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研究リポート
食品ビジネス成長戦略研究会
食品業界の構造変化が進む中、先進企業の事例や現場視察・対話を通じて、選ばれ続ける事業づくりとビジネスモデル革新を学びます。
研究リポート 2026.05.07

富士屋ホテルの歴史およびこれからの人物像と大谷翔平に学ぶ 富士屋ホテル

第6回の趣旨
今期の食品価値創造研究会では「食品業界の『E・A・T』を極め、新たな顧客価値を創造する」をテーマに、従来の常識・手法・商習慣に捉われることなく、食の“E・A・T”視点で先進企業から学びを得ることにより、食品業界の新しい時流をつかみ、新たな顧客価値を創造することを目指している。
第6回は、歴史・文化的資源が豊富であり、自然豊かで多様な産業が共存する「オールインワンなまち」神奈川県小田原市及び箱根町にて、創業100年を超える老舗企業を視察する中で学びを深めた。1日目は明治11年の創業以来、日本のリゾートホテルの草分けとして歴史を刻む富士屋ホテル株式会社様から「自社の強みを再定義し、ビジネスモデル革新に挑む」姿勢と、次代を見据えた人材育成および高付加価値経営を実践するためのE・A・Tの取り組みを学んだ。

開催日時:2025年12月11日(小田原開催)


食品業界の『E・A・T』



はじめに

富士屋ホテル株式会社は、1878年(明治11年)創業、神奈川県箱根町宮ノ下に本拠を構える日本を代表するクラシックホテルである。創業者が外国人客専用のリゾートホテルとして開業して以来、和洋折衷の独創的な建築美と、温かいおもてなしでヘレン・ケラーやジョン・レノンをはじめとする多くの賓客に愛されてきた。現在は、運輸・流通・レジャー事業を多角的に展開する国際興業グループの一員として、強固な経営基盤を構築している。

 

同社は2018年から約2年3カ月の間、創業以来初めてとなる全館休館を伴う大規模な「耐震改修工事」を断行した。登録有形文化財である歴史的景観を「守る」一方で、安全性や快適性に関わる機能を大胆に「変える」という決断は、老舗企業の再生モデルとして注目を集めている。また、ホテル事業を「ホスピタリティ産業」と定義し、単なる宿泊機能の提供にとどまらず、記憶に残る感動体験の創造を追求している。

  富士屋ホテル外観

富士屋ホテル外観






ホスピタリティが生み出す感動・思い出

同社は、顧客への対応を単なる「サービス」ではなく、感動と記憶を創造する「ホスピタリティ」として明確に定義している。「サービス」が主従関係に基づき、顧客の要望通りに機能を提供する「足し算」の行為であるのに対し、「ホスピタリティ」は主客対等な関係で、顧客の期待を超える付加価値を提供する「掛け算」の行為である 。安藤社長は「どれほど施設が素晴らしくても、最後の接客が0点であれば、すべての顧客体験はゼロになる」と、その重要性を説く。例えば、ラウンジで提供される1杯1700円のコーヒーには、単なる飲料としての価値以上に、歴史ある空間、醸し出される雰囲気、そしてスタッフによる「プラスα」の提案が込められている。この機能的価値を超えた「情緒的価値」こそが、顧客の心に残る「感動」や「思い出」となり、価格競争に巻き込まれない唯一無二のブランド価値と、世代を超えて愛されるリピーターを生み出す源泉となっている。

  クラシックな空間の館内

クラシックな空間の館内



「守るべき伝統」と「変えるべき機能」の明確な線引き

同社の経営の真髄は、変えてはいけない「伝統」と、時代に合わせて変えなければならない「機能」を明確に区別した点にある。安藤社長は約2年3カ月に及ぶ大規模改修において、登録有形文化財であるクラシカルな外観や内装の意匠は徹底して「守る」一方で、耐震構造や給排水管、厨房設備といった目に見えないインフラ部分は全て最新鋭に「変える」という決断を下した。いわば老朽化した建物の「血管」を若返らせる手術であり、次の100年を生き抜くために不可欠な投資であった。老舗企業が陥りがちな「変えないことへの固執」を排し、歴史的価値(ブランド)を保ちながらも、現代の基準に合わせた安全性と快適性を実装する。この「不易流行」の実践こそが、文化財を単なる保存対象ではなく、収益を生み出し続ける「生きた遺産(リビング・ヘリテージ)」へと進化させる鍵となっている。

  ​富士屋ホテルのメインダイニングルーム(左)食堂棟(右上)、花御殿(右下)

​富士屋ホテルのメインダイニングルーム(左)
食堂棟(右上)、花御殿(右下)



自律型人材の育成と「常考即動」の実践

同社は自ら目標を設定し行動できる「自律型人材」の育成に注力している。その具体的な手法として、大谷翔平選手も活用した「マンダラチャート」を企業版にアレンジして導入している。「ブランド価値の向上」や「利益」といった会社の目標と、従業員一人一人の「将来どうなりたいか」という個人の夢を重ね合わせることで、会社と従業員がベクトルを合わせ、「共に育つ」風土を醸成している。この取り組みにより、漠然とした目標が「毎日の挨拶」や「掃除」といった具体的な行動レベルまで落とし込まれ、「やらされる仕事」から「自分の成長につながるステップ」へとつながっている。

 

こうした自律的な行動を支える指針となるのが、安藤社長の信条「常考即動(常に考え、即行動する)」である。これは、「①とにかく現場に立つ」「②失敗を恐れずに積極果敢にチャレンジする」という姿勢を徹底するものであり、情報の速度を重視し、変化の激しい時代に対応できる組織力の源泉となっている。

 

富士屋ホテル敷地内に存在する旧御用邸「菊華荘」

富士屋ホテル敷地内に存在する旧御用邸「菊華荘」

PROFILE
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安藤 昭 氏

富士屋ホテル 株式会社​ 代表取締役社長