•  
企業価値を高める戦略CFO研究会のメインビジュアル
研究リポート
企業価値を高める戦略CFO研究会
経営者・経営幹部は、事業価値・企業価値を見極め、事業ポートフォリオを最適化する必要があります。会計ファイナンス思考による戦略的意思決定を学びます。
研究リポート 2026.09.02

企業価値向上と資本コスト経営 野間 幹晴氏(一橋大学大学院 経営管理研究科 教授)

第4回の趣旨
2014年8月に「伊藤レポート」が公表されて以降、「資本コスト経営」が注目されている。これは、資金調達・維持にかかるコストを上回る収益性を継続的に確保していく経営手法である。
日本企業は欧米に比べて資本効率が悪く、企業価値向上の課題となっている。したがって、事業単位で資本コストと資本収益性を把握・比較し、不採算事業の整理と成長領域への資源再配分によって事業ポートフォリオを組み替える必要がある。
企業価値を高める戦略CFO研究会の第4回は、ROE(自己資本利益率)、PBR(株価純資産倍率)・ROIC(投下資本利益率)、EPS(1株当たり純利益)、TSR(株主総利回り)といった指標から資本効率を可視化し、事業ポートフォリオを再設計して企業価値を高める考え方を学んだ。

開催日時:2026年8月5日(東京開催)



はじめに

財務会計・企業価値評価・企業変革を専門とする一橋大学大学院教授(経営管理研究科)の野間幹晴氏は、経済産業省「企業報告ラボ」座長や上場企業の社外取締役を務めるなど、日本の企業価値向上を研究・実務の両面から支えるコーポレートファイナンスの権威である。

 

「同意なき買収」や、アクティビスト(物言う株主)の台頭という資本市場の構造変化を受け、上場企業は資本コストを上回る収益性の確保と、事業ポートフォリオの組み替えが経営の最重要課題となっている。野間教授は、PBRから捉えた日本企業の課題、ROICを軸とした資本コスト経営の実践、事業ポートフォリオ改革の要諦について、豊富な事例とともに解説いただいた。

 

出所)野間幹晴教授講演資料より

出所)野間幹晴教授講演資料より






日本企業の課題は“PBR1倍割れ”よりも「成長企業の少なさ」

PBRは資本生産性を示すROEと、成長期待を映すPERに分解できる。日米欧の分布を比較すると、日本はPBR1倍未満の企業が多く、2倍以上の成長企業は極端に少ない。この真因はROEの低さもさることながら、高い成長期待を獲得できていない点にある。

 

加えて、同意なき買収提案やMBO(経営陣による自社買収)、アクティビストによる介入が常態化し、その要求は株主還元だけでなく事業ポートフォリオや取締役会構成にまで及んでいる。有事と平時の狭間にある「準有事」への感度を高め、平時から長期戦略を描いて投資家と共有することが経営者に求められる。

 

出所)「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート):サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)報告書」 2022年8月30日 経済産業省

出所)「伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート):サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX研究会)報告書」 2022年8月30日 経済産業省



「説明しやすい成長市場」は“レッドオーシャン化”している

成長市場には2つある。注目される成長市場はデータやファクトで客観的に説明でき、ロジックも明快で社内の合意も得やすい。ただ、説明コストが低いということは競合も同じ結論に至るということであり、模倣されて早晩レッドオーシャン化する。

 

一方、見過ごされた成長市場は暗黙知や感性に基づくため説明が難しいが、模倣が困難でブルーオーシャンが持続する。ソニーの音楽事業が、新作ではなく「エバーグリーン」と呼ばれる旧譜カタログに軸足を置いたことはその一例である。全員が賛同する案件ほど妙味は小さい。狙うべきは変動が小さく、資本コストの低い成長事業である。

 

出所)野間幹晴教授講演資料より

出所)野間幹晴教授講演資料より



非中核事業の整理と成長領域への再配分

低収益・非中核事業をベストオーナー(事業価値を中長期的に最大化する可能性が高い企業)へ移し、得た資金を成長領域へ再配分することが経営者に求められる。ここで避けるべきが「選択と集中」のわなだ。成長事業は利益率が高い一方、ボラティリティーも高く資本コストが大きい。

 

全社一律の資本コストで判断すると、低いコストの成熟事業から撤退し、高いコストの成長事業へ過剰に配分して企業価値を壊しかねない。事業部別の資本コストを測定し、ROICと比べることが重要だ。組み替えの成果はEPS成長を通じて株価と配当に表れ、最終的にはTSRへと結び付く。

 

出所)野間幹晴教授講演資料より

出所)野間幹晴教授講演資料より

PROFILE
著者画像
野間 幹晴(のま・みきはる)氏

一橋大学大学院 経営管理研究科 経営管理専攻 教授