セイコーエプソングループの一員として、顧客のニーズに合わせたBTO(Build To Order:受注生産)によるカスタマイズ可能なPCを提供するエプソンダイレクト。顧客のニーズが急速に変化する時代に、どのようにして柔軟性と一貫性を両立させているのか。原動力となる組織文化や経営哲学について、代表取締役社長の一杉卓志氏、取締役の平田朋賢氏、庄司哲氏に聞いた。
左からエプソンダイレクト 取締役 平田 朋賢氏、代表取締役社長 一杉 卓志氏、取締役 庄司 哲氏。写真下はエプソンダイレクトが提供する「Endeavor」シリーズ。高性能な製品をより速く、より高品質なサービスとともに提供。国内メーカーならではのサービス力で顧客をサポートしている
環境・DX・共創を現場で体現する
エプソンダイレクトは、1993年の創業以来、「お客様に寄り添って困りごとを解決する」を使命に掲げ、従業員数約180名の精鋭組織で、法人顧客を中心に堅実な成長を続けている。
主にビジネス向けの堅牢で信頼性の高い「Endeavor(エンデバー)」シリーズのデスクトップ・タブレットPCを中心に展開し、オフィスや医療現場、製造業などの特定の業務用途に対応したPCも提供。また、最長7年の長期保守サービスを提供するなど、充実したサポート体制を強みとしている。
エプソンダイレクトが属するセイコーエプソングループは、2025年に向けた長期ビジョン「Epson 25 Renewed」において、重要テーマとして「環境」「DX」「共創」を掲げている。エプソンダイレクトはそこにスピードと顧客視点を加え、中堅企業ならではの機動力とスピードで、市場に新しい価値を生み出している。
「製造業として環境責任を果たし、その基盤にDX(デジタルトランスフォーメーション)を据えて、パートナーとの共創で新たな価値を生み出しています」と、一杉氏は語る。同社は、このグループ理念を「現場で実行する力」として体現している。
グループ全体の環境方針「環境ビジョン2050」で掲げる「カーボンマイナス」と「地下資源消費ゼロ」という2つの目標において、同社は省電力化・長寿命化・再利用を促進し、環境負荷を下げるPC設計を推進。環境への配慮はコストではなく未来への投資と捉え、知恵と技術の両輪で環境価値と事業価値を両立させている。
具体的な製品における取り組みとして、近年では、製品ライフサイクルの延長や再利用にも力を入れている。
「小型化・省電力化・長寿命化はもちろん、動作検証などで短期間使われた製品を当社の工場で再整備したリファービッシュ製品の販売や、使用済みPCの回収・再資源化にも取り組んでいます。例えば、モバイルノート『Endeavor NA610E』は、工具不要でユーザーがバッテリー交換できる設計です。バッテリー交換によってPCを長く使えるようにし、『長寿命=環境貢献』という新しい価値を形にしています」と、庄司氏は語る。
また、環境プロジェクトの立ち上げ方にも独自の工夫がある。
「環境課題に取り組みたいという社員を公募し、部署の垣根を越えてチームを編成しました。自発的に集まったメンバーの推進力は非常に強く、立ち上げ当初の活動を支える原動力になりました」(一杉氏)
「小さな組織だからこそ、『やりたい人がやる』が迅速な推進力になる」。この考え方が、同社の文化として根付いているのだ。
「環境対応のような横断テーマは、推進する上で必ず『組織の壁』に突き当たります。『自分の業務じゃない』という意識をどう崩すか。そこで私たちは、まず身近なところからできる改善を始めました。成果が出た取り組みを共有しながら少しずつ広げていくことで、PDCAが回り始め、今では組織全体が動く実感があります」と、平田氏は語る。
【図表】セイコーエプソングループの長期ビジョン「Epson 25 Renewed」
出所 :セイコーエプソンホームページを基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
スピードと判断力を持つモーターボート型経営
環境対応に続きDXの基盤となるのが、大規模組織にはない機動力と、現場に根差した判断の速さ。中堅企業の強みは、そこにある。
「企業を船に例えると、大企業が大型客船なら、私たち中堅企業は小回りが利くモーターボート。少人数でも同じ目標に向かってかじを切り、責任と裁量を両立させる機動力が大きな強みです」と一杉氏は話す。庄司氏も、現場の動きを通じて実感を語る。
「トラブルがあれば即座に集まり、その場で決めてすぐに動く。全部署が連動して動けるのが強みです」(庄司氏)
意思決定における同社のスピードを支えているのが、自律して考える企業文化である。課長・部長クラスが上の判断を待つのではなく、自分で考え、すぐに行動する。その意思決定の速さがチーム全体の推進力となっている。
同社のスピード感と自律的に考える企業文化は、創業以来受け継がれてきたエプソンダイレクトの「企業DNA」でもある。
行動の指針には、日常的に振り返る「ミッションステートメント8か条」がある。「すぐやる」「困った時は原点に立ち返る」などの行動ルールを定め、そこに中期方針を重ねることで個々の判断がぶれない。小集団だからこそ、「仕組み化された自律心」を醸成できる。
「こうした機動力とDX基盤を活用し、当社はPC事業を通じ、行政や医療といった日本の基盤領域に直接貢献しています。例えば、医療機関で導入が進むマイナンバーカードによるオンライン資格確認端末の制御にも、当社のPCが採用されています。自治体窓口の案内端末や行政サービスの受付端末など、社会の『現場』を支える機器としても採用が進んでいます」(一杉氏)
そして、3つ目の柱である共創について、平田氏は、エプソンダイレクトの現場文化を「共創」と「対応力」という言葉で表す。
「かつて『連携』と呼んだ関係は、今や『共創』へ進化しています。自社だけで完結させず、社会課題の解決に向けて他社やパートナーと協働することに意義があります。また、『対応力』を企業文化の中核に据えています。お客さまの要望に『できません』とは言わない。どうすれば実現できるかを考え、先回りして行動する姿勢を全員が共有しています。これは、中堅企業としての生存戦略でもあります」(平田氏)
続いて庄司氏が語るのは、顧客起点のものづくりだ。
「私たちは、『作りたい製品』ではなく、『お客さまにとって使いやすい製品』を作ることを大事にしています。その象徴が、お客さまの業務要件に合わせて理想的な構成を組める柔軟な提供思想です。業務プロセスや利用環境を丁寧に理解し、1社ごとに適した1台をお届けしています」(庄司氏)
同社の柔軟な生産体制は、コスト効率と顧客満足の両立を支えているのだ。
また、サプライヤーとの共創も進めている。PCは多くの部品を外部ベンダーが担い、自社でくみ上げるという構造で、メーカー単独での品質担保には限界がある。だからこそ、海外委託先との連携は欠かせない存在だ。その協働が、同社ならではの共創のかたちを生み出している。環境への意識を海外委託先に理解してもらうために、経営トップ自らが方針を伝えている。最初は戸惑いを見せたパートナー企業も、今では設計段階から環境配慮を前提とした開発が進んでいるという。
さらに、海外委託先との協働でも品質を落とさない仕組みづくりを徹底。エプソン共通の品質基準を全工程に適用し、海外委託先側にも「エプソン品質」の思想を深く浸透させている。
「海外部品であっても、開発の初期段階から自社の品質基準を共有し、検証プロセスは自社が責任を持って管理しています。その上で、完成品の組み立てと最終検査は国内で丁寧に行うことで、『アセンブルド・イン・ジャパン』として高い信頼性を確立しています」(庄司氏)
同社はこのように、グローバル調達と国内品質の両立を実現した。コスト競争ではなく、信頼で選ばれるPCメーカーとしての立ち位置を確立している。
中堅企業だからこそできる「変わらない進化」
「『変わらないこと』の価値と、進化し続ける技術」。これは、一杉氏が掲げる経営姿勢を象徴する言葉だ。顧客が『変えないでほしい』と望む部分は守り抜き、必要な変化は恐れず取り入れる。その判断基準は常に、「顧客のためになっているか」である。顧客との距離が近いからこそ、現場の変化を敏感に感じ取ることができるのだ。
「テクノロジーの進化は目的ではなく手段。重要なのは、お客さまの業務をどれだけ続けやすく、安心して運用できるようにするか。そのために、必要な変化を見極め、最適なかたちでお届けするのが私たちの役割です。モーターボートのように小回りが利く組織だからこそ、スピードと責任を両立できる。お客さまに非常に近い場所で、社会の変化を先取りして進む。それが私たちの使命です」(一杉氏)
セイコーエプソングループが掲げる3つの柱である環境・DX・共創。その理念を現場で実行し、社会課題の解決に貢献するのがエプソンダイレクトの使命だ。
「お客さまの声を丁寧にくみ取り、柔軟に応える。大量生産・大量販売ではなく、本当に必要とされる製品とサービスを届ける。これが私たちの強みであり、存在意義だと考えています」(一杉氏)
その実践を支えるのが、スピードと顧客視点というエプソンダイレクトならではの推進力である。グループの理念を背に、現場で価値を生み出す「理念の実装者」として、同社はこれからも走り続ける。
エプソンダイレクトは、国内メーカーならではのサービスで顧客をサポートしている
エプソンダイレクト(株)
- 設立 : 1993年
- 代表 : 代表取締役社長 一杉 卓志
- 所在地 : 長野県塩尻市大門八番町1-2
- 従業員数 : 180名(2025年1月)