タナベコンサルティングの顧客創造モデル研究会は、デフレからインフレ経済へと移行する中で、企業が適正な利益を確保し持続的に成長するには、新たなファンを創造することが不可欠であるという問題意識のもと、営業活動の一環としてではなく、中期ビジョン実現に向けた顧客創造モデル(仕組み、体制、制度)の構築を目指し、先進企業を研究する場である。第6回となる今回の研究会では、「会社のファンを作る」をテーマに、ヤッホーブルーイングの佐藤潤氏、ズクトチエの共同代表である和田寛氏の事例を研究し、縮小する国内マーケットの中で、いかに会社のファンをつくり、自社の商品・サービスを付加価値として昇華させていったかをご講演頂いた。
開催日時:2025年12月16日
はじめに
ヤッホーブルーイングは、1997年に長野県軽井沢町を拠点に創業したクラフトビールメーカーである。看板商品「よなよなエール」は29年の歴史を持ち、国内ビール市場においてアサヒ、キリン、サントリー、サッポロ、オリオンに次ぐ第6位のシェアを誇る。日本のビール市場の98%を占めるピルスナースタイルに対し、同社はクラフトビール(市場シェア2%)の領域でナンバーワンブランドを目指し、「ビールに味を!人生に幸せを!」というミッションのもと、多様なビール文化の創出に挑んでいる。
同社の成長の原点は、2004年の通販開始にある。地ビールブームの終焉とともに業績が低迷する中、全国のファンから届く励ましの声により「ファンの支持なくして製品と会社の成長はない」という経営哲学を生み、以来、ファンとの絆づくりを成長の最重要ドライバーと位置付けてきた。本講演では、顧客理解から共創へと至るファンマーケティングの全体像と、それを実現する組織づくりについて学んだ。

醸造所内の設備(出所:ヤッホーブルーイング提供)
「ぞっこん度」で顧客理解を定量化する
機能価値だけで選ばれている製品は、類似製品が登場した瞬間に離反するリスクを常に抱えている。そこで同社は、ブランドロイヤリティーを「ぞっこん度」として5段階で調査を行っている。ぞっこん度の評価は年間購入金額とも相関があるため、この定量データをもとに「理想(ぞっこん度5)と現実のギャップ」を特定し、何が伝わっていないかを明確にすることをマーケティング活動の下敷きとしている。
さらに同社は、ぞっこん度を高める要因を「世界観」「機能価値」「情緒価値」「つくり手共感」の4つに体系化している。機能価値だけでなく、情緒価値、そしてミッションや自社製品愛といった、「つくり手共感」まで届いて、はじめて顧客は「推し」として企業を応援する存在へと変わる。
顧客創造モデルの構築において、KGIにぞっこん度を据え、共感の深さで顧客を評価する姿勢は、従来の売り上げ・客単価中心の顧客管理からの根本的な転換を示している。
ファンイベントを顧客関係向上の戦略的投資と位置付ける
購買体験だけでは機能価値のみに偏りやすい。4つの共感ポイントを一度に体感できる場として行っているファンイベントは、同社にとって重要な役割を担っている。
2010年に40名規模で始まった「よなよなエールの宴」は、リピーターが新規参加者を連れてくる循環を繰り返しながら規模が拡大し、2018年には5000名規模のイベントへと成長した。現在は交流イベントや見学ツアーを組み合わせ、年間数千名とリアルで交流している。イベントは単日では赤字であり、収益化を目的としていない。イベントが参加者にもたらす価値として、同社は人の温度を感じること、体験が自分の物語に変わること、仲間が生まれること、ブランド体験が身体記憶として残ること、自分がブランドの一部になれること、といった5つの事柄を定義している。
顧客関係向上の観点から見ると、ファンイベントは「製品の消費者」を「ブランドの共創者」へと転換させる最も強力な接点である。単日収益ではなくぞっこん度の向上と長期的な顧客生涯価値を投資対効果の軸に置くこの発想は、競合他社が容易に模倣できない資産を生み出す。

御代田オフィスに展示されているファンイベントの軌跡
ファンをアンバサダーとして顧客創造の担い手にする
マス広告に頼らない同社にとって、ファンの力を借りながら新規顧客との接点を有機的に広げることが顧客創造戦略の核心を成す課題であった。
その実践として、同社は2024年からぞっこん度の高いファン9名との共創活動「よなよなこれから会議」を開始した。新製品のテイスティングやプロモーションイベントの企画・運営をファンとともに行う。報酬は一切ない。「参加の動機はミッションへの深い共感と自己実現にある」と佐藤氏は述べた。
ぞっこん度の高いファンが企業にもたらす価値は「経済」「顧客理解」「共創」「影響」「コミュニケーションリデザイン」「支援」の6つに整理できる。顧客をマーケティングの受け手から共創の担い手へと転換させるこの構造こそ、「誰から買いたいか」で選ばれるブランドを実現する顧客創造モデルの本質といえる。

醸造所見学ツアーの様子
株式会社ヤッホーブルーイング