今期の食品価値創造研究会では「食品業界の『E・A・T』を極め、新たな顧客価値を創造する」をテーマに、従来の常識・手法・商習慣に捉われることなく、食の“E・A・T”視点で先進企業から学びを得ることにより、食品業界の新しい時流をつかみ、新たな顧客価値を創造することを目指している。
第5回は「社会課題解決ビジネス」をテーマに、課題先進国である北海道にて学びを進めた。1日目は農業生産から小売までの「食」に関わる従来のシステムをモデルチェンジし、持続可能なビジネスモデルを構築する有限会社十勝しんむら牧場様から、“社会課題解決を起点とした成長戦略”を実践するためのE・A・Tにおける取り組みを学んだ。
開催日時:2025年10月23日(北海道開催)

はじめに
北海道十勝・上士幌町にある「十勝しんむら牧場」は、酪農を起点に加工・販売・観光・宿泊までを展開する六次産業化の先進事例として、多方面から注目を集めている。
牧場の視察では、単なる酪農施設の見学ではなく、持続可能な地域創生のヒントを多く得ることができた。人口減少や高齢化が進む地域においては、一次産業の再定義と地域資源を活かした産業の多層化が、未来の暮らし方や働き方を変える重要なテーマである。
そうした中で、十勝しんむら牧場は、自然と共生する放牧酪農を軸に、加工品の開発による価格決定権の獲得、観光・体験型事業による地域との接点づくりなど、経済性と哲学を両立させた経営モデルを実践している。
視察と講義を通じて、取り組みの背景にある思想と、現場で積み重ねられてきた実践のリアリティに触れることに至った。十勝しんむら牧場には、自然と人間が共に生きるための知恵と、農業を通じて人の幸せを追求する強い意志が息づいている。
今回の訪問は、私たち自身の地域創生や事業構想に新たな視座をもたらす、非常に学びの多い回となった。
十勝しんむら牧場
放牧酪農・土壌改良に取り組んだ背景と成果
新村氏が牧場を継ぐ決意をしたのは、バブル崩壊後の就職難の時代だった。札幌での生活を経て、「食料を生産する仕事はなくならない」という確信から家業に戻ることを選んだ。
しかし、365日働き続ける従来の酪農スタイルには疑問を持ち、人が過度に働かなくても良い仕組みを模索する中で、ニュージーランドやオーストラリアで先進的に取り組んでいた放牧酪農に着目した。放牧酪農の導入は当初多くの困難を伴い、冬の寒さで牛が凍死するなどのトラブルが続いたが、4年目から徐々に成果が現れ始めた。
特に土壌改良への取り組みは、牧場の質を根本から変えるものだった。ニュージーランドのコンサルタントと連携し、20の牧区ごとに土壌分析を実施。ミネラル分や石灰を追加し雑草の発生を抑え、微生物が豊富な柔らかい土壌を育て、今では根が80cm以上張るほどの土壌が育ち、微生物と空気を含んだ豊かな環境が整っている。
これらの成果は、穀物飼料への依存を減らし原価を抑える経営にもつながっている。
土壌改良により、青々とした草原が広がる
加工品ビジネスへの参入を決意
牛乳をそのまま販売しても利益が出にくいという課題に直面した新村氏は、加工品への展開を決意する。
飲食店経営者との出会いをきっかけに、日本ではまだ存在しなかった「ミルクジャム」の開発に着手。十勝大の研究院助手としての経験も活かし、添加物フリーにこだわりながら、1年半の試行錯誤を経て商品化に成功した。
新宿高島屋での販売を皮切りに、ミルクジャムは瞬く間に話題となり、初年度から100万円以上の売上を記録。紅茶教室での学びを活かして「クロテッドクリーム」の開発にも挑戦し、全国の紅茶愛好家から注文が殺到した。
スコーンと紅茶、ミルクジャム、クロテッドクリームのセット販売は、牧場のブランド力を一気に高めた。その後、全国各社からPB開発の依頼が相次ぎ、広告宣伝を一切行わず、品質とブランド力でこれまで拡大を続けている。
ECサイトの展開(左)https://milkjam.com/
店内でミルクジャムや、スコーン、紅茶セットなどを販売(右)
事業の多角化による共生型コミュニティの形成
十勝しんむら牧場の未来は、単なる酪農の枠を超えた「地球との共生型コミュニティ」の構築にある。
廃用牛の活用やペットフード展開など、牛の生涯価値を最大化する取り組みを進める一方で、牛の寿命を延ばし、7回以上出産できる個体を育てることで、牛自身の幸福も追求している。価格決定権を自ら持つために、自社で商品を開発・販売するスタイルを貫き、少量でも高付加価値の商品で従業員を養える経営を実現。サウナや宿泊施設を通じて、長期滞在型の体験価値を提供し、地域とのつながりを深めている。
放牧酪農と自社加工による価格決定権の確保を軸に、ミルクジャムなど高付加価値商品でブランド力を強化を目指す。今後は観光・宿泊・サウナなどの体験型事業を拡充し、「地球に優しい農業の実践」を展望に掲げる。
体験型事業の展開(サウナ・宿泊・バーベキュー)
有限会社十勝しんむら牧場 代表理事