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100年経営対談
100年経営対談
成長戦略を実践している経営者、経営理論を展開している有識者など、各界注目の方々とTCG社長・若松が、「100年経営」をテーマに語りつくす対談シリーズです。
100年経営対談 2020.10.30

ジャパンブランドの新しい価値で市場を開く モバイルクルーズ 代表取締役 安西 洋之氏

大転換する顧客価値へフォーカスし直すチャンス

 

若松 日本には歴史に裏打ちされた伝統工芸品や文化が数多く残されていますし、日本企業の品質に対する強いこだわりはラグジュアリーに通じる特長、個性と言えます。しかし、残念ながらこの領域で日本企業はほとんど成功していません。その理由はどこにあるのでしょうか。

 

安西 いくつか理由はありますが、まずはラグジュアリーが量的拡大を目指すビジネスモデルとロジックが異なることを理解する必要があります。効率を重視し過ぎるとうまくいきません。

 

若松 イノベーティブな製品の多くは、効率を超える価値を持っているものです。暮らしの豊かさ、美しさ、ワクワク感などは、効率だけを追求するものづくりからは生まれません。

 

安西 私がいすゞ自動車に勤務していたころ、米国企業と欧州企業の違いに驚いた経験があります。当時、欧州の自動車メーカーへエンジンなどをOEM供給するビジネスを担当していましたが、量産を目指す米国式と少量生産を行うヨーロッパのスポーツカーメーカーの開発スタイルは全く違っていました。

 

例えば、自動車を試作する際、前者はまず設計図を引いてエンジンルーム内のレイアウトを考えますが、少量生産である後者は市場にあるコンポーネントを組み合わせてから設計図を引いていました。ビジネスである以上、効率を否定はしませんが、全く新しいコンセプトを生み出すにはヨーロッパ式が適しているように思います。

 

若松 ものづくりのアプローチが根本的に異なるのですね。開発が机上でスタートするのか、全体からアプローチする現物主義を起点にするのか。それによって生まれる製品は大きく変わってきます。

 

安西 新しい価値を生み出す開発スタイルに加えて、歴史や創業者のDNAを受け継ごうとする企業の姿勢に感銘を受けました。少量生産で現物主義、歴史をビジネスにどう落とし込んでいくかを考えるスタイルも含めて、日本の中堅・中小企業の参考になる点は大いにあると思います。

 

若松 創業の原点や企業の歴史の継承は、私たちタナベ経営のコンサルティングにおいても非常に重点を置く部分です。企業の核として言語化し伝承していくことが重要ですが、日本には、「あうんの呼吸」や「暗黙の了解」のように、あえて言語化しない風土があります。そこに日本企業がラグジュアリーになり切れない要因があるようにも感じています。

 

安西 自分の言葉をつくることに対するしつこさは、多くの日本人に足りない部分です。欧州や米国から入ってきた借り物の言葉や経営用語を使って満足するのではなく、自分たちの力で言葉を生み出し、語っていく力が必要です。

 

 

良店不変客、良客不変店を目指す真のインバウンドを

 

若松 自分の言葉で語らないと、心を揺さぶる強いメッセージにはなりません。私は先ほども言ったように良店不変客、良客不変店を目指すマーケティングの再定義こそ、日本の中堅・中小企業に必要なブランド戦略だと考えています。

 

日本のインバウンド(訪日外客)はここ数年で急速に拡大しましたが、外国人が魅力を感じることと日本企業が発信する情報にズレが生じていると感じていました。今回のコロナショックを乗り越えて、日本に戻ってくるインバウンドがいるとすれば、その人たちはブランディングや体験によって日本やその商品・サービスを「不変店」にしてくれたということです。逆に戻ってこないのなら、それは一過性のバブルだったということでしょう。

 

安西 日本には、語るべき素養や土壌がたくさんあります。自分の考えにオーナーシップを持てると、自分の言葉が持てるようになるはずです。

 

若松 同感です。日本には、どの地方にも語れる経営資源がたくさんありますが、それを十分に発信できていない点が残念です。しかし、ここ数年は特に中堅・中小企業を担う若い経営者から、これまでとは違う見せ方、価値を発信するケースが増えています。安西さんはモノやサービスがもたらす意味を変えることを「意味のイノベーション」と表現されていますが、それに近い挑戦が少しずつ始まっています。

 

安西 特に地方の伝統工芸品に従事する企業の場合、ラグジュアリーに高い壁を感じる企業がほとんどでしょう。そうした企業は、ラグジュアリーブランド戦略を参考にしていただきたいと思います。先にも紹介しましたが、老舗ではなくてもラグジュアリーとしてのポジションを確立することは可能です。壁は低くはないですが、職人的な技術や手仕事が伝承されている点は強みになり得ます。日本企業のこだわりを後ろ向きに捉えるのではなく、生かしていくべきでしょう。

 

若松 日本企業が今こそラグジュアリーに挑戦し、真の顧客の固定化、ファン化する戦略価値は十分にあると確信しました。今後ますますご活躍されることを心より祈念します。本日はありがとうございました。

 

 

 

モバイルクルーズ(株) 代表取締役 安西 洋之(あんざい ひろゆき)氏
いすゞ自動車で欧州自動車メーカーへのエンジンなどのOEM供給ビジネスを担当後、独立。1990年よりミラノと東京を拠点とするビジネスプランナーとして欧州とアジアの企業間提携、商品企画、販売戦略構築などに多数参画している。2009年より海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案して執筆・講演活動を開始。2017年にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』(日経BP社)を監修して以降、「ローカリゼーションマップ」と「意味のイノベーション」の融合を探索中。最新刊に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』(晶文社)。

 

(株)タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。