今期の食品価値創造研究会では「食品業界の『E・A・T』を極め、新たな顧客価値を創造する」をテーマに、従来の常識・手法・商習慣に捉われることなく、食の“E・A・T”視点で先進企業から学びを得ることにより、食品業界の新しい時流をつかみ、新たな顧客価値を創造することを目指している。
第6回は、歴史・文化的資源が豊富であり、自然豊かで多様な産業が共存する「オールインワンなまち」神奈川県小田原市にて、創業100年を超える老舗企業を視察する中で学びを深めた。2日目は「438年の歴史と債務超過から売上10倍に至るまで」をテーマに、株式会社鮑屋様から、自社の価値を追求し、未来に向けた持続可能な経営を実践するためのE・A・Tの取り組みを学んだ。
開催日時:2025年12月12日(小田原開催)
はじめに
株式会社鮑屋は、戦国時代の1587年(天正15年)に市川六左衛門が創業し、今日に至るまで430余年の歴史を刻み、現社長の市川将史氏で18代目を数える神奈川県最古の老舗企業である。
「全ての美味しいを創造しよう」というミッションのもと、現在はAWABIYAホールディングスとして4社体制を敷き、鮮魚の卸売事業を展開する「株式会社鮑屋」を中核に、厳選した水産物を加工・販売する「アバロンフーズ」、食堂や小売店を通じ地魚の魅力を発信する「エンイート」、人材紹介・レジャー事業を展開する「UMITTO」など、市場の仲卸から製造・飲食・観光・人材サービスまでを手掛ける「総合水産フード・イノベーション企業」へと進化を遂げ、4世紀にわたる伝統を守りながら、現代のライフスタイルに合わせた新しい魚食文化の創造に挑み続けている。
鮑屋本社
「全ての美味しい」を起点とした感動創造
同社の経営の根幹は、ミッション「全ての美味しいを創造しよう」と、その先にある「感動創造」への強い意志にある。その真価は、単なる鮮魚の流通にとどまらず、共に考え、企画・提案を行うプロセスそのものを価値とし、消費者に感動を提供する点にある。
この精神は、市場からの仕入れ(目利き)という伝統的な機能に加え、水産加工を担う「アバロンフーズ」や飲食・小売を展開する「エンイート」など、グループ全体で「美味しい」を企画から販売まで一気通貫で形にする体制へと具現化されている。
創業438年の老舗でありながら「世界から憧れられる会社になる」というビジョンを掲げ、既存の商習慣や枠組みにとらわれず食の新たな価値を創造し続ける姿勢は、市川社長の揺るぎない成長への意志が原動力となっている。
小田原漁港にある直営魚商「魚商 小田原崎次郎」
鮑屋本社下に構える、直営の食堂「さじるし食堂」
債務超過からのV字回復と未来への挑戦
同社の歴史は、決して平坦なものではなかった。かつて大口取引先の倒産により債務超過に陥り、一時は存亡の危機を迎えた。また、営業社員の退職といった幾多の困難に直面するたび、同社は揺るぎない成長への意志でブレイクスルーを果たしてきた。
特筆すべきは、「スピード重視・スモールスタート」を掲げた実践的な経営手法である。「箱根チーズテラス」や「さじるし食堂」などの展開において、まずは小さく実験し、着実に事業を軌道に乗せてきた。その結果、今日では債務超過からの脱却を経て売上10倍へのV字回復を果たしている。
さらに、2029年度の売上高200億円を目指す「FOREVER21計画」への挑戦は、過去の教訓を生かした強固な経営基盤と、ホールディングス体制による意思決定の加速が支えている。この「変わり続けることで伝統を守る」という姿勢こそが、進化の源泉である。
株式会社エンイートが展開する「箱根チーズテラス」
自社の強みを生かした事業多角化へ
事業展開は流通の要である「仲卸(2次産業)」としての強みを最大限に生かし、上流(1次産業)と下流(3次産業)を繋ぐ独自のバリューチェーンを構築した点にある。「2次(商社)だからこそ、1次も3次も分かる」という独自の知見を武器に、製造業(現アバロンフーズ)、異業種とも思える「箱根チーズテラス」などのスイーツ事業に進出し、事業の柱を多角化させた。
これは単なる多角化ではなく、かつての主要取引先の倒産といった外部環境リスクを教訓に、自ら販路と商品をコントロールするための論理的な戦略である。「2次産業だからこそ全体が見える」という強みを生かし、製造・流通・小売を一気通貫で手掛ける「提案型仲卸」という新たなビジネスモデルを確立している。
小田原駅前の商業施設ミナカ小田原に出店している
「魚商 おむすび六左衛門」(左)と「魚商 小田原六左衛門」(右)
株式会社アバロンフーズが製造・販売する「王様塩辛」
株式会社 AWABIYAホールディングス 代表取締役社長