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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2023.02.01

差別化のマーケティングから「覚悟」のマーケティングへ:商品ジャーナリスト サイバー大学 IT総合学部 教授 元『日経トレンディ』編集長 北村 森×タナベコンサルティング 若松 孝彦

   
2020年のコロナパンデミックによる「世界同時リセット」から3年。マーケットが大きく動き出す2023年に必要な戦略とは何か?商品ジャーナリストとして長年、現場を取材してきた北村森氏に「覚悟」のマーケティングについて聞いた。
    差別化は“結果” 覚悟が共感を生み、人を動かす   若松 本誌では連載コラム「旗を掲げる!地方企業の商機」を執筆いただきありがとうございます。毎月、楽しんで拝読しています。北村さんは商品ジャーナリストとして各地の元気な企業やリーダー、商品を精力的に取材されています。コロナ禍の前後でどのような変化を感じますか。   北村 日ごろから商品を通して企業を見ていますが、変数が増えたことで先が読みにくくなったと感じています。経営者やマネジメント層にとっては、突き付けられるものが増えたのではないでしょうか。   若松 複雑さや不確実性を含め、以前と比べてビジネスを左右する変数が格段に増えていることを私も感じます。   北村 そうした中、気になっているのが「差別化」という言葉です。地域おこしや中央官庁の会議に出席した際、よくこの言葉を聞きますが、最初から差別化を志向する戦術には無理があると感じています。   もちろん、差別化のマーケティングが重視された時代を否定するわけではありませんが、今は差別化のマーケティングではなく、「覚悟」のマーケティングが必要ではないかと考えています。取材を通して見えてくるのは、コロナ禍でも踏ん張って成果を上げている企業、あるいは成果を上げるべく動いている人は、差別化をそれほど意識していないということ。結果として差別化されているように思います。   若松 差別化の先にあるものを求めないと、どうしても表面的な製品・サービスになってしまいます。私たちも「唯一無二、One&Onlyな価値を求めよう」と提言しています。   北村 その通りです。最初から差別化にとらわれると、よそばかりを見て袋小路に入ってしまいます。しかも、今は成熟市場でない領域はほとんどありません。例えば、新たな製品・サービスであっても、すぐに先行者利益を感じられないほどキャッチアップされてしまう。だからこそ、唯一無二、他社がどうであろうと「私はこれで行く!」という覚悟を持つことが重要です。   もう1つ、覚悟のマーケティングの背景にあるのが「共感」というキーワードです。コロナ禍において、消費者は共感を重視する傾向にあります。では、共感は何によって得られるのか。無理矢理見つけ出した差別化のポイントでしょうか?価格でしょうか?あるいはメディア戦略でしょうか?変数が多い時代に企業や製品・サービスが生き伸びていく理由は何か――。あらゆるジャンルの製品・サービスについて3年近く取材を続けた結果、私は「共感を生むのは覚悟」だと考えています。     企業は存在価値以上に貢献価値が問われている   若松 2020年に始まったコロナパンデミックを、私は「世界同時リセット」と表現しました。世界中が死の恐怖に直面してひどい心理状況に陥りましたが、全員が危機を打開するために知恵を出し始めた。そこから出てくる知恵を私は「貢献」と呼んでいますが、覚悟にも通じるものを感じます。   北村 貢献というキーワードで思い浮かぶ事例があります。まさにコロナ禍によって社会がリセットされたとき、音楽家の今井了介氏が「さきめし」というプロジェクトをスタートさせました。外出自粛で収入がなくなった飲食店の資金繰りを応援するために、アプリを使って飲食店のチケット(食券)を先払い購入する仕組みです。   発起人の今井氏は著名な音楽家であり、東日本大震災の際に衣食住に関して支援できなかったことに忸怩たる思いがあったそうです。2020年3月にスタートしたさきめしは全国の飲食店から喜ばれ、自治体単位で登録するケースや、同年5月にはサントリーグループが1億円拠出するなど支援の輪が大きく広がりました。コロナ禍で飲食に関する最初の動きをつくった1つがさきめしだったと思います。共創の理念が発揮されると、そこに共感が生まれる。共創は協業やコラボレーションと違って企業の業種や大小も超えるのだと思いました。   若松 「本当に求められているものを提供する」。世の中の困り事に対して経営資源を投下する覚悟は、差別化のマーケティングを超えた価値観です。コロナ禍は、それが事業会社の役割であることを明確にしました。今ほど企業が社会から求められている時代はありません。   北村 なぜその会社があるのか。なぜ自分が経営者なのか。まさにそこが問われています。今井氏がさきめしをスタートした背景には、2011年から抱き続けている思いがあったから。それは覚悟でしかありません。   若松 差別化より先に思い(覚悟)があり、共感を生んで新たな事業、展開が広がっていく。リセットされた状況ですから、さきめしなどの既存の枠組みや役割にとらわれない挑戦が世の中を動かすきっかけになりました。     社業に直結しない覚悟が企業のプレゼンスを高める   北村 もう1つ、重要なのが「誰がやるのか」です。覚悟は社業に貢献しない可能性があります。ところが、覚悟して始めたことが回り回って企業のプレゼンスを高めるケースもあります。その好例が「紋別タッチ」です。   紋別タッチは、ANA(全日本空輸)を使って東京・羽田空港と北海道・オホーツク紋別空港を日帰りで往復することですが、同便は1日1便。羽田へ帰る飛行機は到着の40分後に紋別空港を離陸するため、セキュリティーゲート外の滞在時間はわずか20分しかありません。往復運賃は9万円以上、特定便割引でも約3万5000円掛かるのに、2021年夏ごろから利用者が急増しています。目的はプレミアムポイント(ANAグループが定めるプレミアムメンバーステータス獲得条件の1つ)の獲得ですが、それならば1日に何便もある沖縄に行った方が効率的で観光も楽しめるはずです。   それなのになぜ、紋別タッチが盛り上がっているのか?不思議に思い、2021年秋に取材に行きました。実は、紋別市は1989年にJR北海道の名寄本線が廃線になり、札幌市から紋別市までは車で約5時間、旭川市からでも約3時間かかるため、地域医療に関わる医師は出張という形で羽田空港から飛行機で紋別市に通っているそうです。ある種の社会課題です。   若松 もし、羽田空港・オホーツク紋別空港往復便が廃線になると医師不在になりますね。   北村 その通りです。比喩ではなく、羽田空港・オホーツク紋別空港往復便は地元の人にとっては生命線ですが、コロナ禍で同線の搭乗率は30%台まで落ち込みました。30%台と言えば廃線候補に挙がる数字です。そうした状況を、紋別セントラルホテルの常務・田中夕貴氏が航空マニアの集うSNSで伝えたところ、その声に多くの人が呼応したのです。   また、田中氏も毎日、昼休み返上で空港の2階デッキからウェルカムボードを掲げて紋別タッチの利用者を出迎え、出発の際も手を振って見送りました。すると、田中氏に共感した空港スタッフが紋別タッチ専用の月替わりステッカーやスタンプカードを作ったり、売店スタッフも紋別タッチの来訪客に喜んでもらえそうなお土産を探すようになったりと、関わる人が変わり始めたのです。その結果、搭乗率は7ポイントほど上がりました。   若松 田中氏の覚悟が伝わり、共感が生まれたのですね。ただ、紋別タッチは日帰りですからホテルに宿泊してもらえません。社業には直結しない活動ですが、地域には貢献しています。   北村 おっしゃる通り、紋別セントラルホテルの社業には必ずしも貢献していません。しかし、田中氏が最初に動いたことで紋別は救われました。紋別タッチをきっかけに紋別ファンが増えて、何回も訪れる人は珍しくありません。2021年夏から2022年秋までの約400日間で、最も多い人は110回も紋別タッチを利用しています。30回、50回という人はざらにいます。結果として、その中から宿泊を伴う「紋別ステイ」をする人も出てきて、紋別セントラルホテルに泊まる人も増えているそうです。     オホーツク紋別空港の2階デッキからウェルカムボードを掲げ、「紋別タッチ」の利用者を出迎える紋別セントラルホテルの常務・田中夕貴氏       他社がどうであろうと「私はこれで行く」という 経営者の覚悟が重要です     大競争時代に重要なのは経営者が必然を感じ取れるか   若松 コロナ禍で先が見えない中、人々は何かで貢献しないといけない。その本質的な思いが共感を呼ぶのだと思います。   北村 コロナ禍で、「決断する勇気、覚悟」という言葉を多くの経営者から聞きました。印象に残っているのは、徳島県・上勝町でクラフトビール醸造を手掛けるスペックの代表取締役社長・田中達也氏です。2003年、上勝町は日本で初めて「ゼロ・ウェイスト」(ごみの排出量をゼロにすることを目標に廃棄物を減らそうとする活動)を宣言しましたが、その理念に共感した田中氏は、2015年に発信拠点としてブルワリーであるRISE & WIN Brewing Co.を設立しました。   同社の主力商品である「RISE & WIN」は「インターナショナル・ビアカップ2019」で金賞を受賞するなど、今や四国を代表する本格クラフトビールとして評価されています。また、2022年10月には、完全循環型ビールの発売をスタートしました。製造工程で出るモルトかすや廃液を肥料として麦を育て、新たなビールを造るのは、海外も含めてブルワリーでは初めてのことです。それほど難しい決断をなぜできたのか?取材した際、田中氏から返ってきたのは「決断する勇気」という答えでした。   若松 差別化するために完全循環型のビールを造るのではなく、ゼロ・ウェイストという理念に共感し、覚悟して決断したからこそ特別な存在になっています。私はよく、「『決定』と『決断』は違う」と言います。「決定」は情報がそろった状態で決める行為。一方、「決断」は情報不足の中で決める行為。「決断」には覚悟や勇気が必要です。   北村 おっしゃる通りです。完全循環型のビールを造ることがRISE & WIN、ひいては上勝町の理念を実現することになる。その思いを伝え続けているからこそ、数あるクラフトビールの中でも選ばれる存在になっているのです。強いて言葉にするならば、「必然性」と言っても良いでしょうね。   客観的に見て必然的な要素と、人が「必然だ」と思う要素がありますが、まさに後者が問われています。冒頭で覚悟のマーケティングについて触れましたが、覚悟のマーケティングというのは「自分が唯一無二」と言い切れるかどうかにかかっています。   さきめしを始めた今井氏は音楽家、紋別タッチを盛り上げた田中氏はホテル業、RISE&WINを手掛けるスペックは衛生管理が本業です。すでに“異種格闘技戦”が始まっていますが、重要なのは必然性です。それを経営者やマネジャークラスが感じられるかどうかが鍵になると思います。   もう1つ、この3社に共通する点があります。それはお金と時間を掛けていること。さきめしは、音楽家が時間とエネルギーを使って立ち上げました。紋別タッチの田中氏は、毎日空港まで通い、スペックは完全循環型の実現のために設備投資を行いました。読者の中にはオーナー社長もいらっしゃると思いますが、オーナー社長はお金と時間を分配できる立場にあります。何にお金と時間を掛けるかを決断できる。そこを生かしていただきたいと思います。   若松 経営資源配分ですね。何のために商売をしているのか。その問いがコロナ禍で本質になりました。     「セレンディピティ」は覚悟を決めた人に降ってくる   北村 コロナ禍で少し無理をして、1歩と言わず半歩でも踏み込んでいる企業が何かしら結果を残していると思います。例えば、帯の企画製造を手掛ける小杉織物(福井県坂井市)もその1つです。小杉秀則氏が社長に就任して以降、破竹の勢いで成長を遂げた同社は、浴衣帯の国内シェア9割、わずか数名だった従業員数は100名まで増えました。しかし、2020年3月、コロナ禍で夏の花火大会中止を見越した流通企業各社が発注を止めたことで、工場は一時休業に追い込まれました。   ただ、工場は同年4月に再開しました。小杉氏が帯用の生地で試作したマスクに1万5000枚のオーダーが入ったからです。さらに、同年7月には棋士の藤井聡太氏が対局で同社のマスクを着用したことをきっかけにSNS上でバズり、累計100万枚を超えるヒットを記録しました。   しかし、これを“バズる”とか“差別化のマーケティング”と語るのは間違いです。私が直接、小杉氏に取材して感じたのは、そこまでの覚悟と共感です。   3月に工場の一時休業を従業員に伝えた小杉氏は、慣れない手つきで工場にある機械や布地を使い5時間かけてマスクを作り、すぐに京都の卸売に持ち込んだそうです。その場は渋い反応でしたが、小杉氏の覚悟を感じ取った卸売が取引先に提案してくれたことで受注につながりました。   苦境の中、小杉氏を突き動かしたのは「社員への責任」でした。100名の社員を養うという覚悟。面白いのは、浴衣帯の幅というのは17㎝なのだそうですが、これはマスクの横幅と同じ。マスクを作るのに浴衣帯はぴったりだったのです。小杉氏の話を聞きながら、「セレンディピティ(幸運な偶然)は覚悟を決めた人に降ってくるのだ」と感じました。もちろん、藤井氏の影響は小さくありません。ただ、インフルエンサーマーケティングはあくまで結果です。ありがたいご褒美みたいなものだと私は思います。   若松 覚悟のマーケティングが新たな展開を切り開いたと言えます。これは、アフターコロナへと続く2023年の1つのキーワードと言っても良いでしょう。     常識を疑う大胆な製品開発が求められている   北村 2023年は明らかに大競争時代が到来します。2020年に市場がリセットされ、差別化が効かなくなりました。自粛生活の反動からくる「リベンジ消費」は続くでしょうが、消費者自身も何が欲しいのか分かっていません。ただし、すでにマーケットイン※1とかプロダクトアウト※2とか、そのような単純な構図では説明が付かないフェーズに入っています。異種格闘技戦で重要なのは、何をもって製品を提示するのか。あるいは企業の存在を伝えるのかだと思います。   若松 私たちにも「パーパスを見直したい」という相談が多くあります。先が見えない時代だからこそ、「自ら旗を掲げる」経営・パーパスが見直されているのです。   北村 いつも言うのですが、コロナ禍であるかどうかにかかわらず、消費は“びっくり”が需要です。びっくりとは、「そんな馬鹿な」「そこまでやるか」「分かっていたのに」の3つ。「そんな馬鹿な」「そこまでやるか」はコロナ禍前から言われていましたが、これからは「分かっていたのに」が問われます。コストの問題や社内の反対、取引先の同意が得られないから実現しない製品・サービスを指します。   「覚悟を示す」と言うと、非常に曖昧な議論に感じられますが、要するに、「それをつくれば話題になると分かっていたのに、いくつもハードルがあってやらなかったこと」こそに、お金やエネルギーを使って踏み込めるかどうかが問われるように思います。   若松 後になって「売れると分かっていたのに」「マーケットを見れば伸びると分かっていたのに」。そう感じたことのある経営者は多いはず。そこに踏み込む覚悟が必要です。   北村 もう1つ言うならば、「コロナ禍前に戻ることはない」ということ。新しい市場が求められています。危機や自粛を経験し、消費者はより消費に真剣になりました。ルールの厳しい環境で戦い抜くようにして消費してきましたし、企業活動も行ってきたはずです。世界が同時にリセットされたからこそ、新しい市場・企業・製品づくりに取り組むべきです。海外渡航制限も緩和しつつあるので、特に観光業はお客さまを振り向かせる新たなビジネスモデルをつくることが重要だと思います。   若松 常識を疑うような大胆な取り組み。覚悟のマーケティングが重要になることを感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。     ※1…自社の強みとなる技術や企業方針を基準にサービスや製品を開発すること ※2…市場調査をもとに顧客ニーズを把握し、顧客が求める製品を開発すること       商品ジャーナリスト サイバー大学 IT総合学部 教授 元『日経トレンディ』編集長 北村 森(きたむら もり)氏 1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。『日経トレンディ』編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。     タナベコンサルティンググループ タナベコンサルティング 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ) タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず大企業から中堅企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーから多くの支持を得ている。1989年にタナベ経営(現タナベコンサルティング)に入社。2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て2014年より現職。2016年9月に東証1部(現プライム)上場を実現。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。     タナベコンサルティンググループ(TCG) 大企業から中堅企業のビジョン・戦略策定から現場における経営システム・DX実装までを一気通貫で支援する経営コンサルティング・バリューチェーンを提供。全国600名のプロフェッショナル人材を有し、1957年の創業以来15,000社の支援実績を持つ日本の経営コンサルティングのパイオニア。