「社会の課題を解決したい」という思いと「事業として成立させる」という現実。この相反する2つをつなぎ続けてきたのが、日本の社会課題の解決に取り組むエージェントである。ビジネスにソーシャルの文脈を組み込むことで、利益創出と社会貢献を両立する独自の哲学について、代表取締役代表執行役員の四宮浩二氏に聞いた。
エージェント 代表取締役 代表執行役員 四宮 浩二氏
「社会を治す医師」を志した創業の原点
デジタルデバイド(情報格差)、人材不足、社会保障、教育格差、環境エネルギー、地方創生、産業創出など、日本の社会課題を解決する事業の創出・推進に取り組んでいるエージェントのパーパス・ミッション・ビジョン・バリュー(【図表】)は、創業者である四宮浩二氏の考えに深く根差している。
【図表】エージェントのパーパス・ミッション・ビジョン・バリュー
出所 : エージェントホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
江戸時代から続く医師の家系に生まれながら、自身は医師の道を選ばなかった四宮氏には、「ご先祖に顔向けできる生き方をしなければならない」という強い使命感があったという。「人を治す医師にはならなかったが、社会を治す医師になろう」。この志こそが、同社の起業家精神の原点である。
大学在学中、社会問題の解決に取り組む学生団体で活動していた四宮氏は、2001年の米国同時多発テロ事件を目の当たりにし、「教育こそが根本的な問題ではないか」という結論に行き着いた。生まれた時から敵対的な教育を受ければ、そうした人間に育ってしまう。この悪循環への気付きから、イベント収益金をカンボジアの小学校建設に寄贈する活動へと発展させた。
活動を通じて成果を実感する一方、仲間たちが就職活動の時期を迎えると活動が停滞するという現実に直面した。「たとえ良いことであっても、持続性・継続性がなければ意味がない」。この原体験が、同社が掲げるミッション「社会の『困った』を解決する」という方向性を決めた。
その後、四宮氏は人材系ベンチャーでのインターンを経て、ソフトバンクのヤフーBBプロモーションイベント企画を立案。しかし、イベントは直前に中止となり、「大人の事情に振り回されるのは嫌だ」という思いから、学生団体の先輩と2002年に共同で起業した。半年後に独立し、2004年にエージェントを設立。設立日は、札幌農学校(現北海道大学)の初代教頭であるウィリアム・スミス・クラーク博士が、「Boys, be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」という言葉を残した日にちなんだ。
「社名の『エージェント』には、『誰かを応援する』という意味と、『社会を変える力になる』という2つの意味を込めています。設立地を東京都渋谷区としたのは、渋谷がアジアの中心地になるという確信があったからです」(四宮氏)
利益と社会貢献を両立する独自のフレーム
同社の経営哲学は、「ビジネスのソーシャル化」。社会課題をビジネスで解決しようとするソーシャルビジネスは難易度が高く、収益を得にくい。一方、ビジネスのソーシャル化は、すでに動いている経済活動にソーシャルな要素を加えることで、ステークホルダー全体の価値を高めるアプローチだ。その結果として、企業の優位性と収益が両立する。
その具体例として挙げられるのが、大手飲料メーカーの商品だ。中身も価格も変わらないのに、環境配慮型のボトルに切り替えただけで消費者に選ばれ、売り上げが拡大する。ビジネスにソーシャルな要素を加えたことが、成長のドライバーとなった。
同社は創業期の人材事業でも、同様の成功体験を得ている。販売・会員獲得の現場で、他社派遣スタッフの目標達成率が約2割にとどまる中、同社スタッフは約10割を達成していた。同じ時間給であっても、「社会に出て営業を学ぶキャリアアップの機会」という意味付けと、ランキングや表彰といったゲーム的な仕組みを実装し、モチベーションを引き上げたのだ。若者の就業機会を育てるソーシャルな意義が、他社と比べて3〜4倍のパフォーマンスという圧倒的な競争優位を生み出した。
通信キャリアとのビジネスでも同じ発想を採用した。特定キャリアの代理店に徹するのではなく、紹介ベースの成果報酬モデルのサービスを考案。消費者起点でフラットかつ最適な提案ができる仕組みを構築し、消費者・キャリア・エージェントの「三方よし」のモデルを実現した。
「企業経営は利益追求だけが目的ではないですが、事業をやる以上、利益は不可欠です。この相反する2つをつなげられないかを考え続けてきました」(四宮氏)
TOKYO PRO Marketへの上場
同社は、通信キャリアとの取引拡大を皮切りに、デバイスメーカーや外資系企業の日本市場進出支援、国・自治体へのICTサポートへと事業領域を広げ、全国数千校の小学校にICT支援を提供するまでに成長した。
しかし、その道のりは平坦ではなく、2008年のリーマン・ショック時には倒産の危機に直面し、外部投資家を入れずに独力で乗り超えた経緯がある。社会的影響力のある取引先が増えるにつれ、プライベートカンパニーのままでは限界が見え始めた。取引先からの信頼獲得や入札参加の要件として、パブリックカンパニーとしての体裁が求められる場面が増えていったのだ。
一方で、一般市場への上場には強い懸念があった。「社会課題を解決したいがゆえの事業運営だが、株主からの利益圧力に負けてしまうかもしれない」。そこで同社が2020年に選択したのが、TOKYO PRO Market(東京プロマーケット、以降TPM)への上場である。
「TPM上場は、信頼ある会社であることを示すツール。株主からの利益圧力を避けながら、パブリックカンパニーとしての信用を得るという、一見矛盾した要件を同時に満たす市場です」と四宮氏は語る。
TPMは、東京証券取引所が運営するプロ投資家(特定投資家)向けの株式市場で、2009年に開設された。プライム・スタンダード・グロースといった一般市場が誰でも取引に参加できるのに対し、TPMはプロ投資家のみが参加できる。この設計により、株主数・時価総額・経常利益額などの形式基準が設けられておらず、オーナーシップ(経営支配権)を維持したまま上場できる点が最大の特徴だ。
監査期間も一般市場の2年以上に対し最短1年、上場費用も半分以下の2000万〜4000万円程度と、準備負担は大幅に軽減される。東証上場企業としての信用力を得ながら、取引先評価の向上や採用強化、金融機関との交渉改善といったメリットを享受できる。一方、一般投資家が参加できないため知名度向上の効果は限定的であり、広範な資金調達には向かないという特性もある。
同社は、2018年2月にTPMへの上場準備を開始。しかし、担当J-Adviserの買収という予期せぬ事態で1年の延期を余儀なくされた。それでも2020年に上場を実現した。コロナ禍の真っただ中、上場承認と緊急事態宣言がほぼ同時に下りる状況であったが、「株価変動の影響を受けにくいプロマーケットの特性がある」として上場を進めた。
上場準備で特に困難を極めたのが、経理管理の体制整備である。月次決算が適切に出ていないこと、10近い事業を展開しているため帳票類が適時にそろわないこと、管理部門が全ての事業モデルを理解しコンプライアンス上の抜けや漏れがなく管理する難しさなど、多角経営ならではの課題が積み重なった。SaaS活用による紙・手作業の廃止と業務のデジタル化も優先事項として推進した。
こうした経験を通じて同社が得た最大の教訓は、「ガバナンスへの人員増強や費用投下は、後から対処すれば何十倍ものコストがかかるため、問題が起きる前にやっておくべき」ということである。2023年に社内のコンプライアンス上の事案を経験した実体験から導かれた率直な言葉だ。
「『上場だからガバナンスを整えるのではなく、会社として当たり前にやるべきことをやる』。このスタンスこそが重要だ」と四宮氏は強調する。また、「『なぜ上場するのか』の言語化が不可欠です」と続ける。
「グロース市場でも、『上場しなければよかった』という経営者は少なくありません。上場の目的を自分の言葉で語れることが大前提であり、上場は手段にすぎない。目的の明確化こそが、そもそもの起点です」(四宮氏)
300事業を生み出す仕組みづくり
上場後の変化は社内外の双方に表れた。取引先からは取引額の拡大を打診されるケースが複数生まれ、入札では上場企業区分でのポイント加算というメリットも得た。人材の採用面でも、不透明なビジネス環境の中で求職者からの信頼が高まった。社内では共通目標が生まれ、組織の一体感が増したという。
同社が描く未来像は、「自分たちが変えるのではなく、解決者を増やす」という一点に集約される。その理想モデルは、松下村塾だ。主宰者の吉田松陰がわずか約2年の間に、初代内閣総理大臣の伊藤博文や、明治維新の立役者である高杉晋作を輩出したように、社会を変革できる人材が育つ「場」と「仕組み」をつくることで、社会課題解決の連鎖を生み出す。それが創業から22年、同社の歩みが向かう先である。
今後は、「スタートアップキャンパス」をはじめとした、社会の起業・新規事業開発を推進する事業を通じて、事業開発ファームとしてブランドを確立し、「ソーシャルベンチャープラットフォーム」の構築を目指すという。会社員・個人・自治体を問わず事業開発のノウハウを広く伝える教育の場を展開し、事業開発スタジオ、インキュベーション、中小企業から中堅企業への成長を支援するアライアンスまでをワンストップで提供する。目標は、300事業を生み出す仕組みをつくること。各事業部が小さな社長として独自のパーパス・ミッション・ビジョン・バリューを掲げ、全社員が半年に一度、部門横断で新規事業開発に挑む組織文化がその土台を支えている。
AI時代の到来も、この方向性を力強く後押しする。「どのように」と「何を」をAIが担う時代において、「なぜやるのか」を問い続けられる人材の育成こそが人間の役割だと、同社は確信する。
日本固有の「三方よし」の発想を足元から再評価し、デジタルデバイドや地域創生など日本の課題解決を最優先に据える。「社会を治す医師になる」という創業の志は、解決者を増やす仕組みへと昇華し、同社の挑戦はこれからも続いていく。
(株)エージェント
- 所在地 : 東京都渋谷区道玄坂2-25-12 道玄坂通5F
- 設立 : 2004年
- 代表者 : 代表取締役 代表執行役員 四宮 浩二
- 売上高 : 63億6219万円(2026年1月期)
- 従業員数 : 114名(2026年1月現在)