メインビジュアルの画像
研究リポート
食品価値創造研究会
AI・IoT・DX・フードテックなどの新たな潮流が、食品業界においてもさまざまなイノベーションを起こしています。新市場創造の最新事例を学びます。
研究リポート 2023.11.29

持続可能な酒造りへの挑戦:一ノ蔵

【第5回の趣旨】
当研究会では、「食に携わる仲間とともに、100年に一度のパンデミックを経験した今だからこそ、100年先を見据えて食品企業が創造すべき価値について語り合おう」を合言葉に、*EATマーケットネットワークによる新たな食品価値創造を探求している。
第5回のテーマは、「素材を活かした価値創造バリューチェーン」。 日本経済は、長年続いたデフレ経済からインフレ経済への転換期を迎えている。このようなインフレ経済下において、企業は固有の価値を磨き上げることによる競争優位性の確立が求められる。今回は、農林水産資源に恵まれた東北の地から魅力あふれる素材の良さを引き出し、顧客価値へと転換させている企業の事例を通じ、バリューチェーンの価値向上に向けた取り組みについて学ぶ。
E:エンジニアリング(技術進化・フードテック)
A:アソシエーション(新結合・オープンイノベーション)
T:トランスフォーメーション(デジタル改革・業態転換)
開催日時:2023年10月24日(東北開催)

 

 

株式会社一ノ蔵
代表取締役副社長 浅見 周平 氏

 

はじめに

 

宮城県大崎市に本社を構える一ノ蔵は、日本酒の製造販売を行っている。1973年に4つの酒蔵が統合して誕生した同社は、地域とのつながりを大切にしながら固定観念に捉われない新しい日本酒の文化を生み出し続けている。同社の特徴をまとめると次の3点に凝縮される。

 

(1)地域を巻き込んだバリューチェーンの価値向上
自ら農業法人を設立し、地域とともに取り組む「一ノ蔵型六次産業モデル」を構築
(2)固定観念に捉われない「発想の転換」による日本酒文化の創造
顧客を起点に捉えた発想が生み出す、業界の当たり前を打ち破る商品開発や飲み方の提案
(3)とことん議論し納得した上で取り組む
4つの酒蔵が統合した文化が生み出す酒造りへの拘りと農製連携の新プロジェクト

 


一ノ蔵の本社。玄関先には茶色い杉玉が飾られており、毎年新酒が出る時期になると、鮮やかな緑色の杉玉に出会えるという

 


 

まなびのポイント 1:地域を巻き込んだバリューチェーンの価値向上

 

一ノ蔵は高品質な酒造りを目指し、原料である米の生産機能を一部自社で担っている。しかし、原料米の全てを自社生産で賄うことはできないため、行政やJA・地元農家と連携し、「松山町酒米研究会」を立ち上げ、原料米の品質向上につなげている。

 

同研究会は1993年の大冷害の際、有機栽培を行っていた米農家の生産量が落ちなかったことに着目し、「より高品質な米を安定的に調達したい」という同社の思いと、それに賛同した行政・農家の協力により立ち上げられた。

 

一ノ蔵がリスクを取り、新たな農業ノウハウを蓄え、それを農家にフィードバックすること、また、良質な米を生産した農家に対し「品質加算金」というインセンティブを付与することで、地域の農家に「良い米を作る」モチベーションを与えている。高品質な原料米の安定的な調達に加え、地域の活性化にも一役買っている。

 

このように同社は、自社の枠組みに留まることなく、外部組織と連携したバリューチェーンの価値向上に向けた取り組みを行っている。

 


浅見副社長の講演風景(一ノ蔵本社4階)

 

 

まなびのポイント 2:固定観念に捉われない「発想の転換」による日本酒文化の創造

 

同社には、「一ノ蔵無鑑査本醸造」という売り上げの約3割を占めるロングセラー商品がある。この商品が発売された当時、日本酒には「級別制度」が存在した。上位等級を獲得するには審査を受ける必要があり、格付けされると酒税も高額となる。同社はこのような業界のルールに異を唱え、高品質な商品をあえて審査を受けずに発売し、独自のブランディングにより消費者の支持を集めることに成功した。商品のラベルには、「本当に鑑定されるのは、お召し上がりになるあなたご自身です。」というメッセージが綴られている。

 

また、同社が開発したスパークリング清酒「すず音」は、「ジャンパンの開発」というミッションのもと、商品コンセプトやターゲティングにおいても日本酒の常識を打ち破った商品である。

 

現在も、「酒+(サケプラス)」という商品を通じて、“日本酒を割って飲む”という、新しい日本酒の楽しみ方を提案している。このような取り組みは、同社が持つベンチャースピリットと、消費者を起点とした酒造りによって生み出されている。

 


一ノ蔵の挑戦を象徴する「すず音」と「酒+(サケプラス)」。一ノ蔵の蔵見学後には、「酒+」のコーヒー割りの試飲会を実施

 

 

まなびのポイント 3:とことん議論し納得した上で取り組む

 

一ノ蔵は4つの酒蔵が統合して誕生した企業である。4家がそれぞれのしがらみを断ち、1つになるという覚悟を持って立ち上げられた。このような背景から、同社には「考えを出し合い、とことん議論した上で判断する」という文化が根付いている。

 

自動化が主流となっている日本酒業界において、同社はあえて人が多く介入する製法を取っている。これも社内で議論を重ね、同社が追求する麹の発酵を考えた際に、「最後の判断は蔵人の五感を大切にする」という結論に基づいている。そのため同社の蔵は、麹の発酵とそれを支える蔵人の動きを起点に動線が設計されている。

 

また同社では、「イチからはじめるイチノクラ」というプロジェクトを立ち上げている。農業部門と製造部門の若手社員がそれぞれの視点から議論を交わし、新たな商品の開発を進める中で、より良い酒造りの在り方を追求するプロジェクトである。

 

とことん議論し、全員が納得した上で進めるからこそさざまなアイデアが出る。相手を尊重し、徹底的に議論する文化が同社のバリューチェーンの価値向上を支えている。

 


櫂入れ(かいいれ)工程の見学風景。蔵人が持つ櫂棒から伝わ酒母や醪(もろみ)の感覚を大切にしている