ、インフルエンサーマーケティングはあくまで結果です。ありがたいご褒美みたいなものだと私は思います。
若松 覚悟のマーケティングが新たな展開を切り開いたと言えます。これは、アフターコロナへと続く2023年の1つのキーワードと言っても良いでしょう。
常識を疑う大胆な製品開発が求められている
北村 2023年は明らかに大競争時代が到来します。2020年に市場がリセットされ、差別化が効かなくなりました。自粛生活の反動からくる「リベンジ消費」は続くでしょうが、消費者自身も何が欲しいのか分かっていません。ただし、すでにマーケットイン※1とかプロダクトアウト※2とか、そのような単純な構図では説明が付かないフェーズに入っています。異種格闘技戦で重要なのは、何をもって製品を提示するのか。あるいは企業の存在を伝えるのかだと思います。
若松 私たちにも「パーパスを見直したい」という相談が多くあります。先が見えない時代だからこそ、「自ら旗を掲げる」経営・パーパスが見直されているのです。
北村 いつも言うのですが、コロナ禍であるかどうかにかかわらず、消費は“びっくり”が需要です。びっくりとは、「そんな馬鹿な」「そこまでやるか」「分かっていたのに」の3つ。「そんな馬鹿な」「そこまでやるか」はコロナ禍前から言われていましたが、これからは「分かっていたのに」が問われます。コストの問題や社内の反対、取引先の同意が得られないから実現しない製品・サービスを指します。
「覚悟を示す」と言うと、非常に曖昧な議論に感じられますが、要するに、「それをつくれば話題になると分かっていたのに、いくつもハードルがあってやらなかったこと」こそに、お金やエネルギーを使って踏み込めるかどうかが問われるように思います。
若松 後になって「売れると分かっていたのに」「マーケットを見れば伸びると分かっていたのに」。そう感じたことのある経営者は多いはず。そこに踏み込む覚悟が必要です。
北村 もう1つ言うならば、「コロナ禍前に戻ることはない」ということ。新しい市場が求められています。危機や自粛を経験し、消費者はより消費に真剣になりました。ルールの厳しい環境で戦い抜くようにして消費してきましたし、企業活動も行ってきたはずです。世界が同時にリセットされたからこそ、新しい市場・企業・製品づくりに取り組むべきです。海外渡航制限も緩和しつつあるので、特に観光業はお客さまを振り向かせる新たなビジネスモデルをつくることが重要だと思います。
若松 常識を疑うような大胆な取り組み。覚悟のマーケティングが重要になることを感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
※1…自社の強みとなる技術や企業方針を基準にサービスや製品を開発すること
※2…市場調査をもとに顧客ニーズを把握し、顧客が求める製品を開発すること
商品ジャーナリスト サイバー大学 IT総合学部 教授 元『日経トレンディ』編集長 北村 森(きたむら もり)氏
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。『日経トレンディ』編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。
タナベコンサルティンググループ(TCG)
大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。