タナベ経営「ビジネスモデルイノベーション研究会」が実施した、「シリコンバレー&サンフランシスコ視察ツアー」の模様をリポートする第3回は、サンフランシスコの小売り・流通業がテーマ。アマゾンが傘下に収めたことで話題の「Whole Foods Market(ホールフーズ・マーケット)」や、世界初の無人レストラン「eatsa(イーツァ)」などを紹介する。
先端を走る米国流通業
多種多様な業態開発が進む
急な坂道が多く、ケーブルカーが市内を走るサンフランシスコ。世界でも有名なメトロポリスだが、実は人口が87万人と東京・世田谷区(約90万人)より少ない。カリフォルニア州においては、最大の都市ロサンゼルス(約400万人)、112kmにおよぶ海岸線が広がるサンディエゴ(約140万人)、シリコンバレーの中核都市サンノゼ(約100万人)に次いで、4番目の人口規模である(2017年1月現在、カリフォルニア州財務局)。
サンフランシスコはコンパクトシティーながら、経済・社会・文化などさまざまな分野で先進的な取り組みが行われている。それは流通業でも同様である。今回のツアーでは、サンフランシスコの中心市街において米国流通施設を視察し、そのトレンドを体感した。
最初に訪問したのは、米国のミシシッピ川以西で最大規模といわれる複合商業施設「Westfield San Francisco Centre(ウエストフィールド・サンフランシスコ・センター、以降WSC)」である。デベロッパーのウエストフィールドグループは、1959年に豪州・シドニー郊外で創業した世界有数のショッピングセンター運営企業である。WSCには約200店舗がテナント出店しており、上層階は米国随一のデパート「Nordstrom(ノードストローム)」が占めている。
館内で目を引く、らせん状のエスカレーター「スパイラル・エスカレーター」が有名である。優雅なデザインだけでなく、買い物客の回遊性を高める機能も担っている。製造には高い技術を必要とし、現在これを製作しているのは世界で三菱電機だけだそうだ。
ノードストロームは1901年にシアトルで靴店として創業した歴史ある店の1つであり、現在は米国を代表する企業となっている。高級デパートにふさわしい高価格帯の一流ブランドが販売されており、照明やディスプレーなどを含め、ラグジュアリーな雰囲気が演出されている。また、その接客レベルはさまざまなメディアで紹介されるほど著名であり、都市伝説となっているエピソードも多い。
ただ、日本と同様に「デパート」という業態そのものが成熟期にあるため、同社は多様化する顧客ニーズに対応すべく、「Nordstrom Rack」というアウトレット店を展開している。サンフランシスコのノードストロームはWSC内の通常店とアウトレット店が隣接(通りを隔てたすぐ隣)しているところがユニークだ。訪れた日は平日だったが、アウトレット店の方がにぎわっていた。
広がるオーガニック志向
米国の食品スーパーマーケット事情
次に、大手食品スーパーマーケットの「Whole Foods Market(ホールフーズ・マーケット)」と「Trader Joe’s(トレーダー・ジョーズ)」の店舗を訪問した。
ホールフーズは、オーガニックやグルテンフリーといったヘルシー志向の消費者ニーズに応える品ぞろえや、美しいVMD(ビジュアル・マーチャンダイジング)にこだわった高級スーパーとして有名である。米国の他、カナダ、英国にも店舗を展開している。
創業以来、M&Aによって成長を続けてきた同社だが、2017年にインターネット通販最大手のAmazon.comに買収され、メディアをにぎわせたのも記憶に新しい。
一方、ロサンゼルス発のトレーダー・ジョーズは、全米に約500店舗を展開するグロサリー(食料品や生活雑貨)中心の食品スーパー。ホールフーズと同様、オーガニックやナチュラル食品が中心だが、取扱商品のほぼ全てがPB(プライベートブランド)または独占販売契約商品というのが特徴で、「ここでしか購入できない」という圧倒的な差別化を実現している。
トレーダー・ジョーズで扱っているのはPB商品のため、ホールフーズに比べて価格は安い。特に同店を一躍有名にしたのが、「1本1.99ドル」の格安カリフォルニアワイン(視察時は2.99ドルに値上げされていた)で、今では看板商品となっている。また、同社のオリジナルのリユーザブルバッグ(エコバッグ)は、日本人観光客にも人気である。
未来型レストランが登場
最先端技術を取り入れた飲食施設
スーパーマーケットの他にも、世界中で話題となっている飲食施設を視察した。無人レストランの「eatsa(イーツァ)」と、ロボットコーヒーショップの「CafeX(カフェエックス)」である。
イーツァは、サラダボウル(サラダや雑穀を盛り付けたもの)を中心とした健康志向のファストフードショップ。スマートフォンアプリ、または店内のiPadを使用して注文すると、その横に並ぶたくさんのボックスの中に注文した料理が提供される仕組みだ。頭上のディスプレーに注文した人の名前と、受け取るボックス番号が表示される。裏にある厨房で料理が作られ、店頭にはアドバイザーがいるだけである。精算はデジタル端末で決済するため、現場での現金の管理は不要だ。
またカフェエックスも、基本的なシステムはイーツァと同じである。スマホアプリか店内のタブレットで注文し、ロボットアームがコーヒーを提供する。やはりアドバイザーが1人いるだけの無人店舗となっている。両店とも米国では新しいスタイルの無人飲食店のため、店舗数はまだ少ない。
世界をリードするIT系企業に注目が集まる米国・サンフランシスコだが、伝統的な小売流通業や外食産業においても、さまざまなチャレンジとイノベーションが行われている。米国の流通業界は2017年、成長著しいDtoC※の影響を受け「小売業の崩壊」と呼ばれるほどの大規模閉店が続いた。一方で、グーグルやアマゾン、フェイスブックなどのネット企業が実店舗を相次いで出店するなど、大きな変化が起きている。
このトレンドは、日本にも遅かれ早かれ訪れることは間違いないだろう。無人店舗か、無店舗か。それとも“第三の道”を模索するか。今後の小売り流通戦略について、大いに考えさせられた視察であった。
※Direct to Consumer の略。自社で企画・製造した商品を、店舗を介さず自社EC(電子商取引)サイトで直接販売するビジネスモデル。SPA(製造小売り)のオンライン版で、店舗型小売業の脅威となっている