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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2022.02.01

人や社会のお役に立ててこそ、事業であり、企業である:トラスコ中山 中山 哲也氏× タナベコンサルティング 若松 孝彦

梱包作業を完全自動化する「I-Pack®(アイパック)」。納品書の挿入や梱包、荷札の貼り付け作業まで自動で行うことができ、1時間当たり720個の梱包出荷が可能(左)。プロツールの使用現場に隣接した場所に取扱商品をそろえる置き薬ならぬ置き工具の「MROストッカー」。在庫補充の自動化や在庫管理コストを削減し、顧客が必要な時にすぐに使える「究極の短納期」を実現(右)

 

事業経営と環境保全を両立するサステナビリティーモデルへ

 

若松 トラスコ中山の時流に即応した成功は、冒頭で「使命の実現に向けて、やるべきことをやるべきときに実施してきたところに、コロナ禍で課題が加速した」ことの実例です。

 

中山 当然ながら、サービスのスタート時にコロナ禍は想定していませんでした。ただ、物流業界は慢性的な人手不足が続いていたため、お客さまから「トラスコ中山からユーザーに商品を直送してほしい」という要望が出るのではないかという予感はありました。

 

若松 同サービスの優れている点は、直送によってリードタイムを半分に短縮するだけでなく、運送費や労務コストの削減、さらには伝票や段ボール、運送時のCO2(二酸化炭素)削減といった環境負荷の低減にもつながることです。一石二鳥と言わず、四鳥、五鳥とメリットは数えきれません。

 

中山 最近は製造業も環境保全に真剣に向き合っています。ですから、卸売によるユーザー直送の考え方は広がっていくと確信しています。

 

若松 加えて、「MROストッカー」という新サービスもスタートされました。

 

中山 これは、置き薬ならぬ「置き工具」のサービスです。工場にお客さまが必要とされる商品を陳列したMROストッカーを置かせていただき、使用した分だけ代金を請求させていただく仕組みです。今でも、ご要望があればスパナ1本であっても商品をお届けしますが、工場内にMROストッカーがあれば必要なときにすぐに使用できる上、配送に伴う段ボールや運送時のCO2を削減できます。

 

若松 MROストッカーというブランディングも良いですね。また、配置する商品を工場に応じてカスタマイズできたり、季節ごとに交換したりとさまざまな工夫が加えられているため、今後の展開が非常に楽しみです。私は「売り場のないところに売り場をつくるのがビジネス」と言ってきましたが、まさにそのモデルのようなサービスです。

 

中山 おっしゃる通りです。顧客特性や季節によって中身を変えていますが、意外な売れ筋やロングテール商品を発見することも少なくありません。例えば、夏用に配置した扇風機が意外と冬場に売れたりする。コロナ禍で換気のために使ったり、製品を冷やすために使ったりと、業界の常識や社員の先入観を取り除く良いきっかけにもなっています。

 

 

「志」への投資が「唯一無二」の未来を創る

 

若松 ユーザー直送とMROストッカー。いずれも共通して言えるのは、お客さまの声に応えるのではなく、お客さまの利便性に着目し、ニーズを先取りして事業化されている点です。そこに独創性を感じます。

 

中山 独創性は創業以来、受け継がれた当社の原点です。最後発の機械工具卸として、アイデアや工夫を重ねながら発展してきました。独創性を発揮する上では「お客さまのお役に立つにはどうすべきか」が原点になりますが、もう1つ、販売において大事なことがあります。それは、プッシュ(押し)ではなく、プル(引く)です。簡単に言えば、プルとはユーザーが買いやすい環境をつくること。その仕組みづくりこそ、私たちの仕事です。

 

若松 トラスコ中山から買わざるを得ない仕組み、言い換えれば「構え」。構えを持っている企業は、お客さまの方から選んでくれます。発想の転換です。

 

中山 私は、売ることばかりを考えて、「お客さまの声を聞く」「ニーズをつかむ」という発想に偏るのは間違っていると思います。もちろん、お客さまの声を聞くことは大事なことですが、それが過ぎると社員が疲弊してしまいます。お客さまに利便性を感じていただけるように、日ごろから仕組みを整備しておく必要があります。

 

若松 トラスコ中山は、約50万点の在庫や即納体制、ユーザー直送など、圧倒的な仕組み、バリューチェーンをお持ちです。そのための設備投資にも積極的に取り組んで来られました。

 

中山 当社も最初から今のような環境があったわけではありません。在庫を持つと決めたときも、散々「非常識だ」「無謀だ」と言われましたが、そうした挑戦を積み重ねたから今があります。設備投資が多いと考えられることがありますが、特に今の時代は利便性を高める物流設備・デジタルの投資をしていかないと、他社との決定的な差は生まれないでしょう。

 

若松 未来を創るための投資を止めてはいけませんね。昨今はROE(自己資本利益率)が偏重されがちですが、私はコンサルタントとして、また、東証1部上場企業のトップとしても、「どのような得意先があるか」「どのような能力をもつ人材がいるか」「どのような商品があるか」といった表面には見えづらい企業価値を見いだしていかないと、志を実現する経営は難しくなると感じています。やはり「取捨“善”択」ですね。

 

中山 同感です。私が大事にしているのは、数値目標ではなく「能力目標」。例えば、お客さまに喜んでいただくために「即納できる能力」を目標にする。その上で、実現に向けて「在庫○○点」といった数字を決めるという順番です。

 

また、能力の実現に不可欠な設備投資を積極的に行います。業績目標を重視しすぎると、「設備投資をしたら利益目標に到達しない」と考えて投資をためらってしまう。それが命取りになりかねないと私は思います。

 

若松 あるべき姿を明確にし、そのための投資決断を行い、実現する能力を身に付け、商品やサービスを通してお客さまに喜んでいただくのが経営です。その重要性をトラスコ中山の躍進が証明しています。

 

今はコロナ禍で大変な環境にありますが、そうした時期こそ「企業の真の貢献価値とは何か」が問われ、それを実現することで「唯一無二の企業」になるのだと、この対談で再認識できました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

 

 

トラスコ中山 代表取締役社長 中山 哲也(なかやま てつや)氏

1958年生まれ。近畿大学商経学部卒業後、1981年に中山機工(現トラスコ中山)入社。常務取締役、専務取締役を経て1994年より現職。「取捨善択」「唯一無似」「自覚に勝る教育無し」など、独自の経営哲学で経営に当たる。また視覚障がい者を支援する公益財団法人中山視覚福祉財団を設立。現在、理事長を務め社会貢献活動にも取り組む。

 

 

タナベコンサルティンググループ タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)

タナベコンサルティンググループのトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種・地域を問わず、大企業から中堅・中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。

 

 

PROFILE

  • トラスコ中山(株)
  • 所在地:東京都港区新橋4-28-1 トラスコフィオリートビル
  • 創業:1959年
  • 代表者:代表取締役社長 中山 哲也
  • 売上高:2134億400万円(連結、2020年12月期)
  • 従業員数:2893名(連結、2021年9月現在)