“リアル”と“デジタル”が融合し、その境目がなくなる中、商品やサービス、人材・採用、さらには会社そのものの価値の再定義すら必要な時代が到来している。物理的価値や金銭的価値だけではステークホルダーから選ばれにくくなるにつれ、本質的欲求をもとにした「体験価値」のデザインが、ブランディングの一環として欠かせなくなっているのだ。
ナンバーワンブランド研究会では、ポストコロナ社会の価値観を踏まえた上で、自社の価値を再定義していく。第10期のテーマは、「『真の価値を魅せる』選ばれるナンバーワンブランドへ」である。
第1回は、島津製作所の榎本様より業界ナンバーワンに至るまでの発展の歴史と、その裏側にある京都の情勢と同社の転換について、2日目は正覚寺住職の鵜飼様より、宗教と社会のつながりを踏まえながら、明治維新前後の京都情勢の変遷、島津製作所の創業から今日までの軌跡、同社の高い開発力による日本・地域社会への貢献について解説いただく。
開催日時:2023年9月26日(京都開催)
住職 大正大学 招聘教授 良いお寺研究会 代表理事 作家 鵜飼 秀徳 氏
はじめに
鵜飼秀徳氏は正覚寺の住職でありながら、作家活動や大学の招聘教授も務めている。鵜飼氏は大学卒業後、新聞記者と雑誌編集者として活動。北方領土問題や東日本大震災と復興、地方創生、離島問題などの取材を担当した。2018年には独立し、「宗教と社会」をテーマに作家・講演活動を本格化。また、一般社団法人良いお寺研究会を設立し、代表理事に就任。そのほか、公益財団法人全日本仏教会広報委員やTOPPANホールディングスの顧問を務める。
秋の正覚寺
まなびのポイント1:京都の復興と島津製作所の貢献
明治維新前後の京都は、治安の悪化や政情不安などに陥り衰退していた。京都を拠点とする商店の多くが東京へと移転する中、島津製作所は京都に残り復興に尽力していた。同社には当時から、「過酷な状況においても社会の困りごとに対し真摯に向き合い、技術力で解決する」という風土があったからである。
黎明期においては、琵琶湖疎水事業による電力供給で京都産業にエネルギーを提供し、日本初の蓄電池を開発。軍事産業へも貢献し、高い評価を得ていた。また電力事業のみならず、日本初のX線撮影に成功するなど医療技術の発展に貢献した。
人々の生活や医療・軍事産業へ貢献した同社は、京都府民にとっては特別な存在である。今日においても京都府民から「島津さん」と親しまれ、地域社会との信頼関係を築いている。
明治期の京都における政治的・宗教的な出来事と島津製作所の黎明期について解説
まなびのポイント2:仏教の教え「因果」から学ぶ島津製作所の成功ストーリー
「因果」とは仏教の考えから生まれた言葉で、「『結果』には必ず『原因』があること」を表している。島津製作所の創業と成功の背景には、創業者である島津源蔵氏が時代を読み、決断したことが関係している。
島津氏は京都復興施策の1つである小学校設立に際し、学校で使用する実験器具などの需要増大を予測していた。要人との縁があり、舎密局(理化学研究所)への出入りを許されていた島津氏は理化学技術を習得後、仏具業から理化学機器業へ転換。的確な予測と決断(原因)により、事業転換を果たした(結果)。
鵜飼氏の著書。『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版、左)、『絶滅する「墓」日本の知られざる弔い』(NHK出版、中央)、『仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』(文藝春秋、右)
まなびのポイント3:仏教から学ぶ企業に求められる「在り方」
仏教の考えに、「縁起と因果の法則」「中道」というものがある。これらは、企業が今後の不確実な時代において持続的に成長を続けるための大きなヒントになる。
縁起:「お互いにつながることで何かが起こる原因となる」という考え。企業活動においては、社会や環境と良好な縁を築き、持続可能なビジネスモデルやCSR活動を通じたステークホルダーとの信頼構築が必要となる。
因果:「行動に対する結果が必然的に返ってくる」という考え。社会や社員から愛される企業になるためには、社会や顧客のニーズへの貢献、人材や環境への配慮が不可欠である。
中道:「極端な選択を避け、最適なバランスを保つ」という考え。企業活動において、変化に対応する柔軟性とリスクヘッジが重要だ。中長期のビジョンを持つと同時に、変化への対応力も持つことが成功の鍵となる。
島津製作所本社(京都府京都市)