創業100周年の節目に新社長が就任し、「次なる100年」に向けた自社の未来像を言語化するブランドビジョンの策定から、挑戦を始動した。
ブランドビジョンのキービジュアル。リニューアルしたウェブサイトにも用いられている
「自社の在り方」を見いだし価値創出
累計来場者数が2500万人を超えて終幕したEXPO2025(大阪・関西万博)。フィナーレを飾る最終週、ミライ人間洗濯機やiPS細胞の展示で人気を博した「大阪ヘルスケアパビリオン」において、有光工業は農業における課題の解決を目的とした製品を展示した。代表取締役社長である有光大幸氏は、次のように振り返る。
「『ヘルシースマイル アグリカルチャー』と題して、人にも環境にも優しい持続可能な未来の農業の姿を実現する自社製品群を、期間限定展示ゾーン※1で紹介しました。自動化・AI技術で農作業の効率化と環境負荷を軽減化し、圃場にいなくても薬剤散布ができる、未来の農業の在り方を世界に届ける格好の機会になりました」(有光氏)
興味を持った来場者にもっと自社を知ってもらうには、コーポレートサイトが重要なタッチポイントになる。しかし、かつての自社ウェブサイトでは伝えきれない状況だった。そこで、サイトリニューアルを検討したのが同社のブランディングの始まりだった。
同社のビジネスモデルは、プランジャポンプ※2のコア技術を強みに、1000社超の販売代理店を経由してエンドユーザーの顧客に納入するBtoBtoBだ。自社サイトにアクセスし閲覧するのは、既存の取引先が中心だった。まずは顧客からの問い合わせに対して、より充実した回答・応対を可能にし、同時にリクルーティングを含めて自社の姿をしっかりと発信できる体制を整備しようと、変革への挑戦を開始した。
「発信する情報の質・量を向上させ、『有光工業』を知らない人に対して知名度、認知度を高められるか。万博出展期間をタイムリミットに、サイト構築支援サービスを提供している企業数社へ相談しました。その中で『情報発信の出口だけでなく、戦略としてブランディングの軸となるビジョンを決め、一貫性ある推進体制を整えていきましょう』との提案をくれたのが、タナベコンサルティングでした。
ただ美しく見えるサイトをつくるよりも、他社比較やサーベイなど事前調査をして「自社の在り方」を打ち出すことの方が重要ですし、早く軸を固めれば、製品カタログやSNSによる発信など、ブランド基盤をつくる活動にも一貫したメッセージを発信できる。未来を見据えれば、十分に意味のある投資になるため、たとえ投資が増えても決して高くはないと気づいたことが決め手となりました」(有光氏)
サイトリニューアルだけを行うのではなく、未来を開くブランディング推進のスタートラインに立とうと、有光氏はあえて積極投資を決断したのである。
※1 「身近な課題や世界のお困りごとを大阪の町工場が解決します!」をテーマに大阪商工会議所などが公募した期間限定出展
※2 ピストン状の部品を往復させることで、液体を吸引・吐出する仕組み
ブランドビジョン策定をメンバーに委ねる
サイトリニューアルに向け、同社は2025年4月にブランディングプロジェクト(PJ)をキックオフ。PJチームは未来志向を重視して30歳代のメンバーを中心に編成し、各部署から10名が参画した。
PJでは、まずブランドビジョン構築に着手。ブランディング戦略サーベイを実施し、自社の強みや魅力など、市場・競合・ユーザーから見た自社像を分析した。そのほか、社員を対象に自社への愛着や熱量を調査・可視化する「エンゲージメントカルテ」を作成した。
「当社は業界内では知名度が高い一方で、限られた世界から一歩外に出たら知らない人の方が多いという状況でした。また、販売代理店や協力会社には『安定し、信頼できる』と思っていただけている半面、『提案や先進・革新的な取り組みが少ない』とも映っていました。
当社の製品は農業・産業機械など業務用ばかりですし、非常にニッチです。想定はしていましたが、『もっと顧客に提案できていると思っていたのに……』という驚きも、社員にはあったようです。
事前に調査し、データに基づく分析結果を目の当たりにして『こう在りたい』という自社像と実状とのギャップに気付きました。だからこそ、何をどう発信すべきかの方向性や、培った実績や強みをどのように表現するかを見据えて、社員自ら考え、行動することにつながりました」(有光氏)
ギャップの実感からディスカッションを重ねて紡ぎ出したブランドビジョンは「私たちは、次代に挑む動力となる。」だった。PJチームから発表・説明を受けた時、有光氏は「次代に挑む」という言葉に、100年企業の歴史と実績を土台として、さらに自社変革を遂げ未来に向けて挑戦するイメージが詰まっていると感じたという。
「とても良い表現だなと思いました。『動力となる』という言葉も、『未来を動かす動力』を意味すると知って、『なるほど、ええやん!』と。機械的な自社製品に加えて顧客を、さらには社員も、全てを動かす動力なのです。『言われたからやります』といった指示待ち・実行型では、事業も組織も良くなりません。『主体的に動けるようになろう』と社員に伝え続けてきた私の思いもくみ取ってくれたように感じて、うれしかったです」
そう話す有光氏は、社長就任前から、サイトリニューアルの必要性を発信し、自ら旗を振って若手社員に呼びかけ、検討チームを立ち上げていた。しかし、今回のブランディングPJにはあえて直接的に関与せず、PJリーダーと対話しながら状況報告や相談を受けるだけにした。
「社員を尊重するため、極力任せようというもくろみがありました。そのため、経営理念以外は全て変えても良いと最初に伝えました。あれもこれも変えられないようでは、自由闊達に議論できません。また、もし私が参加していたら何か言わずにはいられなかったでしょうし、部門長だけを集めたPJでは、これほど良いビジョンは生まれなかったでしょう。
誰もが話しやすいタイプのリーダーを据え、メンバーに若手を選んだことが奏功しました。ブランドビジョンは、社員が主体的に考え、メンバーがしっくりくる言葉の組み合わせに落とし込めたことに価値があります。PJが進む中で、主体性がどんどん生まれてメンバーの意識が高まったことが、社内では最も大きな成果になったと感じています」(有光氏)
PJのプロセスそのものが、意味のあるブランディングになったということだ。与えられるのではなく自らの手で決めたビジョンは、思いを込めて自分たちの言葉で、職場の仲間である社員に伝えることができる。また、幅広く社内の各部署から代表メンバーが集まることで、対話と伝達のコミュニケーションが生まれ、活性化にもつながった。
これまでは部署間の垣根を越える全社PJの機会は少なく、また、実施しても開発系、工場系などといった機能別のPJが中心だった。有光氏は常務・生産本部長を務めた時、異なる場所にあった開発部門と技術部門を同じ奈良工場に配置し、一体・連動化しやすい環境づくりを推進していた。
「組織全体としてのバランスを維持しつつ、セクショナリズムをなくして融合できるようにしたいという思いがありました。
仕事はみんながつながって、それぞれに影響を及ぼしながらするものです。互いのことを分かって、他の人がうまくできるように自分が改善し融合することで、みんなが同じ方向へ進みながら、それぞれに強みを発揮していけますから」(有光氏)
有光工業は、「夢、夢、夢を追う そして、実現 そして、楽しく」を経営理念に掲げている
多くのシリーズをそろえた高圧ポンプで、さまざまな用途に対応する
「つくって終わり」にせず、次のフェーズへ
ブランドビジョンの策定後、PJチームはキービジュアルなど「魅せ方」のデザインを検討。万博会場での展示開始前である2025年10月3日に、サイトリニューアルを果たした。
ブランドビジョンと未来への方向性を一致させ、どう発展させるか。プロジェクトは引き続き、ブランドターゲットの絞り込みやカスタマージャーニーの設計など、ブランド戦略の構築や、その実行推進・検証・改善・最適化へと、歩みを進める途上にある。
「リニューアルして、ようやくスタートラインに立つことができました。ここから、サイトやSNSを組み合わせるウェブマーケティングの展開につなげ、データ活用やそのための社内の仕組みづくりなど、新たなフェーズが始まります。
まずは、ブランドビジョンが主体的に行動する指針や行動規範になって、社員みんながもっと挑戦してくれることが重要です。私たちが行動を起こし動力になることで、顧客や業界が未来に向かってより力強く貢献する機運が高まるでしょう。そうして、動力になることの積み重ねによって、じわじわと当社のブランドが浸透できるのではないかとイメージしています。押し付けるものではなく、感じ取っていただくのが、ブランドですから」(有光氏)
ビジョンを「つくって終わり」にはならないよう、インナーブランディングにも注力していくという。フィロソフィーブックを作成し、定期的に社内勉強会などを開催。社内において自社の価値を浸透・定着させることが具体的な挑戦や行動になり、社外へ伝わっていく。そんな明確なビジョンに基づいて、絶えず進化し続けるブランディングを目指す。
有光氏は、社長に就任した時に「100年続いた基盤があるのは良いこと。でも、次の100年に向かって自らどんどん変わってこそ成長できる。他社以上に変わり、まねのできない価値を創り出し、しっかりと伝えることを目指そう」と、社員に発信した。そのメッセージは今、ブランディング推進によってリアルな近未来として実現されようとしている。
有光工業 代表取締役社長 有光 大幸氏
有光工業(株)
- 所在地 : 大阪府大阪市東成区深江北1-3-7
- 創業 : 1923年
- 代表者 : 代表取締役社長 有光 大幸