今期の食品価値創造研究会では「食品業界の『E・A・T』を極め、新たな顧客価値を創造する」をテーマに、従来の常識・手法・商習慣に捉われることなく、食の“E・A・T”視点で先進企業から学びを得ることにより、食品業界の新しい時流をつかみ、新たな顧客価値を創造することを目指している。
第5回は「社会課題解決ビジネス」をテーマに、課題先進国である北海道にて学びを進めた。2日目は、「地産地消地人のパンづくり」をテーマに、株式会社満寿屋商店様から、地域と共存共栄することでブランド価値を高めるためのE・A・Tにおける取り組みを学んだ。
開催日時:2025年10月24日( 北海道開催)
*本研究会のテーマ「E・A・T」の解説
はじめに
1950年に創業した満寿屋商店は、杉山氏の先祖が岐阜県より十勝の地に入植し、祖父に当たる健一氏がパン製造販売会社を立ち上げたことにその歴史は始まる。
満寿屋という名称は、健一氏の母・マス氏に由来しており、「めでたいこと=寿」で「いっぱいになる=満」という漢字を当てて作られたという。2025年10月現在では従業員190名、十勝に7つの店舗と1つの工場を構え、年商10億円、レジ客数は年間90万人にも及ぶ。
行列の絶えない人気店として、度々メディアにも取り上げられる同社であるが、その理由は単にパンの品質が高いだけではない。創業から受け継がれる地元との絆の継承、妥協を許さない原材料へのこだわり、自社だけでなく地元十勝、そして同社に関わる全てのステークホルダーの未来を見据えた活動が人々を惹きつけている。
その背景にあるのは、杉山氏の地元十勝に対する愛とパン作りにかける情熱、事業の先に描かれる明確なビジョンであった。
満寿屋本店
創業から受け継がれる地域との共存共栄の姿勢
満寿屋商店は、創業から十勝の地とそこに住まう人々に寄り添ってきた。豊かな自然資源の下、古くから農業の地として発展してきた十勝。創業者は自身が農業生産者出身ということもあり、地元の農家とのつながりを大切にし、地域で生産された原材料の使用はもちろんのこと、生産者を考えた商品づくりを行っていた。
例えば、現在でも同社の主力商品の1つである「あんぱん」は、農作業で疲れた体でも食べやすいようにやや細長い形状となっており、農作業中に最もおいしく感じられるように味が調整されているという。
その意思を受け継いだ2代目であり、杉山氏の父でもある健治氏は、その取り組みをさらに発展させた。きっかけは、店の前にある小麦畑農家から「うちの畑で採れた小麦はパンに使用されているのか?」と問われたことにある。小麦の調達先を調べたところ、そのほとんどが外国産のものであった。
そこで健治氏は、地元農家と協力し、品種改良や製粉技術の開発を重ね、十勝産小麦でパンを作る体制の礎を築いた。今に続く地元との共存共栄を図る姿勢は、創業75年にわたり脈々と受け継がれている満寿屋商店のDNAだ。
創業時の満寿屋本店
未来に向けてブランドの在り方を見据え変え続ける
杉山氏は学生時代に一度十勝を離れた。その頃は生まれ育った十勝に対して特別な思い入れはなかったという。しかし、アメリカ留学や他地域での経験を経て、28歳で故郷・十勝に戻った際、その自然や人の豊かさに改めて感動を覚えた。その一方で、地元の人々が自らの地域の価値を十分に理解していない現実にも気付いた。
そこで、「まずは地元の人に地元の良さを再発見してもらうこと」を出発点に、地産地消の取り組みを始めた。まずは2代目の父の遺志を受け継ぎ、地元産原材料の使用を促進。そして2012年10月、ついに全商品の小麦を100%十勝産に転換することに成功した。100%国産の小麦で製パンを行う日本で唯一の多店舗展開ベーカリーの誕生の瞬間である。
さらに、水・卵など小麦以外の原材料も地元産にこだわり、現在では約8割が十勝産のものになっているという。杉山氏は「お得意様は農家さん」であり、「農家さんがいるからパンを作ることができる」「お得意様である農家さんの存在価値を高めるために十勝の魅力をパンで伝える」と語る。
パンを通じて、農家は自らの作物がどんな形で消費者に届くかを実感でき、消費者もまた生産者の顔を感じながら食を楽しむことができる。杉山氏はこれを「麦人チェーン」と呼び、農家・製粉業・パン職人・消費者がひとつの環となる地域循環の仕組みを築いている。
また、杉山氏は食育にも力を入れており、「食の自立」と「地域への誇り」を育み、地域とともに発展する持続可能な経営を進めている。2005年から始めたパン・ピザの手作り体験は優に900回を超えている。
今回の視察では会員も手作りピザを体験した
十勝の未来を見据えたビジョンの策定
杉山氏はかつて70日間に渡りヨーロッパ各地のパンを食べ歩き、「その地域の食材を使って、地理的条件、食文化を活かした食材こそが、世界中で認められる最高のブランドとなる」ことを学んだ。これが地産地消地人の考え方のベースとなっている。その実現のための道筋は明確だ。
杉山氏は自社の存在意義を表すパーパスを「パンの力で、人と地域のつながりを世界に広げます」、企業のあるべき姿であるビジョンを「十勝を小さな幸せ・マイクロハピネスを限りなく感じる場所にする」と定めている。
そして、これらの具体化のために2030年の経営ビジョンを「とかちパン王国」と設定しロードマップを策定している。そこには、同社が大切に守り抜いてきた人々との交流を促進する場やパンの学校づくり、十勝パンのブランド化などが設定されている。これらの経営ビジョンは言葉ではなく絵で表現することで、社員に分かりやすく浸透する工夫も特徴的である。
創業時の想いを受け継ぎ、地域の資源を活用し人の絆を大事にする。その中から生まれてきた新たな価値を地域の農業や食文化に還元することで、資源と価値の循環を促し、全てのステークホルダーの幸せを繋いでいく。同社の「E・A・T」は、食品の価値創造だけでなく、地域活性のロールモデルとなる可能性を秘めている。
満寿屋商店と十勝の未来を熱く語る杉山氏
株式会社満寿屋商店 代表取締役社長