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研究リポート

食品価値創造研究会

AI・IoT・DX・フードテックなどの新たな潮流が、食品業界においてもさまざまなイノベーションを起こしています。新市場創造の最新事例を学びます。
研究リポート 2024.07.25

食を起点に日本の文化を発信

万葉倶楽部

【第2回の趣旨】
タナベコンサルティングの今期の食品価値創造研究会は、「アフターコロナのEATトレンドを学び、持続可能な食事業に進化する」をテーマに、従来の常識・手法・商習慣に捉われることなく、「食のEAT視点」で先進企業から学びを得ることにより、アフターコロナ環境を乗り越え、持続可能な食事業に進化することを目指している。
第2回は『「時間(トキ)・ヒト・モノの流れ」が作る食の新結合』をテーマとし、「食の温故知新」×「歴史を通しての現業態」を学ぶべく3社を訪問。これまでの歴史があってこそ今があることを体感するとともに、今後どのような未来を描くのか、各社の取り組みに学んだ。

開催日時:2024年4月18日(東京開催)

 

 

 

 

万葉倶楽部株式会社
取締役副社長 高橋 眞己 氏

 

 

 

はじめに

 

万葉倶楽部は、日本全国に日帰り・宿泊温泉施設を展開する、神奈川県小田原市の企業である。設立は1997年だが、その起源は1958年創業のアルプス写真にさかのぼる。

 

アルプス写真は、万葉倶楽部の代表取締役会長・高橋弘氏が静岡県熱海市で立ち上げた企業であり、当時は温泉旅行に訪れた団体客へ記念写真を撮影・販売していた。カメラのデジタル化の進展が見込まれる中、同社が新たな事業基盤を求めて展開したのが「日帰り温泉」だった。「公衆銭湯」に「食事・休憩」を足すのではなく、「温泉旅館」から「宿泊」を引くことで、上質なくつろぎを提供しようとしたのが万葉倶楽部で、同社を飛躍させる結果にもつながった。

 

2024年2月には、飲食・物販・温泉施設から成る「豊洲 千客万来」をオープンし、好評を博している。写真事業から始まった同社はどのように成長したのか、取締役副社長の高橋眞己氏に講話いただいた。

 

 


東京・豊洲市場に隣接する集客施設「豊洲 千客万来」。江戸の町並みを再現した「食楽棟」と、温浴施設などがある「温浴棟」の2つで構成される

 


 

まなびのポイント1:食を起点に日本の文化を発信する

 

東京・豊洲の東京都中央卸市場に隣接する集客施設「豊洲 千客万来」 は、 東京都の「千客万来施設事業」である。2016年、万葉倶楽部が事業者に選ばれた後、 2018年の築地から豊洲への市場移転、2020年以降のコロナ禍を経て、2024年2月1日にグランドオープンした。

 

この施設は、江戸の町並みを再現した「食楽棟」と、温浴施設などがある「温浴棟」の2つで構成される。食楽棟「豊洲場外 江戸前市場」には約70店の飲食店が集まり、豊洲市場の隣という強みを生かして新鮮な食材を販売・提供。温浴棟「東京豊洲 万葉倶楽部」は、箱根温泉や湯河原温泉の源泉から湯をタンクローリーで運ぶというこだわりで、名湯に浸かりながら東京湾のオーシャンビューを楽しめるといった体験価値を提供している。

 

同施設のコンセプトは「食を起点に日本の文化を発信する」である。2階の「目抜き大通り」を歩けば、江戸時代にタイムスリップした気分を味わいつつ、目の前で調理された出来立ての料理を食べられるなど、食を五感で楽しむことができ、「ここが新しい食の発信源なのだ」と体感できる仕掛けになっている。

 

 


温浴棟「東京豊洲 万葉倶楽部」の露天風呂は東京湾のオーシャンビューを楽しめる

 

 

 

 

まなびのポイント2:ビジョン実現へ向けた信念と行動

 

インバウンド客(訪日外国人旅行者)の増加も相まってにぎわいの絶えない「豊洲 千客万来」だが、オープンまでの道のりは平たんではなかった。当初は2018年度に開業予定だったが、築地から豊洲への移転に際し、安全性への懸念や、巨額で不透明な費用の増大といった問題で延期が重なったことに加え、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けた工事の増加による建設費の高騰や作業員の不足、さらには新型コロナウイルス感染拡大による人の移動制限などがあり、計画より5年遅れての開業となった。

 

同社がこうした困難な経営環境を乗り越えられた理由は、「江⼾から続く市場、豊洲市場の伝統を⽣かし、⾃然からの贈り物 『温泉』を寛ぎと幸せに変えて、多くの人に笑顔になって頂く」という同施設のビジョンを実現しようとする信念と行動にある。同社の創業の原点である「観光客に温泉でリラックスしてもらい、その記念となる写真を撮ることで笑顔になってもらおう」という思いが、「豊洲 千客万来」につながったと言えるだろう。

 

 


食楽棟の目抜き通りの中心にある「時の鐘」。江戸時代から現代、そして未来へと、にぎわいの時を刻んでいる

 

 

 

 

まなびのポイント3:「積小為大」の精神で街づくりに貢献

 

万葉倶楽部は、2020年12月に神奈川県小田原市で開業した複合商業施設「ミナカ小田原」の運営も行っている。小田原駅から小田原城址公園に向かう「お城通り」沿いにある施設で、駅直結ホテルの大浴場には箱根湯本の天然温泉を使用しているほか、フード・飲食を中心に多様な店舗を展開しおり、同社の強みが大いに発揮されている。

 

同施設には、図書館や子育て支援センター、ハローワーク、保育施設が併設されている。万葉倶楽部にとっては新しい事業だったが、「子育て世代が安心して働けるようにすることこそ大切」(高橋氏)との考えから、食だけでなく街づくりにも貢献する形で事業領域を広げた。

 

小田原市は、江戸時代末期に関東・南東北の農村復興に尽力した二宮尊徳(通称・金次郎)の出身地であり、ミナカ小田原には「金次郎広場」がある。金次郎の教えの1つ「積小為大(小さな努力の積み重ねが、いずれは大きな収穫や成果につながる)」は、万葉倶楽部が大切にする精神に通じるところがあり、縁を感じずにはいなかったと高橋氏は語る。写真撮影から温浴施設へ、そして街づくりへと事業領域を拡大した同社の挑戦は、これからも続いていく。

 


地上14階+地下1階 の「タワー棟」と、江戸情緒薫る 「小田原新城下町」からなる「ミナカ小田原」(神奈川県小田原市)