大企業病からの脱却仕組みの見える化を断行
若松 さて、無印良品の誕生から20 年が経過した2000 年に、業績が落ち込みました。そこで松井さんが組織改革に着手されたのですが、良品計画の中ではどんなことが起こっていたのでしょうか?
松井 簡単にいうと「大企業病」に陥っていたのです。組織も硬直化し、変化に対応できない体質になっていました。
若松 トップとして、経営者として松井さんが考え、実行したことを振り返っていただけますか?
松井 2つのことを行いました。1つは対症療法。38億円あった在庫を処分し、店舗を閉鎖、人員も整理しました。こうした痛みを伴う対症療法を行わざるを得なかったのです。しかし、人員整理だけでは企業を再生できません。復活するには、負けた構造から勝つ構造にしなければならない。そこで次に、1つずつ課題を検証していきました。
若松 なるほど、負けた構造はどこにあるのかを検証した結果、先ほどおっしゃった大企業病にたどりついたのですね。私自身も経営コンサルティングで300 社を超える企業再生を経験してきました。病気を治すだけではなく、健康で元気になってこそ、真の再生と呼べます。同じですね。
松井 無印良品というコンセプトは素晴らしいのですが、それを磨き続けるということをしていなかった。店舗数を増やして事業が拡大したように見えても、質を伴っていなかったのです。これを改善しない限り、復活はあり得ないという結論に至りました。
若松 松井さんの著書を拝読すると、そのころの良品計画は「経験主義」に陥っていたとあります。この経験主義とは、セゾングループの成功体験ということでしょうか?
松井 はい。経験は個人に帰属するので共有化が難しい。「見えない化」の代表選手ですね。そこで、経験主義を全て仕組みにして「見える化」に取り組みました。時代が変わったにもかかわらず、過去の経験主義でビジネスを行っていた企業風土を変えていったのです。
若松 その「見える化」が、店舗マニュアル「MUJIGRAM」(ムジグラム)などの取り組みにつながったのですね。
松井 ムジグラムは、新人アルバイトにも分かりやすい平易な言葉で書かれたマニュアルです。ディスプレーから接客、発注まで、店舗運営に関わる全てを網羅したもので、毎月更新しています。これにより、個人の経験に関係なく、質の高い業務を遂行できるようになりました。
またマーケティング面では、「声ナビ」という仕組みを開発しました。例えば、無印良品の詰め替え用ペットボトルには、中身が見えないもの・半透明・透明の3 種類があります。さらに3 色の識別リングを用意し、容器に付けておけば中身がすぐに分かるよう工夫しています。
この商品に対し、お客さまから「『シャンプー』と印刷してある容器の方が便利だ」という声があったとします。すると、そのご意見と社内からの意見の両方を「声ナビ」というイントラネットで共有し、反映するか否かを決定するのです。つまり、顧客の声と社内の声から商品開発を進める。こうした仕組みづくりをしていったんですね。
若松 顧客の声を商品開発に役立てる。これは流通、小売業ではなくメーカー発想であり、店舗を持つSPAの強みを最大限に生かした仕組みといえます。
松井 ただ、お客さまの声だけではニーズを取ることはできません。つまり、顧客自身も気付いていないニーズを捉えた商品開発に結び付きづらい。
そこで取り入れたのが、「オブザベーション」という方法です。お客さまのお宅を訪問し、生活の様子を全て写真に撮らせていただく。すると、例えば浴室に異なるブランドのシャンプーやリンス、ボディーソープが、棚からはみ出さんばかりに並んでいるわけです。こうした商品の容器は、店頭で消費者の目を引くために個性的なデザインばかりですが、生活シーンでは収納しやすい角型の形状が便利。そこで、無印良品はスッキリと収納できる角型の容器を提供する。これがオブザベーションによる新商品開発スタイルです。
株式会社タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000 社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989 年タナベ経営入社、2009 年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。著書『100 年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか多数。
SPAの多くはアパレルが主流。
良品計画は生活雑貨を中心に幅広い商品開発を手掛けた。
特筆すべきビジネスモデルですね。 若松 孝彦
常に変化し続ける企業風土をつくることが大切
若松 現在、良品計画は海外進出も積極的に行っています。そのビジネスモデルにおいてもモデル企業であると感じます。
松井 国内に約400店舗、海外に約300店舗があります。年間出店数は国内が20、海外は60ぐらいです。2年後には、双方とも470~480店舗ほどを目指しています。
ただし、ひと口にグローバル市場といっても、画一的な市場が広がっているわけではありません。中国には中国独自の市場がありますし、イタリアもそう。つまり、さまざまなローカルマーケットがたくさんあるのが海外市場です。各国の市場特性を踏まえることが成功のポイントになるでしょう。
若松 「グローバル」という市場はなく、「ローカル」「地域密着」の積み上げが、結果としてグローバル企業をつくるのですね。
最後に、松井さんは、これまで社長、会長、そして現在の立場に至る過程で承継も経験されました。100年、200年と続く企業にすることは経営者にとって重要な仕事です。承継の秘ひ 訣けつに関して、松井さんの見解をお聞かせいただけますか?
松井 経営者は、とかく自分と相性の良い人を後継者に指名しがちです。しかしそれよりも、会社や組織をより良く成長させることができる人物を選ぶべきです。相性優先で選ぶと、自分の7掛け」の人を選んでしまう(笑)。それでは会社が発展する可能性や確率が下がります。いずれにしても、変化し続ける風土をつくることを念頭において、仕組みづくりや後継者選びを行っていただきたいですね。それが100年企業になる前提であり、タナベ経営が提唱される「ファーストコールカンパニー」への第一歩にもなるのではないでしょうか。
若松 変化し続ける風土づくりを継続するには、仕組みと人材の両輪が必要だということですね。今日は貴重なお話をありがとうございました。