生活雑貨の製造小売業(SPA)-「無印良品」という新しいビジネスモデルで、世界的なオンリーワンポジションを築いた良品計画。「変化と成長」の立役者である松井忠三氏が手掛けた「仕組みの導入による組織風土の革新」に迫る。
日本文化の原点から生まれた商品コンセプト
若松 良品計画は、製造小売業(SPA)という新しいビジネスモデルで成功されている企業です。しかし、現在の成功までの道のりで、大きな危機も迎えました。そんな大変な時期に社長に就任された松井さんは、危機を乗り越えて見事に同社を復活させた。 その松井さんに「無印良品」という新しいビジネスモデルがどのように生まれ、事業を展開し、低速したのちにV字復活を遂げたのか、「変化と成長」のいきさつをお伺いしたいと思います。 松井 無印良品の成功要因は5つに集約されます。1つ目は「コンセプト形成」です。 まず無印良品が生まれた背景から説明しましょう。私が西友に入社した1973年は、流通業界の盟主が百貨店からGMSという総合スーパーマーケットに代わった年でした。しかし、GMSはその後、下り坂の時代を迎えます。私も経験しましたが、予算を達成できないのに人件費は増えるばかり、利益は目減りするばかりで、そこから脱却を図ろうとトライ&エラーを繰り返していました。そんな状況の中、1980年に生まれたのがプライベートブランド(PB)の無印良品でした。 若松 当時は、無印良品だけでなく各流通グループで複数のPBが誕生していましたね。 松井 そうなんです。しかし、生き残ったのは無印良品だけでした。 若松 その要因の本質はどこにあるとお考えですか? 松井 最大の理由は、キャッチコピーとしても掲げた「わけあって、安い。」ということです。もちろん、無印良品だけが安いわけでなく、各社のPBはナショナルブランド(NB)よろも3割ほど安かった。でも「安かろう、悪かろう」の商品が多かったんですね。当時は、お客様が自分の価値観で商品を選ぶ時代に入りつつありました。そんなニーズを先取りしたのが無印良品だったのです。ブランドを立ち上げる際、たどりついたのが「日本の文化の原点」でした。豪華絢爛な室町時代の文化から、装飾を全て削って生まれたのが茶道や能です。 非常にシンプルな造形や所作の中に、さまざまなものを包容する文化が生まれ、それは今も脈々と受け継がれています。この原点を見据え、「不必要なものを削りながら、品質は絶対に落とさない。100%の品質で他社の商品より3割安い」というコンセプトを貫いたわけです。 若松 「日本文化の原点」。先見力によるコンセプトで開発された「商品がブランド」が、物語として「ミッション(使命)」にまで昇華していますね。 松井 消費者の価値観も十人十色になっていたので、各社は細分化されたニーズに合わせて商品開発をしました。しかし、無印良品はその反対をいったのです。 陶磁器の皿を例にとりましょう。無印良品ですから、至ってシンプルなデザインです。これを、食事の皿として使う人もいれば、小物入れとして使う人もいる、灰皿として使う人もいる。それぞれの価値観で使う。それが無印良品の商品価値であり、消費者に受け入れられた理由の1つです。無印良品の商品コンセプトは優れていた。私がトップとして挑んだのは、 それらを磨き続けられる組織経営への大転換でした。 松井 忠三氏
株式会社良品計画 前代表取締役会長/株式会社松井オフィス 代表取締役 松井 忠三(まつい ただみつ)氏1949年静岡県生まれ。73年東京教育大学(現筑波大学)卒業後、西友ストアー(現西友)入社。91年良品計画に出向、92年入社。総務人事部長、無印良品事業部長を経て2001年社長に就任。赤字状態の組織を風土から改革し業績のV字回復を遂げる。08年会長就任、15年より名誉顧問。著書に『無印良品は、仕組みが9割』『無印良品の、人の育て方』(共に角川書店)ほか多数。 若松 なるほど。消費者が商品用途を考えたわけですね。顕在化した消費者ニーズや用途だけではなく、それらを包み込む「シーズ(ニーズの種)としてホワイトスペース(未開拓マーケット)」を創造できたことが革新的だったのですね。
競争しない商品を絶え間なく開発する組織
若松 成功要因の2つ目に挙げられるのが「脱セゾン化」です。当時、良品計画はセゾングループの一員でした。グループから離れることは、思い切った方針転換だったと思います。 松井 セゾングループは百貨店と量販店を中心とした流通集団です。戦後、流通の中心にいたのは百貨店ですが、その後GMSの時代になり、大量仕入れ・大量販売を行うスタイルになります。そこからチェーン・オペレーションやセルフサービスというビジネスモデルが登場するわけです。一方、良品計画の無印良品は、SPAという新しいビジネスモデル。百貨店やGMSで育った人たちは、このモデルを理解できなかったのです。 若松 私はコンサルタントとして、チェーンストアと呼ばれる流通企業とSPA企業の両方をコンサルティングした経験があります。流通業は店舗から経営を発想しますが、一方、SPAは商品政策やマーチャンダイジングから発想します。両者は戦略や組織スタイルが全く異なるのです。 松井 故に、われわれは西武百貨店(現そごう・西武)や西友のビジネスの考え方から脱却せざるを得なかった。しかし、それが成功要因の2つ目になったのです。 3つ目が、「出店による商品開発のプルアップ」です。どういうことをするかというと、30坪でスタートした店舗を60坪、120坪、300坪と広げ、40品目でスタートした商品アイテム数も増やしていく。それによって拡大した収益で、さらなる新商品開発を行うわけです。 若松 商品開発力と店舗開発力が正比例する成長モデルの実現を狙ったわけですね。仕入れ商品がないから、商品開発力がなければ店舗はつくれない。「無印コンセプト」の商品アイテムそのものを、絶え間なく増やし続ける仕組みや組織が必要になります。 松井 その通りです。加えて4つ目の成功要因が、「生活雑貨拡大政策による差別化推進と成長」です。他のSPA 企業と競合しない生活雑貨の分野を選んだのです。 若松 SPAはアパレル(衣料分野)であることがほとんどです。SPAのパイオニアといえる米国のGAPもアパレルですし、日本のユニクロもしかり。その点、無印良品は「生活雑貨」というアパレル以外の分野で展開していった。そこも独創性ですね。5つ目の成功要因としては、「SPAによる高差益率」を挙げていらっしゃいます。 松井 実はSPAはハイリスク・ハイリターンのビジネスモデルです。通常、小売業は1000円の商品を売る場合、原価500円に卸売りのマージン150円を乗せた650円で仕入れます。利益は350円。一方、SPAは卸売りが介在しないため、利益に150円がプラスされて500円になる。売れると利幅は大きいのですが、売れないと在庫を抱えることになります。 若松 良品計画の2014年度の連結業績を拝見すると、売上高が約2600億円、経常利益は約266億円(2015年2月期)。粗利益率(営業総利益率)は50%近くあり、経常利益率が約10%。いわゆる流通企業モデルの常識では考えられないほど高い生産性です。 松井 百貨店やGMSは、それぞれが類似の仕入れ商品を売るので価格競争にならざるを得ない。結果、利益率も低くなりやすい。ところが、無印良品は全てがオリジナル商品ですから、そういった価格競争には陥らないわけです。大企業病からの脱却仕組みの見える化を断行
若松 さて、無印良品の誕生から20 年が経過した2000 年に、業績が落ち込みました。そこで松井さんが組織改革に着手されたのですが、良品計画の中ではどんなことが起こっていたのでしょうか?
松井 簡単にいうと「大企業病」に陥っていたのです。組織も硬直化し、変化に対応できない体質になっていました。
若松 トップとして、経営者として松井さんが考え、実行したことを振り返っていただけますか?
松井 2つのことを行いました。1つは対症療法。38億円あった在庫を処分し、店舗を閉鎖、人員も整理しました。こうした痛みを伴う対症療法を行わざるを得なかったのです。しかし、人員整理だけでは企業を再生できません。復活するには、負けた構造から勝つ構造にしなければならない。そこで次に、1つずつ課題を検証していきました。
若松 なるほど、負けた構造はどこにあるのかを検証した結果、先ほどおっしゃった大企業病にたどりついたのですね。私自身も経営コンサルティングで300 社を超える企業再生を経験してきました。病気を治すだけではなく、健康で元気になってこそ、真の再生と呼べます。同じですね。
松井 無印良品というコンセプトは素晴らしいのですが、それを磨き続けるということをしていなかった。店舗数を増やして事業が拡大したように見えても、質を伴っていなかったのです。これを改善しない限り、復活はあり得ないという結論に至りました。
若松 松井さんの著書を拝読すると、そのころの良品計画は「経験主義」に陥っていたとあります。この経験主義とは、セゾングループの成功体験ということでしょうか?
松井 はい。経験は個人に帰属するので共有化が難しい。「見えない化」の代表選手ですね。そこで、経験主義を全て仕組みにして「見える化」に取り組みました。時代が変わったにもかかわらず、過去の経験主義でビジネスを行っていた企業風土を変えていったのです。
若松 その「見える化」が、店舗マニュアル「MUJIGRAM」(ムジグラム)などの取り組みにつながったのですね。
松井 ムジグラムは、新人アルバイトにも分かりやすい平易な言葉で書かれたマニュアルです。ディスプレーから接客、発注まで、店舗運営に関わる全てを網羅したもので、毎月更新しています。これにより、個人の経験に関係なく、質の高い業務を遂行できるようになりました。
またマーケティング面では、「声ナビ」という仕組みを開発しました。例えば、無印良品の詰め替え用ペットボトルには、中身が見えないもの・半透明・透明の3 種類があります。さらに3 色の識別リングを用意し、容器に付けておけば中身がすぐに分かるよう工夫しています。
この商品に対し、お客さまから「『シャンプー』と印刷してある容器の方が便利だ」という声があったとします。すると、そのご意見と社内からの意見の両方を「声ナビ」というイントラネットで共有し、反映するか否かを決定するのです。つまり、顧客の声と社内の声から商品開発を進める。こうした仕組みづくりをしていったんですね。
若松 顧客の声を商品開発に役立てる。これは流通、小売業ではなくメーカー発想であり、店舗を持つSPAの強みを最大限に生かした仕組みといえます。
松井 ただ、お客さまの声だけではニーズを取ることはできません。つまり、顧客自身も気付いていないニーズを捉えた商品開発に結び付きづらい。
そこで取り入れたのが、「オブザベーション」という方法です。お客さまのお宅を訪問し、生活の様子を全て写真に撮らせていただく。すると、例えば浴室に異なるブランドのシャンプーやリンス、ボディーソープが、棚からはみ出さんばかりに並んでいるわけです。こうした商品の容器は、店頭で消費者の目を引くために個性的なデザインばかりですが、生活シーンでは収納しやすい角型の形状が便利。そこで、無印良品はスッキリと収納できる角型の容器を提供する。これがオブザベーションによる新商品開発スタイルです。
株式会社タナベ経営 代表取締役社長 若松 孝彦(わかまつ たかひこ)
タナベ経営のトップとしてその使命を追求しながら、経営コンサルタントとして指導してきた会社は、業種を問わず上場企業から中小企業まで約1000 社に及ぶ。独自の経営理論で全国のファーストコールカンパニーはもちろん金融機関からも多くの支持を得ている。関西学院大学大学院(経営学修士)修了。1989 年タナベ経営入社、2009 年より専務取締役コンサルティング統轄本部長、副社長を経て現職。著書『100 年経営』『戦略をつくる力』『甦る経営』(共にダイヤモンド社)ほか多数。
SPAの多くはアパレルが主流。 良品計画は生活雑貨を中心に幅広い商品開発を手掛けた。 特筆すべきビジネスモデルですね。 若松 孝彦