企業価値を高める戦略CFО研究会は、キャッシュフロー最大化による戦略投資と財務・資本戦略による企業価値創出を一貫テーマとしている。第5回は「事業ポートフォリオと成長投資戦略による企業価値創出」と題し、その実践企業として名刺管理サービスなどを展開する「Sansan」、キャラクター商品などの企画・販売を手掛ける「サンリオ」の2社に登壇いただいた。
企業が成長するためには、設備更新・人的資本・研究開発などに適切な投資を行う必要がある。ただ、日本企業の多くはリスクを恐れて成長投資に消極的だ。また、企業価値を毀損する事業に投下資本が滞留しているケースも少なくない。そのため経済産業省は「成長投資ガイダンス」(2026年7月21日公表)を取りまとめ、中長期的な企業価値向上に向けた成長投資を経営者に求めている。
ROE(自己資本利益率)などの「率」の改善にとどまらず、EP(経済的付加価値)という「額」も拡大する経営へシフトするため、資本を成長領域へ再配分していく。その果断な投資を支えるCFO(最高財務責任者)の役割について学びを得た。
開催日時:2026年10月2日
はじめに
Sansan(東京都渋谷区)は企業が受け取った名刺の管理システムをクラウド上で提供するSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)企業である。法人向け有料名刺管理サービス市場でシェア約86%を占める「Sansan」をはじめ請求書受領サービス「Bill One」、契約書管理サービス「Contract One」などを展開する。
2007年に創業した同社は、多くの企業で活用されずに眠っている「名刺」を資産へ変えるクラウドサービスの提供を開始。大型の資金調達によりテレビCM投資を強化して知名度を高め、2019年に東証マザーズ市場(現グロース市場)へ上場を果たした。2026年5月期の売上高は約538億円で、3年平均成長率が28.2%と堅調な伸びを見せている。
出所:Sansan決算説明資料
月100円獲得に先行投資1000円でも見合う仕組み
法人向けSaaSはサブスクリプション(月額課金)モデルにより収益の安定化が見込めるほか、業務データが蓄積していくため解約されにくい。同社の月次解約率は1%以下で、期初に売り上げの9割超が確定する。さらにライセンス数の増加や追加機能により顧客単価が積み上がる。したがって月100円を支払う顧客の獲得に1000円を先行投資しても採算が合うという。
そのため金融市場からリスクマネーの獲得が容易であり、人材の採用・育成やマーケティング、DXなどへの大規模な投資を可能にしている。SaaSは生成AIへの代替懸念から成長性が危惧されたが、同社は積極的にAI機能を導入し、サービスの優位性につなげている。
出所:Sansan決算説明資料
収益基盤のキャッシュを成長事業へ配分する
Sansan事業は2007年から12年間赤字を続けたが、2018年に黒字化して以降はグループの収益基盤となるまでに成長した。Sansan事業で得たキャッシュをBill One事業やContract One事業への投資に配分している。これにより、中期財務方針として2027~29年5月期の売上高CAGR(年平均成長率)を16~20%、2029年5月期の調整後営業利益率は25~30%を見込んでいる。
同社は「解約率」と「営業人員1人当たり受注額」の2つのKPI(重要業績評価指標)が基準を満たす限り投資を継続する方針だ。一方、生成AIの影響など現時点で数値化できない論点については定性的に議論するという。成長段階の異なる事業を組み合わせ、KPIで投資の継続を判断する規律こそが資本配分の要諦である。
出所:Sansan決算説明資料
攻めの「FP&A(ファイナンシャルプランニング&アナリシス)」
現在は外部環境の変化が激しく、3~5年先の業績を予測する中期経営計画の策定は難しい。同社CFO(取締役執行役員)の橋本宗之氏は、「経営戦略は実行の中から形づくられる」(琴坂将広著『経営戦略原論』、東洋経済新報社)として、走りながら計画を調整することが重要だと述べる。
同社は資本コスト(資金調達コスト)の低減策として「業績ガイダンス(業績見通し)の継続的な達成」を最重視する。計画値が高すぎると未達で資本コストが上がり、低すぎれば組織の力を引き出せないため、上下に振れない「フェアな計画」を事業部と対話して作り、運用している。過去3年間の業績はほぼガイダンス内に着地しているという。
具体的には①迅速かつ正確な月次・年次決算、②着地・中期見通しの精緻化、③予実差異に基づく追加投資・コスト削減の意思決定というサイクルを回す。これを支える職種・部署を「FP&A(財務計画と分析)」といい、戦略CFOの中核機能として注目されている。
出所:Sansan決算説明資料
Sansan株式会社
取締役/執行役員/CFO