“リアル”と“デジタル”が融合し、その境目がなくなる中、商品やサービス、人材・採用、さらには会社そのものの価値の再定義すら必要な時代が到来している。物理的価値や金銭的価値だけではステークホルダーから選ばれにくくなるにつれ、本質的欲求をもとにした「体験価値」のデザインが、ブランディングの一環として欠かせなくなっているのだ。
ナンバーワンブランド研究会では、ポストコロナ社会の価値観を踏まえた上で、自社の価値を再定義していく。第10期のテーマは、「『真の価値を魅せる』選ばれるナンバーワンブランドへ」である。
第1回は、島津製作所の榎本様より業界ナンバーワンに至るまでの発展の歴史と、その裏側にある京都の情勢と同社の転換について、2日目は正覚寺住職の鵜飼様より、宗教と社会のつながりを踏まえながら、明治維新前後の京都情勢の変遷、島津製作所の創業から今日までの軌跡、同社の高い開発力による日本・地域社会への貢献について解説いただく。開催日時:2023年9月26日(京都開催)
コーポレートコミュニケーション部 部長 榎本 晋虎 氏
はじめに
1875年、島津製作所は「科学立国」を目指し、京都で理科教育器械の製造業として創業。有人熱気球の飛揚、医療用X線装置・GSバッテリー・人体模型・マネキンなどの開発に始まり、現在は分析計測機器・医療機器メーカーとしてノーベル賞受賞者も輩出してきた。
創業以来、同社は社是「科学技術で社会に貢献する」のもと、顧客や市場からの要望を受け、新たな価値創造を続けている。
本研究会では、島津製作所コーポレートコミュニケーション部部長の榎本様より、同社の歴史やこれまでの実績についてご紹介いただく。明治維新後、京都府が取り組んだ小学校設立や殖産興業方針をきっかけに仏具店から理科教育機器の製造業としてスタートし、現在のグローバル企業に至るまでの歴史をお伺いし、どのようにブランド力を培われてきたのかを学んだ。
島津製作所の機械見学の様子。血管を撮影する機械で、自動でさまざまな角度から撮影できる
まなびのポイント1:「困りごとに真摯に向き合う」精神
創業者である島津源蔵氏が、舎密局(理化学を学ぶ研究施設)で教育用理化学器械の製造を開始したのが島津製作所の始まりである。その背景には、都が東京に移り、京都は衰退を防ぐため教育に力を入れ始めたという歴史があった。その後、島津氏を世に知らしめたできごとが、1877年の有人熱気球の飛揚である。「戦争で敵を見張るために気球に人を乗せられないか」という顧客の要望に応えた。
1882年には、理化学器械のカタログを作成。そこには、「御好次第何品ニテモ製造仕候也(ご要望があれば、何でも(ここにないものでも)作ります)」と記載されている。
同社は、創業当時から顧客や社会からの要望に応え続け、「お客さまのお困りごとに真摯に向き合いモノづくりをする」精神で、約150年続くグローバル企業へと成長したのである。
コロナ禍に肺炎診断などで活躍した移動可能X線撮影装置。参加者も移動作業を行い製品の技術力を体験
まなびのポイント2:社会課題や顧客の要望に合わせた製品開発
島津製作所はその後も、顧客や社会の要望に対応しながら成長を続ける。1896年にX線の撮影に成功、 1897年には当時日本では電力の安定供給が難しかったことから、蓄電池(GSバッテリー)を製造開始、1909年には国産初の医療用X線装置を開発した。
また、日本に洋服文化が到来したときには、人体模型の技術を応用し日本初のマネキンを製造。その後、日本の高度経済成長を支えた製品である石油純度測定器や鉄鋼純度測定器などを開発した。近年では新型コロナウイルスに対応するため、PCR検査試薬を3カ月、全自動PCR検査装置を6カ月で開発した。
社会課題や顧客の要望に応え続ける企業姿勢が、「島津製作所なら何とかしてくれる」「とりあえず島津製作所に頼もう」「島津製作所の技術なら間違いない」と言われるブランド力につながっている。
製品がどのような成分で作られているかを瞬時に判定する機械。参加者の指輪を測定し、金で作られていることを判定。参加者同士の会話も弾みコミュニケーションにつながった
まなびのポイント3:ブランドコンセプトの作成
島津製作所はこれまでノーベル賞受賞者を輩出するなど、モノづくりに対する精神は醸成されていたが、ブランディングの体系化は不十分と認識していた。そこで、国内・外含めたグループ全社でコミュニケーションや表現を統一する仕組みとして、ブランドコンセプトを新たに策定。
メインキーワードは、「愚直なまでの誠実さ」「妥協を許さないきめ細やかさ」とした。さらに、翼をモチーフに全世界に力強く飛躍する島津製作所をイメージしたサブグラフィクスも作成。これらは、社内でプロジェクトチームを発足させ、約3年かけてつくり上げたものである。結果として、同社のブランド力は全世界共通で高まり続けている。