メインビジュアルの画像
コラム
TCG社長メッセージ
タナベコンサルティンググループ、タナベ経営の社長・若松が、現在の経営環境を踏まえ、企業の経営戦略に関する提言や今後の展望を発信します。
コラム 2020.04.24

緊急提言①|今こそ、経営者リーダーシップの発揮を 若松 孝彦

 

 

世界経済は混乱しています。新型コロナウイルスの感染拡大による「コロナショック」は、中国・欧州・米国をはじめ地球規模へと拡大。多くの国・地域が非常事態宣言を発令し、主要都市が次々とロックダウン(都市封鎖)に追い込まれました。これを受け、IMF(国際通貨基金)は2020年の世界経済の成長率(実質GDP成長率)が、2009年以来11年ぶりにマイナスに陥るとの見通しを示し、ドイツのメルケル首相は「第2次世界大戦以来、最大の試練」と表現しました。世界経済が、そして人類が「想定外の有事」に瀕しています。

 

過去を振り返ると、2008年のリーマン・ショック以降、“想定外”のショックが立て続けに発生し、その都度、危機的な経済状況に陥っています。2011年の東日本大震災、2016年の熊本地震、全国各地で度重なる「これまでに経験したことのない」豪雨、そして2020年は感染症のパンデミック(世界的大流行)。要するに、これからはこうした想定外のショックを前提に経営を行う必要があるということです。今後の経済統計は最悪の水準を示していきます。昨対比は意味がなくなり、リーマン・ショック対比になるでしょう。

 

「危機に強い経営」は、私たちタナベ経営が、コンサルティング経験に基づいて提言してきた「経営の原則」そのものだと自負しています。創業以来、一貫して提言してきたと言っても過言ではありません。

 

今回のコロナショックにより、東京オリンピック・パラリンピックの延期(2021年7月23日開幕)が決定しました。延期開催ができるかどうかは別にしても、これはオリンピックをメルクマール(指標)として、コロナとの戦いを1年で収束させたいという政府の意志の表れである一方、落ち着くまで1年はかかるだろうという予測でもあります。

 

ただし、今回の危機はリーマン・ショックのような金融機能の破綻ではないこと、また東日本大震災のような地域の壊滅的損害が生じているわけではないことを考えますと、経営対応策は時間差が生じ、地域、業種、規模、症状によって異なるため、「打つ手はまだある」と言えます。いずれにせよ大原則は「経営は悲観的に準備して楽観的に行動する」こと。冷静な現状認識と的確な判断、そして今やるべきことを決めてスピーディーに取り組むことが大切です。

 

「We are Business Doctors」を掲げるタナベ経営からの緊急提言として、今号から数回にわたり、私自身のコンサルティング経験も踏まえた短期および中期対策の誌上コンサルティングを実施します。少しでも役立てていただければ幸いです。

 

 

1.短期対策
経営を止めない、経済を止めない

 

経営者としては、「経営を止めない、経済を止めない」ことを短期の原則としていただきたいと思います。経営や経済が止まった後の二次災害、三次災害は計り知れません。ピンチの時こそ、知恵の出しどころです。ただし、社員の皆さんの健康があっての経営ですから、感染予防と法令順守を忘れてはなりません。

 

そして、経営行動としては、「スピード改善力」「説明責任能力」「現場対応力」という三つの力を高めることです。その上で、トップ直轄の「緊急対策本部」の設置をお願いします。

 

資金繰り対策…ショック後3~6カ月先の資金繰りに要注意

 

極端な売り上げダウンによる赤字、資金繰りの悪化対策として、「先行管理資金繰り表」の作成、チェック、対策が急務です。その上で、借り入れによる資金手当て額を確定します。

 

過去、さまざまなショックから企業を救出してきた経験から言えば、資金ショートが起きやすいのはショック後3~6カ月先。すなわち2020年5~8月です。業種によっては、単月赤字や資金ショートが約1年間続くことも覚悟して補填する必要があります。先般、実質無借金経営を続けるトヨタ自動車ですら、6兆円のキャッシュ(手元資金)を持ちながらも、さらに1兆円の融資枠(コミットメントライン)の設定を取引銀行に求めたとのことです。

 

金融機関との関係強化…メインバンクを明確にした資金手当て

 

タナベ経営はこれまで、一貫して「メインバンク主義」を主張してきました。資金供給の方法が多様化した今においても、中堅・中小企業にとってメインバンクは大切です。もちろん、偏重は禁物ですが、ここ数年のアベノミクスを経て、メインバンクとの関係が崩れている会社が多くなっていると実感しています。

 

いま一度、メインバンクと呼べる金融機関へ経営者自らが出向き、早急に関係性を再構築して、資金の手当てを行ってください。これは借り入れ時のリスクではなく、めどが立たない返済リスク時へのリスク対応なのです。無利子の資金手当てとは言っても、“借金”であることに変わりはありません。

 

全天候型の業績シミュレーション…雨に備え、今に集中せよ

 

想定外の有事を事前に、かつ正確に予測することなどできません。AIでも無理でしょう。しかし、自社の業績シミュレーションとその準備はできます。それをタナベ経営では「全天候型経営」と呼んでいます。環境変化を天気のように「雨コース(最悪)」「曇りコース(横ばい)」「晴れコース(V字回復)」に分け、それぞれで“模擬実験”(シミュレーション)するのです。

 

縦軸に業績悪化のインパクト、横軸には期間を想定した打つべき手を整理します。雨・曇り・晴れによって打つべき手は異なります。経営の要諦は、悲観的に準備して楽観的に行動することです。雨コースのシナリオを懐に入れておけば、今打つべき手に集中できるのです。現状より悪化した際も遅滞なく決断し、準備した打ち手を実行できます。手遅れの決断だけは避けなければいけません。

 

サプライチェーンシフト…供給と物流網の再構築

 

サプライチェーン(供給網)を巡る課題は、米中貿易摩擦以前から水面下で持ち上がっていました。それが今回のコロナショックによって、一気に顕在化しています。国内、海外にかかわらず、仕入れルートの確保が大切です。すぐに組織横断の専門チームを立ち上げて点検して下さい。「利は元にあり」です。

 

併せて、有事の経営では、パートナー企業に加えて、その先の企業の業績や資金繰りにも目配りした対策が必要です。総論として国内回帰にならざるを得ませんが、海外にも供給可能な地域はあります。チャンスと捉えれば、新しいパートナー企業の選定をすることもできますし、自社が新たなパートナーとして選択される可能性もあります。裏を返せば、新たな顧客開拓の機会でもあるのです。

 

人材資源の適正シフト…総動員の最適配置で難局を乗り切れ

 

有事であっても経営資源の再配分こそ戦略です。必要な場所に必要な人を、必要な数だけ配置することです。事業、エリア、チャネル、部門への緊急的な資源シフトを決定してください。人事異動、配置転換、役割変更など人的資源を、躊躇せず、柔軟に見直し、“コロナシフト”を組むことです。先述の緊急対策本部の設置のほか、テレワーク(在宅勤務)やシフト出勤などの柔軟なワークスタイル施策も含まれます。その取り組みと合わせて、次に提言する生産性と正面から向き合うことです。

 

BEP(損益分岐点操業度)の経営…あらゆる生産性を抜本的に革新する

 

短期対策は、業種によって数値は異なりますが、総コストを「変動費」と「固定費」に分けてマネジメントし、対策を打つことが大切です。要するに、総コストに対するプライオリティー(優先順位)の総点検です。経営を止めず総コストを抑える時短営業から、時間生産性改革までが範疇となります。無駄な会議や打ち合わせをなくし、時間生産性を上げるだけでもコストダウンになります。今、やるべきことに集中し、生産性を高めていくことです。

 

ただし、当面の人材投資や教育投資に関しては、極端な“合理化”には慎重であるべきでしょう。人材採用などは逆にチャンスとなります。タナベ経営でも、新入社員セミナークラウド版を急きょ開発し、多くの企業で新入社員の方々の教育機会の損失を防ぎました。このように、デジタル技術を活用すると、従来は効率化できなかった領域でも生産性が大きく上がります。

 

政府や自治体からの助成金・補助金・法律改正など…全ての支援を活用せよ

 

政府は新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため、リーマン・ショック時をも上回る、過去最大規模の緊急経済対策を実施します。多種多様な企業支援策の情報を積極的に入手し、早く活用することです。今は不要であっても、雨コースの業績シミュレーションでは必要になる場合も出てきます。この種の施策は手続きに時間がかかります。シミュレーションと併せ、収集対象とする情報源を決めておくことです。

 

 

新型コロナウイルス感染拡大の企業への影響を緩和し、企業を支援するための施策を、経済産業省と厚生労働省が独自に打ち出している。経済産業省は「資金繰り支援(貸付・保証)」など、厚生労働省は「雇用調整助成金の特例措置の拡大」など。情報は日々更新されるため、詳細は各省のWebページで確認いただきたい。

 

 

経済産業省の支援策

厚生労働省の支援策

※画像をクリックすると詳細ページが開きます。

 

 

 

 

2.中期対策
BCP・サステナブル投資という未来投資を決断せよ

 

BCP・サステナブル投資…守りを攻めに転換する戦略

 

BCP(Business Continuity Plan)とは、事業継続計画のことです。利益を生まない“守りの対策”として消極的に捉えられがちですが、有事の経営では「攻めの戦略」です。これまで提言してきた「サステナブル(持続可能性)」投資とも言えます。自社におけるBCP投資、サステナブル投資を総点検し、戦略的に整備して、長期的な戦いに備えることが必要です。次の対策はこれらの投資と関連します。

 

キャッシュ、キャッシュ、キャッシュ…手元資金計画の策定

 

「キャッシュ、キャッシュ、キャッシュ」は、タナベ経営の創業者・田辺昇一の口癖でした。キャッシュ(手元資金)を武器とする経営が大切である、ということです。現金の保有残高を計画的に高めておくこと、自己資本比率を高めることです。自己資本比率は30%で標準、40%で優秀、60%で実質無借金。そのためには収益率の向上が欠かせません。すなわち、売上高経常利益率10%以上の経営です。

 

提言し続けている「粗利益率40%、経常利益率10%、連続10年無借金の経営」が正しい指標なのです。それを実現するための投資は何かを中期経営計画に組み込むことです。

 

リスク分散投資…卵を一つの籠に盛らない

 

その籠を落とせば、全ての卵が割れてしまうからです。中国一国依存、一業界依存、一得意先依存、一仕入れ先依存、インバウンド消費依存――平時は効率的に見えることが、有事の際は逆転します。集中と分散のバランスが大切です。戦略的な分散投資は、未来投資になるのです。売上高の一社取引ウエートは全売上高の10%以内、一社仕入れ先の依存度は仕入れ額の10%以内です。ビジネスモデルをその原則の中で実現するように組み立て、そこへ投資することです。

 

DX(デジタルトランスフォーメーション)投資…デジタルリーダーシップを発揮せよ

 

都市の封鎖が起こったとき、本社が機能不全に陥ります。それを防ぐためには、経営システムをクラウド化することです。例えば、基幹システムのERP(統合基幹業務システム)をクラウドへ移行、コミュニケーションツールとしてのクラウド化投資(パソコンのシンクライアント化、スマートフォン・タブレットなど端末の準備、ZoomなどのWeb会議システムほか)を進めておくと、数百人単位の会議やテレワークが実現し、本社機能も稼働します。結果、経営が止まらないのです。現に、タナベ経営のアカデミー・クラウドを導入している会社の人材育成は止まっていません。

 

そして何より、経営者自らがデジタルツールを使うことです。臨時取締役会、緊急の経営会議などを開ける体制を確立しておくことです。経営者のデジタルリーダーシップの有無が会社の生死を決める時代、と言っても過言ではありません。

 

デジタルマーケティング投資…顧客課題にフォーカスする

 

世界中で「ステイホーム!」が叫ばれる中、今後、人々の外出自粛が長引くと、「巣ごもり消費」が増えていきます。リアル店舗が閉まっていても、外部との通信手段が途絶えない限り、自宅でのネット消費が増えます。この巣ごもりニーズに応えるのは、デジタルマーケティングしかありません。

 

これはBtoB(法人向け)ビジネスでも同様です。在社率が高くなるということは、デジタルマーケティングの出番なのです。この技術を持つか、持たないかで、有事の経営稼働率が何百倍も変わってきます。マス広告を批判するものではありませんが、マスマーケットに向けてテレビCMを打っても、番組で不安情報が流れるため視聴者の購買につながらず、スポンサーの売上高が下がっているのが現実です。その分、SNS広告を打った方が良いのです。

 

マーケティングは、個別の顧客課題を具体的に解決するターゲットマーケティングこそが本来の姿です。それをデジタルで実施できるように投資することです。今からでも遅くはありません。

 

ブランディング投資(インナー&アウター)…会社の存在価値を高めよ

 

危機の際の従業員エンゲージメント(会社に対する思い入れ)は、日頃のインナー(社内)ブランディングで決まります。危機にこそ、組織やチームの強さが試されます。今回のように不測の事態が長期化することが見込まれる場合は、この状況が常態化することを前提として、今からインナーブランディング投資を行うことです。

 

一方、利益率の観点からも粗利益率40%以上の収益モデルは、ビジネスモデルを転換し、ブランド力を強化しなければ実現できません。コストダウンだけで高収益モデルは実現しないのです。危機の後に復活できるブランド戦略へ投資するのです。ブランド戦略に何ら投資せず、今の現実を放置し続けると、中期的にあなたの会社の存在価値は、有事の中で埋没します。

 

M&Aと事業承継…コロナショック後の企業価値へ投資せよ

 

今回の環境変化は、これまで売却を躊躇していた会社や後継者不在の会社のM&Aの決断を後押しするでしょう。ターゲットM&A戦略を加速する絶好のタイミングです。M&A対策チームを組成してください。次に述べる❽中期ビジョンに組み込む必要があります。

 

加えて、高齢経営者から次の世代へのバトンタッチ、事業承継の機会にもなります。現経営者が健康であるならば、なおさら継承の好機です。この危機を次の新しい経営陣で乗り切ることで、世代交代、育成にもなります。タナベ経営が提供する「ジュニアボード経営」などに取り組んでくれている会社は、特に、その観点から承継スケジュールを見直しましょう。ジュニアボードや「資本政策」に取り組んでいない会社は、短期集中で取り組むことです。

 

中期ビジョン再策定…「強み」に経営資源を重点投下せよ

 

東京オリンピック・パラリンピックの延期とコロナショックで、全ての経営計画はずれ込み、修正を余儀なくされます。過去、どの時期に策定した中期経営計画であっても、それらを再策定する必要があります。しかも、今年中に再策定するべきです。来年度のスタートに間に合わないからです。

 

その際のポイントは「重点化」。経営資源は限られています。過去のような全体戦略は難しくなるでしょう。重点を絞り、強みを最大限に生かし、そこへ経営資源を集中投下することです。いつの時代も優れた戦略の起点は「強み」なのです。

 

 

答えのない有事の経営は、
経営者の「決断力」と組織の「チームワーク」で決まる

 

「未来は予測するためではなく、未来は創るためにある」。現下のパンデミックの終息は予測困難です。それはウイルスの専門家に任せ、その上で一人一人が「3密」(密閉空間・密集場所・密接場面)の回避を自覚し、手洗い・マスク着用などの感染予防対策を心掛けるしかありません。

 

経営の神様・松下幸之助は、「好況良し、不況さらに良し」と言いました。田辺昇一も、「窮すれば変じ、変ずれば通ず」というフレーズを好んでよく使っていました。

 

有事の経営は逆張りの経営。ピンチをチャンスと捉え、今こそ経営を総点検しましょう。冷静に現状認識を繰り返し、経営理念を価値判断に今何をやるべきかを決断し、スピードを上げて実行していきましょう。

 

思えば、2011年4月——東日本大震災の翌月に、私は田辺昇一から「日本の社長、全国の経営者は元気ですか?」と聞かれました。そして、田辺はこう続けました。「このような危機の時代は、政治家も官僚もダメです。日本の危機を救うのは経営者、社長ですよ。若松さんの仕事は日本中の社長、経営者を元気にすることですよ」と。当時、田辺は87歳と高齢でした。体の自由が利かない自らの思いを私に託したのだと思い、目の覚めるような感覚を覚えたことが今でも忘れられません。

 

感染拡大、パンデミックの影響を予測しても、その先にあるのは不安だけです。むしろ、新型コロナ禍の終息後に「どうありたいか」「どうあるべきなのか」「今、解決すべき課題は何か」。これらを走りながら建設的に創造する知恵がリーダーシップであり、それによってしか本当の答えは見つからないのです。有事の今だからこそ、社会は経営者の皆さんのリーダーシップに期待しています。経営を止めることなく、共に取り組んでいきましょう。

 

 

 

タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989年タナベ経営入社、2009年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。『100年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか著書多数。