【第4回の趣旨】
アグリサポート研究会では、「アグリ関連分野の持続的成長モデルを追求する」をコンセプトとして掲げている。
第4回は、埼玉県でアグリ業界における先進的な取り組みを行う1団体・ 1社を視察。
1団体目は、さいたま市岩槻区で地元産ヨーロッパ野菜の地産地消を展開するさいたまヨーロッパ野菜研究会様。地元の若手生産者とシェフ、種苗会社や物流卸しなどと連携して、ヨーロッパ野菜の食文化を植え付ける取り組みをしている。
1社目は、食料安全保障の確立を目指し、持続可能な農業戦略を展開している中森農産様。農林水産省や関連機関より講師を招き、日本の農業の現状や課題、オーガニック農業の展開やAI技術の導入による未来の農業についてもご講演いただいた。
開催日時:2025年3月18日(埼玉開催)
はじめに
さいたまヨーロッパ野菜研究会は、2013年4月に結成された団体である。さいたま市内の若手生産者とシェフが協力し、「ヨーロッパ野菜の地産地消を通して郷土愛を醸成する」という理念のもと、地元産ヨーロッパ野菜の地産地消を促進する活動を行っている。
事務局はリッカ・コンサルティングが務め、栽培方法などのアドバイスを行うトキタ種苗、野菜の栽培と共同出資を行うFENNEL、流通インフラ整備・販路開拓を担う卸売業者、県内ホテル・レストランなどが連携して活動している。
同団体は、地域ブランドとしての連携体であり、経済活動は各参加者が個々に行っている。野菜の生産を取りまとめているFENNELの生産者は約20名で、平均年齢は38歳である。レストラン向けに生産されるヨーロッパ野菜は75~100種類に及び、これらの野菜を使用するレストランは県内で1000店を超える。さらに、2019年の大阪G20サミットではランチのメイン食材として採用されるなど、近年その知名度が向上している。2020年2月には、さいたま市岩槻区にアンテナショップ「ヨロ研カフェ」をオープンし、さらなる地域活性化を目指している。
ヨーロッパ野菜研究会の生産者の農場。さまざまなヨーロッパ野菜を栽培している
なぜ埼玉でヨーロッパ野菜を作りはじめたのか?
2011年の東日本大震災の影響により、埼玉県産の野菜も風評被害を受ける状況に陥った。この状況を打破するため、「地産地消」をキーワードに活動が開始された。県内飲食店のキーマンである北氏(現ヨーロッパ野菜研究会会長)にヒアリングを行ったところ、「イタリア野菜」に対する需要があることが判明し、その栽培・販売の可能性を模索することとなった。
しかし、レストランが求める「多品種少量の野菜」と農家が目指す「安定供給」の間にはミスマッチが存在し、さらに流通の課題も重なり、レストランでの地産地消の実現には高いハードルがあることが明らかとなった。
そこで、レストランでの地産地消を実現するためには新しい仕組みが必要であると考え、ターゲットを「埼玉県内のレストラン・ホテル」に絞る方針を打ち出した。
商品としては、輸入に依存しているイタリア野菜を輸入品よりも安価に提供することを目標とした。また、「欲しいときに欲しい野菜を欲しい量だけ購入できる」という独自性を掲げた。さらに、地元の若手生産者からは「価値ある野菜を作りたい」「新たな野菜を栽培したい」「自分で野菜の価格を設定したい」といった希望が寄せられていることが分かり、これらの声を受けて2013年にさいたまヨーロッパ野菜研究会が立ち上げられた。
ビジョン・目標の共有とブランド戦略
さいたまヨーロッパ野菜研究会は、事業展開に向けて約10名のメンバーから活動を開始し、まず取り組んだのはビジョンの共有である。「日本の農業を変えよう」「ブッ飛んだことをやろう」「子供たちに誇れる美味しいものを作ろう」といった理念を掲げ、メンバー間で方向性を一致させた。
次に目標の共有を行い、「2020年までに出荷額1億円」「日本一のヨーロッパ野菜産地になる」「テレビに多数出演する」「みんなでイタリアに行く」といった具体的な目標を設定した。さらに、ヨーロッパ野菜市場内での競争戦略を明確化し、メンバー全員の足並みを揃えた結果、当初掲げた目標は、現在ほぼ達成されている。
また、「地域ブランド」の確立に向けた取り組みとして、ターゲット層を明確化した。個人ユーザーについては、年収800万円以上の層を主な対象とし、レストランに関しては供給量が少ない初期段階では個人経営のレストランを中心に展開。供給量が安定してきた段階で、中規模レストランや結婚式場へとターゲットを拡大した。
さらに、話題性、意外性、ストーリー性、共感性を前面に押し出し、SNSを積極的に活用することでブランドの認知度を向上させた。これらの戦略により、地域ブランドとしての地位を確立することに成功している。
販売・組織・連携戦略
さいたまヨーロッパ野菜研究会の流通方式は、市場やJAを介さず、業務用食品卸しと生産者団体による直取引を採用している。
設立初年度には地元青果卸しを経由した販売に挑戦したが、失敗に終わった。その原因は、「ニーズ」と「ウォンツ」を混同していた点にあり、流通側にも生産者側にも「提案力」と「営業力」が不足していたことが反省点として挙げられた。
転機となったのは、差別化商品(付加価値商品)を求めていた業務用卸し「関東食糧」を通じた地域内流通の確立である。この流通方式においては、まず野菜を販売する担当者にヨーロッパ野菜を知ってもらうことが重要とされ、営業担当者との試食会や勉強会を実施した。また、地元シェフを畑に招き、生産者の取り組みを直接体験してもらうことで、農家のファンを増やす努力を重ねた結果、成功へとつながった。
さらに、組織・連携戦略においては、農家以外の関係者との連携が重要な役割を果たしている。品種改良においてはトキタ種苗、流通においては関東食糧、地域・学校・大企業との協力を図り、生産・流通・販売の各段階で専門性を発揮する「餅は餅屋」方式を採用した。この仕組みにより、各分野のプロフェッショナルが価値を生み出す体制が構築されている。
特筆すべきは、生産者の意識の変化である。従来の「職人」的な姿勢から「経営者」としての視点へと転換が進んだ。この変化は、子どもたちが将来、郷土を誇れる食文化を築くための基盤となるものである。さいたまヨーロッパ野菜研究会の取り組みは、地域農業の未来を切り開く重要な一歩となっている。
アンテナショップ「ヨロ研カフェ」では、地元産ヨーロッパ野菜を使った料理を楽しむことができる