コロナショックが起きている今こそ、日本の中堅・中小企業が国内外の市場で復活するためのブランド戦略が求められている。再度、企業価値の本質にフォーカスし、その価値と顧客との持続的関係性を築く真のブランディングが必要である。ビジネスプランナーの安西洋之氏とともに、ジャパンブランド復活のシナリオに迫る。
危機だからこそ強いラグジュアリーな価値
若松 新型コロナウイルスが世界的に流行し始めた2020年3月、感染者数の多かったイタリアでは都市を封鎖するなど緊迫した状況だったと思います。イタリアを拠点にビジネスを展開なさっている安西さんは、現在のイタリアをどのように見ていらっしゃいますか。
安西 ロックダウン(都市封鎖)後、初めてリアルの見本市が開催されるなど、9月に入ったころから街にだいぶ人が戻ってきました。6月にロックダウンが解除されても、8月までミラノの公共交通機関は定員の30%までしか乗車できなかったのですが、9月からはそれが80%に引き上げられました。
若松 街に少しずつ活気が出てきた様子がうかがえます。企業の活動についてはどうですか?
安西 スマートワーキングやビデオミーティングは継続中ですが、「仕方がない」という意識から当たり前の習慣へと変わってきています。一方、感染防止策の徹底に関しては「オフラインで動くべきことはオフラインでやるノウハウを確立しよう」と、各企業の覚悟が見て取れます。ニューノーマル(新常態)を受け入れ、対策を講じているのは日本企業もイタリア企業も同じですね。
若松 ビジネスプランナーとして日本企業と欧州企業のビジネスの現場を見ていらっしゃるからこその視点ですね。安西さんの知見は本誌でも長年連載いただいています。ありがとうございます。連載の中で、特に共感するキーワードは「ラグジュアリー」という価値観です。同市場は世界中に広がりを見せ、あらゆる業界が高い関心を寄せています。まず、どのような市場を意味するのかをご紹介ください。
安西 観光などの体験領域も含めた2019年の世界のラグジュアリー市場は1兆2600億ユーロ(約152兆4600億円)※に達すると推計されています。
地域別の内訳を見ると欧州が880億ユーロ(約10兆6480億円)と依然としてトップに立っていますが、変化の兆しとして中国人による消費が前年に引き続き拡大しており、高級ファッションブランドは各地域のテイストを尊重する方針へとかじを切りつつあります。国・地域ごとに独自のECサイトを立ち上げる動きは、そうした変化の表れと言えるでしょう。
また、ECの成長や顧客の若年化も市場に変化をもたらすと考えられます。ECの浸透によって実店舗の位置付けがタッチポイント(リアルに商品と接触しブランドを経験する場所)へ変化する可能性のほか、市場貢献度が高まっているZ世代(米国で1990年代後半から2000年に生まれた世代)に対応したコミュニケーションやメディア戦略が欠かせないでしょう。彼・彼女らが、オリジナルや伝統的なラグジュアリーに近いものを求め始めている点は注目すべきです。消費者の関心が機能的欲求から「心が満たされる質」に向かう傾向は顕著になっており、それがラグジュアリーを求める動きを後押ししています。
若松 私は以前より、日本経済は「モノ余りでコト不足の時代」に入ったと定義してきました。だからこそブランド戦略の中で心が満たされる質が重要になっているという点は非常に共感します。
「良店不変客、良客不変店――(良い店は客を変えない、良い客は店を変えない)」という言葉を使ってブランディングの本質を語ることも多いのですが、心が満たされる質を体感した顧客と価値提供する店とのOne-On-One(一対一)の関係性がまさにそれに当たるように感じます。
安西 ラグジュアリーを論じる際は、LVMH(エルヴェエムアッシュ モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)に代表される、複数のラグジュアリーブランドを擁す大手コングロマリットの戦略に注目が集まりがちです。また、量のビジネスを重視する米国的なプレミアム戦略とも混同されがちです。
しかし、本来のラグジュアリーとは希少性があり、限られた人たちのためのもの。欧州や米国にも中堅・中小規模ながら本来のラグジュアリーとして高く評価されている企業が数多く存在しています。日本の中堅・中小企業は、ここを目指すべきだというのが私の考えです。
※米国ベイン・アンド・カンパニーとイタリアのアルタガンマ財団の「アルタガンマ・ワールドワイド・ラグジュアリーマーケットモニター」(2019年調査)。2019年当時の為替レート(1ユーロ当たり121円換算)による試算
ストーリーテラーとしてのブランディング戦略
若松 「ラグジュアリー」の具体的なケースと特徴を教えていただけますか。
安西 1978年にイタリア中部のウンブリア州で設立したブルネッロ・クチネッリが好例です。「アルティジャーノ」(職人)の仕事にこだわり、わずか30年でエルメスと同等の評価を受けるトータルファッションブランドへと成長を遂げました。現在の年商は約600億円、海外を含めた従業員数は1800名規模に上っています。
また、1981年に創業した高級ピアノ製造のファツィオリは、2010年にショパン国際ピアノコンクールの公式ピアノの一つに選ばれる偉業を成し遂げました。同社は材料や手仕事へのこだわりが強く、約50名の従業員が生産できるピアノは1年間にわずか130台前後。価格は日本円で900万~2000万円もする高級品ですが、世界中から注文が途切れません。
若松 いずれも創業40年前後と、比較的に企業の歴史が浅いですね。そうした企業がラグジュアリーとしての地位、ブランドポジションを確立している点は参考になります。
安西 ラグジュアリーブランドの多くは歴史や伝統に裏付けられた独自のストーリーを持っています。しかし、企業の歴史はラグジュアリーの必須条件ではありません。重要なことは、歴史的な遺産や思想にひも付いているかどうかです。
例えば、ファツィオリはピアノ発祥の地であるパドヴァの近郊に本社を置いていることから、「イタリアらしい音色」と「300年の伝統」が結び付き、強いブランド力を発揮しています。
若松 まさに独自のストーリーです。ピアノ発祥の地という歴史遺産とメード・イン・イタリーにこだわるファツィオリの企業文化が重なり、ラグジュアリーとしての評価を確かなものにしているのですね。
サプライチェーンが崩れている今こそ、再度、企業価値の本質を捉え直してブランドと向き合い、それを再構築する中での国内・原点回帰が大切です。コロナショック後に来る新時代のラグジュアリー企業へと変身できるチャンスが今なのだとも感じています。
安西 ファツィオリのケースは、企業自体に長い歴史がなくとも、商品にまつわる伝統や文化のコンテクストを語ることで歴史を受け継ぐことが可能だと教えてくれます。長い歴史の中に自社が存在していることをしっかりと発信すれば強いブランド力につながる。必要なのは、それを自らの言葉で語ることができるストーリーテラーなのです。
会社の個性や強みを、歴史的な遺産や思想にひも付けて語ることです。
日本の職人技をラグジュアリー価値へ
若松 ラグジュアリーと聞くと参入障壁が高いように感じますが、モデル企業のケースを見ると必ずしもそうではないと分かります。職人技や手仕事にこだわっている点は、日本の中堅・中小企業とも共通しています。ここにも復活の芽がありそうです。
安西 人の手でできる領域が多く残されていると、投資が抑えられて挑戦しやすくなります。さらに、成功事例が広く知られると、企業はゼロからラグジュアリー的なものを作ることに気後れしなくなります。イタリアの中小企業にラグジュアリーを目指す企業が多い理由の一つとして、そういった環境も関係していると思います。
若松 それは職人技のブランディングですね。「自社でもできるかも知れない」という機運が高まると、挑戦する企業が増えて市場は活性化します。問題はマーケットでしょう。ラグジュアリーを狙うなら、国内マーケットだけではなく、海外も視野に入れる必要がありますが、そこは日本企業が不得意とする部分です。
安西 日本企業は世界に出ることや、海外市場で勝負することに対して力が入り過ぎているように感じます。中小企業であれば、3カ国、あるいは4カ国でマーケットを開拓できれば御の字だと思った方が良い。無理して広げようとするとパンクします。ターゲットを決めて挑戦した後、「うまくいったら隣の国にも挑戦してみよう」というくらい肩の力を抜いて取り組むと良いでしょう。
若松 最初からハードルを上げ過ぎないことは大事です。今の環境下ですぐに判断できなくても、準備は可能です。冒頭からおっしゃっている通り、ラグジュアリーは量を目指すブランド戦略ではなく、質のブランド戦略ですからね。無理な拡大は自ら価値を下げることにもなりかねません。
安西 もう一つアドバイスをするなら、成功の確率を上げるには最初からBtoCを狙わないことです。中小企業がマスマーケットを狙った新商品開発に打って出るケースは多々ありますが、そういった商品がマーケットで成功する確率はそう高くありません。特に、新しいマーケットに出て行く際はBtoBから始めるのが確実です。バッグにしても服にしても、長い間イタリア企業はフランスのファッション産業の下請けとして経験を積んできました。
若松 イタリアのアパレルブランド「ラルディーニ」など、自社ブランドで進出するか、フランスのファッション産業のOEMからハイブランドへと転身を果たしたいくつかの企業が頭に浮かんできます。信用、技術力、マーケティングをしたたかに学びながら、チャンスを見てブランド企業に変身するわけです。一方、日本企業の思考は、初めから自社ブランドで進出するか、OEMのままか、どちらかに偏りやすいです。
安西 最初から自社ブランドで勝負するのは格好良いですが、下請けをしながら顧客開拓し、現地の経営者の話を聞くことは、企業にとって非常に有意義です。そうした経験に基づいて新商品開発を行うのが適切だと思いますね。日本企業でBtoBからマーケット開拓を始めたケースとして、京都の細尾が挙げられます。西陣織の老舗である細尾は、技術を生かしてラグジュアリーブランドの店舗に使われる内装材へと販路を広げた後、2019年にオリジナルブランド「HOSOO」を立ち上げています。同社はストーリーがしっかりとしており、アプローチとして非常に参考になります。
若松 まさに、BtoBで知名度を上げてBtoCへと事業を広げた事例と言えます。産業クラスターを生かした正しい「クラスター戦略」ですね。
安西 大事なことは、「BtoBの間に得られるナレッジを全部取り込む!」くらいの気持ちを持って挑戦することです。特に、現地のコミュニティーに入ることは重要なポイントです。ドイツにもフランスにもイタリアにも産業クラスターがあり、仲良くなるとさまざまな情報が手に入るようになりますし、ビジネスパートナーが見つかることもあります。海外進出のために展示会などに参加するのも良いのですが、特にBtoBでは産業クラスターに入っているかどうかが、より重要になります。
大転換する顧客価値へフォーカスし直すチャンス
若松 日本には歴史に裏打ちされた伝統工芸品や文化が数多く残されていますし、日本企業の品質に対する強いこだわりはラグジュアリーに通じる特長、個性と言えます。しかし、残念ながらこの領域で日本企業はほとんど成功していません。その理由はどこにあるのでしょうか。
安西 いくつか理由はありますが、まずはラグジュアリーが量的拡大を目指すビジネスモデルとロジックが異なることを理解する必要があります。効率を重視し過ぎるとうまくいきません。
若松 イノベーティブな製品の多くは、効率を超える価値を持っているものです。暮らしの豊かさ、美しさ、ワクワク感などは、効率だけを追求するものづくりからは生まれません。
安西 私がいすゞ自動車に勤務していたころ、米国企業と欧州企業の違いに驚いた経験があります。当時、欧州の自動車メーカーへエンジンなどをOEM供給するビジネスを担当していましたが、量産を目指す米国式と少量生産を行うヨーロッパのスポーツカーメーカーの開発スタイルは全く違っていました。
例えば、自動車を試作する際、前者はまず設計図を引いてエンジンルーム内のレイアウトを考えますが、少量生産である後者は市場にあるコンポーネントを組み合わせてから設計図を引いていました。ビジネスである以上、効率を否定はしませんが、全く新しいコンセプトを生み出すにはヨーロッパ式が適しているように思います。
若松 ものづくりのアプローチが根本的に異なるのですね。開発が机上でスタートするのか、全体からアプローチする現物主義を起点にするのか。それによって生まれる製品は大きく変わってきます。
安西 新しい価値を生み出す開発スタイルに加えて、歴史や創業者のDNAを受け継ごうとする企業の姿勢に感銘を受けました。少量生産で現物主義、歴史をビジネスにどう落とし込んでいくかを考えるスタイルも含めて、日本の中堅・中小企業の参考になる点は大いにあると思います。
若松 創業の原点や企業の歴史の継承は、私たちタナベ経営のコンサルティングにおいても非常に重点を置く部分です。企業の核として言語化し伝承していくことが重要ですが、日本には、「あうんの呼吸」や「暗黙の了解」のように、あえて言語化しない風土があります。そこに日本企業がラグジュアリーになり切れない要因があるようにも感じています。
安西 自分の言葉をつくることに対するしつこさは、多くの日本人に足りない部分です。欧州や米国から入ってきた借り物の言葉や経営用語を使って満足するのではなく、自分たちの力で言葉を生み出し、語っていく力が必要です。
良店不変客、良客不変店を目指す真のインバウンドを
若松 自分の言葉で語らないと、心を揺さぶる強いメッセージにはなりません。私は先ほども言ったように良店不変客、良客不変店を目指すマーケティングの再定義こそ、日本の中堅・中小企業に必要なブランド戦略だと考えています。
日本のインバウンド(訪日外客)はここ数年で急速に拡大しましたが、外国人が魅力を感じることと日本企業が発信する情報にズレが生じていると感じていました。今回のコロナショックを乗り越えて、日本に戻ってくるインバウンドがいるとすれば、その人たちはブランディングや体験によって日本やその商品・サービスを「不変店」にしてくれたということです。逆に戻ってこないのなら、それは一過性のバブルだったということでしょう。
安西 日本には、語るべき素養や土壌がたくさんあります。自分の考えにオーナーシップを持てると、自分の言葉が持てるようになるはずです。
若松 同感です。日本には、どの地方にも語れる経営資源がたくさんありますが、それを十分に発信できていない点が残念です。しかし、ここ数年は特に中堅・中小企業を担う若い経営者から、これまでとは違う見せ方、価値を発信するケースが増えています。安西さんはモノやサービスがもたらす意味を変えることを「意味のイノベーション」と表現されていますが、それに近い挑戦が少しずつ始まっています。
安西 特に地方の伝統工芸品に従事する企業の場合、ラグジュアリーに高い壁を感じる企業がほとんどでしょう。そうした企業は、ラグジュアリーブランド戦略を参考にしていただきたいと思います。先にも紹介しましたが、老舗ではなくてもラグジュアリーとしてのポジションを確立することは可能です。壁は低くはないですが、職人的な技術や手仕事が伝承されている点は強みになり得ます。日本企業のこだわりを後ろ向きに捉えるのではなく、生かしていくべきでしょう。
若松 日本企業が今こそラグジュアリーに挑戦し、真の顧客の固定化、ファン化する戦略価値は十分にあると確信しました。今後ますますご活躍されることを心より祈念します。本日はありがとうございました。
モバイルクルーズ(株) 代表取締役 安西 洋之(あんざい ひろゆき)氏
いすゞ自動車で欧州自動車メーカーへのエンジンなどのOEM供給ビジネスを担当後、独立。1990年よりミラノと東京を拠点とするビジネスプランナーとして欧州とアジアの企業間提携、商品企画、販売戦略構築などに多数参画している。2009年より海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案して執筆・講演活動を開始。2017年にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』(日経BP社)を監修して以降、「ローカリゼーションマップ」と「意味のイノベーション」の融合を探索中。最新刊に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』(晶文社)。
(株)タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。