上場ニーズが高まるTOKYO PRO Market の「真のメリット」は何か ー
TPM全上場企業に「上場目的」開示要請
東京証券取引所は2026年4月3日、TOKYO PRO Market(以降、TPM)の全上場企業に上場目的を開示するよう要請した。年1回以上、上場目的とその実現状況についてTDnet(適時開示情報伝達システム)で開示することを求める。東証はこの7月からウェブサイトで各社の開示書類の一覧掲載を始めるという。
TPM上場企業は新規・既存にかかわらず、「なぜTPMに上場する(した)のか」「どのようにTPMを活用したいのか」などを担当J-Adviserと検討し、それを実現する成長戦略や行動計画などを立て、定期的に状況を評価し開示・更新を行う必要がある。進捗が不十分な場合は、今後の対応方針も併せて開示する。なお、東証では個別の開示内容について審査を行わず、書類の申請なども不要としている。
東証はTPMの上場目的を可視化して周知を進めることで、成長可能性が高い非上場新興企業のニーズを広く取り込み、TPMへの上場を促す。また、上場企業に対しては上場目的の実現に向けた支援を行い、一般市場(東証プライム・スタンダード・グロース市場)への円滑なステップアップにつなげたい考えだ。
具体的な支援策としては、TPM上場後の成長に向けたセミナーの開催、クロスオーバー投資家(非上場企業と上場企業の両方に投資する投資家)との対話イベント、担当J-Adviserによる伴走支援の促進、一般市場への上場審査効率化(TPM上場企業の実績を勘案)などを予定している。
TPMの上場企業数が急増
4年間で約3.5倍に
東証がTPM上場企業へ目的の開示を要請した背景を探る前に、まずTPMの現状を見てみよう。近年、人材確保や与信向上、経営基盤の強化などを目的にTPMへ上場する企業が増加傾向にある。(【図表1】)
【図表1】TOKYO PRO Market上場企業数・時価総額の推移
出所 : 日本取引所グループ「統計月報」の「株式総括表」を基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
TPMはプロ投資家向けの取引市場創設を盛り込んだ金融商品取引法改正(2008年)に基づき、2009年に東証とロンドン証券取引所の共同出資で開設された「TOKYO AIM」が前身。2011年に第1号案件が上場し、2012年に合弁が解消(東証が吸収合併)されて現名称となった。
以降、新規上場は毎年10社前後にとどまり、開設から10年が経過しても上場企業数は50社にも満たなかったが、2022年に大きく増加(21社が上場)した。その後も2023年に32社、24年には過去最高の50社、25年も47社が新規上場し、上場企業数は163社(2025年末時点)と4年間で約3.5倍に達している。
2022年に新規上場が急増したのは、東証が市場区分をプライム、スタンダード、グロースの3市場への再編により上場のハードルが高くなったことが背景にある。特にグロース上場を目指していた一部の企業が、目標市場をTPMに切り替えたケースが増加したとみられている。
また東証は2025年に、グロース市場の上場維持基準を2030年以降に引き上げる見直し案を公表した。これを見越して、上場廃止リスクの回避と経営基盤の強化に向けた“準備期間”として、TPMへの上場に方針転換する企業の増加が想定されており、TPMの上場企業数は今後も堅調に増加を続けると見込まれている。
なお、2024年12月に福岡証券取引所がTPMと同様のプロ投資家向け株式市場「Fukuoka PRO Market(FPM)」を創設したほか、札幌証券取引所も2026年6月に「Sapporo PRO Frontier Market(SPFM)」の開設を予定するなど、一般市場へのステップアップを目指す企業を取り込む動きが広がりを見せている。
上場目的の開示要請はグロース上場企業にも
TPMへのIPO(新規株式公開)が活況を見せていることからも、スタートアップや中小企業の間でTPMの活用ニーズが高まっていることがうかがえる。東証の「TOKYO PRO Marketの今後の方向性」(2026年4月3日公表)によると、TPMを非上場と一般市場の間の多様な活用ニーズに対応する市場と位置付け、具体的な活用ニーズとして次の5点が挙げられている。
❶ 知名度や信用力向上の効果を生かし、企業規模・業績を拡大したい
❷ 社内体制の整備に向けた段階的なステップとして活用したい
❸ プロ投資家から成長資金を獲得する場として活用したい
❹ 既存株主(役職員を含む)に売却機会を提供し、新たな株主を迎え入れたい
❺M&A・資本提携の相手となる他の事業会社を探したい
これらのニーズをTPM上場企業が実現するためには、取引所や機関投資家だけでなく、金融機関、監査法人、証券会社、J-Adviserなど市場関係者の支援を得るとともに、連携を図る必要がある。そのためTPM上場企業にIPOの目的(実現したいこと)の明確化を働き掛け、その協力者との接点づくりに役立たせようというのが東証の狙いである。
実は東証が上場企業にIPOの目的の開示を求めたのは、TPMが最初ではない。2024年6月、東証はグロース市場でも同様の要請を行っている。グロース市場への新規上場時に、上場後の成長戦略においてIPOをどのように活用しようとしているのか、その目的を開示するよう求めるとともに、上場後もその目的が実現できているかを踏まえた事業計画の進捗状況について、投資家へ積極的に情報発信を行うよう要請した。
この開示要請の理由について、東証は「投資家の方々から『日本のスタートアップ経営者はIPOの目的を意識していない』という声が多く寄せられた」ことを踏まえたと説明している(IPO連携会議・引受証券会社のIPO責任者との意見交換「会議資料」、2025年4月8日公表)。つまりグロース市場の上場企業は、保有株の売却益による創業者利潤の獲得やベンチャーキャピタルによる投資回収など、IPO自体が目的化(いわゆる「上場ゴール」)しているケースが多いということである。
東証は“IPOの目的”について、「一般的な上場メリット(資金調達、知名度・信用度の向上、人材の確保)を掲げるだけでは不十分であり、『なぜこの時期に上場することが企業の成長のために必要と考えたのか』を各社の成長戦略や事業ステージにひもづけて具体的に説明すること」が望ましいと指摘する。
グロース市場上場はTPMの「出口」だが…
一般的に、TPMはグロース市場上場の登竜門と認識されている。中堅企業を目指す創業間もないスタートアップや中小企業が、TPMの上場プロセスを経てガバナンスの整備や信用力を獲得していく。いわば一般市場へのIPOに向けた予行演習、プライム上場の成長基盤を構築するための助走の場でもある。
そしてTPMの出口といえるグロース市場は、中堅企業の“予備軍”がより高みを目指して積極果敢にチャレンジしていくための市場区分だ。安定感と実績値は物足りなくても、将来の伸びしろのある新興企業が上場する。そのため投資家から、プライム・スタンダード市場の上場企業を上回る成長率と成長スピードが期待されている。
ところが現実のグロース市場は、初値(上場初日の株価)が公開価格(売り出し価格)を下回る「公募割れ」の企業や、初値をピークに以降の株価が伸び悩む「初値天井」の企業が続出するなど全体的に低迷が目立つ。【図表2】は、東証が現行の市場区分に再編した2022年4月を起点とした、日米の主な株価指数の推移を示したものである。プライム市場や米新興企業を対象としたナスダック市場などは軒並み右肩上がりで上昇しているが、対照的にグロース市場は低空飛行が続いている。
【図表2】日米主要株価指数の推移(2022年4月=100)
出所 : 日本取引所グループ「統計月報」の「株式総括表」およびヤフーファイナンスを基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
東証の資料(「グロース市場における今後の対応」、2025年2月18日公表)によると、2004年7月~2024年末までにグロース市場(旧マザーズ市場を含む)へ上場した企業のうち、新規上場時から時価総額が10倍以上に成長した企業はわずか5%に過ぎず、半数近く(45%)は1倍以下にとどまっている。
株価は投資家による企業の「通信簿」といわれる。つまり、日本のグロース市場の低迷は、裏を返せばスタートアップや中堅企業予備軍に対するマーケットの評価や期待がそれだけ低いという表れでもある。
グロース市場の「小粒上場」が日本のユニコーンを減らす
この背景には、実力不足のまま上場に踏み切る「小粒上場」(低い時価総額での上場)の弊害が指摘されている。保有株式の換金や売却による出資金回収を急ぐ創業者・ベンチャーキャピタルからのIPO圧力が強いと、経営基盤や成長力がぜい弱にもかかわらず早期の上場に踏み切らざるを得なくなる。結果的に事業規模が小さいまま上場し、株価が低迷して機関投資家の投資対象から外れ、新株発行による資金調達もままならなくなっている。
こうした小粒上場は、日本経済の活力を奪うことにもつながっている。具体的には、日本から「ユニコーン企業」(時価総額10億ドル超の非上場企業)が生まれにくい原因になっている。米調査会社のCBインサイツによると、世界のユニコーン企業は2026年4月13日時点で1359社が存在しているが、そのうち日本企業は6社にとどまる。米国(775社)や中国(156社)に大きく水をあけられ、韓国(15社)にも2倍以上の差を付けられている(【図表3】)。日本の有望な非上場企業は実力をつける前に上場してしまうため、ユニコーン企業がいっこうに増えない。強力なユニコーン企業が育たないため、将来性や成長力の高い新規上場企業が現れないという悪循環に陥っているのが日本の株式市場の現状である。
【図表3】国・地域別のユニコーン企業数(2026年4月13日時点)
出所 : CB Insightsサイトよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
結果的に、グロース市場がスタンダード市場やプライム市場の将来の成長力を奪う取引市場になっている。そこで東証は2025年4月、グロース市場のIPOの大型化を目指して従来の「上場して10年経過後の時価総額が40億円以上」から、「上場して5年経過後の時価総額が100億円以上」へ引き上げる方針だ(2030年3月1日以降に適用予定)。
J-Adviserのフル活用が国内IPO活性化のカギに
上場時のキャピタルゲイン(保有資産の売買差益)やステータス(上場企業の社会的信用)の獲得のみを目的とし、株式公開後の成長投資や成長意欲が乏しい「上場ゴール」を減らすことが日本のIPOマーケットの課題である。そのため創業者やPEファンド(非公開株式投資)運営会社の持ち分を証券会社や取引所などを介して第三者へ売却し、IPOを急がせない株主への入れ替えを進めるセカンダリー取引(非上場株式の売買)の活用が注目されている。ただスタートアップやベンチャー起業家が中心で、一般的な非上場企業の取引はまだ限定的なようである。
むしろ株主構成よりも重要なのは、事業面においてIPO後の持続的成長をどう担保するかだ。そこでスタートアップや中小企業がIPOを通じて中堅企業へとステップアップする上で、有効な戦略オプションとして期待を集めているのがTPMなのである。
前述したように近年、TPMの新規上場数が大きく伸びているのは、東証によるグロース市場の上場維持基準の引き上げを見据え、まずは上場基準が緩やかなTPMに上場し、じっくりと成長の土台作りを行い、持続的成長の地力をつけようと考える企業が増加している証左でもある。
折しも昨今はIPOを目指す企業が増えている。東京商工リサーチの調べによると、IPOの予定や意向のある会社が全国で2667社に上り、前回の調査結果(2022年3月=1857社)から約1.4倍に増加した。日経平均株価が2025年3月の3万円台から、2026年4月27日時点で6万円を突破するなど、国内株式市場が活況を呈していることも背景にある。
IPOを視野に入れる企業は、経営基盤の強化に向けてJ-Adviserをフル活用すべきだ。J-Adviserは上場希望企業と契約し、上場前の適格性の審査や上場後の適時開示の助言・指導、上場維持要件のモニタリングなど一貫して担う認定専門機関。上場に際しての審査機関という視点で捉えられがちだが、上場までフォローしてもらうだけでなく、上場後にも伴走してもらい有用なサポートやアドバイスを受けることが重要だ。そのため、経営ノウハウにも長じたJ-Adviserを選定することが望ましい。
当然その前提には、IPOを通じて自社が成し遂げたい志(上場の目的)を確立することが欠かせない。何のために、誰のために自社は上場を目指すのか。上場によってどのような夢をかなえたいのか。自己実現に向けて新たな支援者を募るための株式公開、「動機善なりや、私心なかりしか」(京セラ創業者・稲盛和夫氏)の精神が求められよう。