第5回『成長M&A』実践研究会では「PMI(買収後統合)」をテーマに、企業変革の実践知に迫った。
三井化学株式会社より小野真吾氏を迎え、グローバルM&Aを通じた人的資本経営と人材・文化統合のリアルを学んだ。
エンデバー・ユナイテッドの高橋氏・朽名氏からは、PEファンドの視点による投資後の企業価値向上プロセスが事例をもとに紹介された。
両講師に共通していたのは、「PMIを買収後の整理作業ではなく、投資前から始まる経営変革の設計プロセス」と捉える姿勢であり、人と組織を軸にした統合と変革の重要性を再確認する機会となった。
開催日時:2025年10月21日
はじめに
三井化学株式会社で長年グローバル人事を統括し、現在は買収によって形成されたオーラルケア事業部長を務める小野真吾氏をゲストに迎え講演をいただいた。
同社の海外売上が全体の約5割を占める中、小野氏は複数の海外企業買収を経験し、その中で人材・文化・組織の統合を主導してきた人物である。
単なる人事責任者にとどまらず、経営者としてPL(損益)責任を持つ立場から、人事を「経営の実装装置」と位置付けてきた点が大きな特徴である。講義では、「①人的資本経営への取り組み」「②グローバル人事組織と施策」「③M&Aにおける人事PMIの具体的な活動」という3つのテーマに沿って、理論ではなく実践の知恵としての具体的手法や失敗・成功の要因が語られた。
経営ビジョンとVISION2030出所:講演資料
M&Aでは“買収前”から人事が関与することが成功の条件
小野氏は「PMI(統合)は発表の瞬間から始まっている。買収前に人事が現場を知らずに進めると、統合後に必ず歪みが出る」と指摘する。財務や法務のデューデリジェンス(事前調査)だけでは、組織文化や人材の本質的リスクを見抜けない。
三井化学では、買収対象企業の現場を訪問し、職場の雰囲気、リーダー層の信頼関係、従業員のエンゲージメント水準など“非財務情報”を人事が事前に把握し、買収条件や初期統合計画に反映している。また、「統合成功のカギは、Day1(買収初日)の設計にある」と言及。買収発表と同時にFAQや全社員説明会を実施することで、社員の不安を軽減する。
特にキーパーソンに対しては、役割明確化やリテンション(離職防止策)を同時に打つことが不可欠という。中小企業においても、買収や事業承継時に“人”を軸にした調査・対話・リスク整理を行うことで、文化摩擦や離職リスクを大幅に減らせると指摘した。
M&AにおけるHR領域の活動例
出所:講演資料
“標準化と裁量の線引き”を明確化したガバナンスとキータレントマネジメント
三井化学では買収後のガバナンス構築において、統合する会社を含めて共通化するのはコアバリュー・役員の選解任・評価・報酬決定・報告ルールなどの“原則”に限定し、現場特性や文化への適応を優先している。こうした「線引き」を明文化することで、グループ全体の一体感を維持しつつ、現場の自律性も確保している。
また、ガバナンス設計と並行して重視しているのが「キータレントマネジメント」である。重要ポジションやハイパフォーマー人材を明確に特定し、評価・報酬・育成・配置を統合的にマネジメントする仕組みを導入。後継者準備率をKPIとして管理している。「組織の強さは“ポジションに適した人材をどれだけ準備するか”で決まる」とし、後継者プールの形成と育成の仕組みが、事業継続力を高めると語った。
キータレントマネジメントの概念図
出所:講演資料
人事が“事業を理解し、経営者と共にタレントを動かす”ことが経営を強くする
小野氏は「人事が財務を理解しなければ、経営と同じ言語で話せない。事業責任者となった今、現場で感じるのは人事制度は現場理解があって初めて機能する」と述べた。
顧客価値・製造プロセス・営業現場の課題を知らずに制度を設計すると、社員の納得を得られず、成果にもつながらない。同社では、月例の現場会議への参加、工場訪問などを通じて、事業理解を深めると共に、社員の行動・成果・顧客反応を人事が理解。得られたインサイトをもとに、評価・配置・報酬制度を柔軟に運用している。
特にキータレント(高潜在人材)については、実績・行動特性・ポテンシャルをデータ化し、次の役割への配置・挑戦機会を継続的に提供している。中小企業では、人事と現場が物理的にも近く、制度と実務が密接に結びつけやすいという強みがある。人事が経営の“推進エンジン”であることを改めて強調した。
「キータレント」、「将来の経営者候補」の選抜軸として、
業績(パフォーマンス)、潜在能力(ポテンシャル)、熱意の3軸を活用
出所:講演資料
三井化学株式会社
理事 ライフ&ヘルスケアソリューション事業本部 オーラルケア事業部長