あらゆる立場の社員がブランドを象徴する経営理念を自分事として捉え、自分の言葉で語れるよう、インナーブランディングに取り組んでいる。
日本全薬工業は、動物用医薬品業界のリーディングカンパニーとして、動物にとっての健やかな環境と、一人一人の心安らぐ豊かな暮らしを支えていくことを約束している経営理念を体現するブランドロードマップを策定
日本全薬工業(以降、ゼノアック)は、代表取締役社長である福井寿一氏の祖父・貞一氏が終戦直後の1946年に設立した。研究開発から製造・販売まで自社一貫体制で、ウシ・ブタ・ニワトリなどの産業動物やイヌ・ネコなどの小動物のQOL(生活の質)に寄与する動物用の医薬品・飼料添加物・医療機器を提供している。近年は海外展開を視野に入れた取り組みも本格化しており、福島から世界へ、人と動物の幸せの輪を広げていこうと、ブランディングを強化している。
「産業動物は私たち人間の血や肉のもととなり、健康な体を育んでくれます。また、イヌやネコは今や家族として、飼い主の大きな心の支えとなっています。つまり、人々の幸せにとって、動物はなくてはならない存在なのです。ゼノアックは、動物が育てられる過程に着目し、動物の幸せに寄与できる製品・サービスを提供していきたい。それが企業としての責任であると考えています」
そう語るのは、シニアコーポレートブランドマネージャーとして、「ブランドロードマップ」の実現を推進する小川雅史氏だ。
同社は、2021年に10カ年の長期ビジョンを策定するとともに、「私たちは、動物の価値を高め、つながる全ての人々の幸福に貢献します。」という新しい経営理念を制定した。
また、その実現に向けて「感謝と真心」「先取の精神」「境界なき共創」「治生産業順正法(じしょうさんごうしょうぼうにじゅんず)※1」という4つの基本原則を明文化。さらには、社会や顧客に対する約束として「動物がもたらす恵みを世界の人々と分かち合うために。」という一文で始まるゼアノック・プロミスを策定。そのほか8つの行動指針を挙げて理念を体系化した。ブランドロードマップは、経営理念体系を体現する具体的な施策をまとめたものだ。
「『幸福』という言葉は、当社の代表取締役社長・福井寿一が最も重きを置いているキーワードです。根底には、創業以来79年間、3代にわたって1人もリストラすることなく社員を大切にしてきた創業家のマインドが流れていると思います。だからこそ、幸福とはどのようなものなのか、私たち社員一人一人が日々の活動を通してしっかりと体現していけるよう、2030年までに取り組むべきことを逆算し、ブランドロードマップに落とし込んでいきました」(小川氏)
※1 「法令の順守にとどまらず、人間として正しい行動が大切である」という意味
経営理念深耕セッションで社長の熱が伝播
ロードマップ策定に当たっては、10カ年を3年(フェーズ1)・3年(フェーズ2)・4年(フェーズ3)に区切った。
「フェーズごとに『絶対に越えるべき壁は何か』を意識しました。当初、ブランディング担当は私1人だったので、外部パートナーの協力も得ながら、現場を動かしている各部署長に意義を理解してもらえるよう、そもそもブランドとは何か、ブランディングの活動が自社にどのようなメリットをもたらすのかを、かみ砕いて語っていきました」(小川氏)
特に強く訴えたポイントは、ブランディングを行えば自社の存在価値をステークホルダーにきちんと示せるようになるという点だ。
「本当は広く伝えるべきなのに、自社内で当たり前になりすぎて、言葉にできていないことがあると思います。例えば、ゼノアックで働く社員は皆、動物を人と同じ『生命』として、心から大切に考えています。その根本的な価値観を、日々の実務を通して、どのように体現しようとしているのか。そこを言葉でしっかりと社外へ伝えていかなければ、社会的な存在意義を果たしきれていないと思うのです」(小川氏)
小川氏は、大切にしたい価値観を体現して社内外の人たちと共有していくために、極めて重要な取り組みが「言語化」だと強調する。
フェーズ1(2021〜2023年)では、経営理念や行動指針について理解を深めるブランドガイドブックや社長による教育動画を作成した。さらに、取締役から全部署長、全チームリーダー(119名)までを対象に「経営理念深耕セッション」をスタート。各回2〜3時間、全16回かけて、経営理念や自社の未来をじっくりと語り合った。特筆すべきは、全ての回に社長が参加したことだ。
「言語化は、とても難しいものです。しかし、実際に言語化してみなければ、『自己解釈』は生まれません。だからこそ、ゼノアックのブランディング活動では、自分事として語ることを重視しているのです」(小川氏)
フェーズ2(2024〜2026年)に移行した2024年度からは、現場の社員も含めた部署単位で経営理念の理解を深めるための深耕セッションに進化。第1弾として、生産部の約140名を各20名程度のグループに分け、それぞれ2時間の対面セッションを実施した。
「生産部のメンバーは工場勤務のため、お客さまとの接点がありません。そのため、日々繰り返している生産作業の価値を見失いがちになるという課題がありました。
そこで、当日は普段の作業着ではなく、社長も含めて全員が私服で集い、車座になってセッションを行いました。『生産部の皆さんがいるからこそ、お客さまの手元に製品が届くのです』という社長の言葉に触発されて、メンバーからもさまざまな思いが引き出され、事後アンケートでは『自分たちの仕事が自社の基軸だと再認識できた』など、ポジティブな声がたくさん寄せられました」(小川氏)
こうした取り組みの成果は、複数のサーベイで社員がどのくらい幸せを実感して働いているかを調査し、総合的な分析によって算出した「幸福度」で数値化している。生産部で深耕セッションを開催した翌年の2025年には、全てのサーベイで幸福度が向上したという。
「第1弾は、外部プロコーチの力を借りて設計しました。社内の人間がいきなりファシリテーターを務めるのは、かなり難易度が高いからです。事前の社内ヒアリングも入念に行い、どういう流れで対話を進めていけばラポール(相手と心を通わせることで生まれる信頼関係)を形成できるか、細部まで配慮し、心理的安全性の高い対話の場をデザインしました」(小川氏)
2025年11月に実施する第2弾では、コーチングのスキルを持つ小川氏がファシリテーターを務め、営業部を対象にセッションを行う予定だという(2025年10月現在)。
日本全薬工業 経営企画部 シニアコーポレートブランドマネージャー 小川 雅史氏
社内報や褒賞制度を対話のツールに
抽象度の高い経営理念を自分なりに咀嚼して、自分の言葉で語る。一朝一夕にはできない言語化の活動を支えている基盤の1つは、1965年から60年間、途切れることなく発行している「社内報」だ。同社の歴史を学べるレガシーとして社内報を重視しており、2024年に電子アプリ化、2025年にはSharePoint版へとリニューアルを行い、リアルタイムに情報を配信している。
「総務部の専任スタッフ1名が撮影・取材・執筆・編集の全てを担当しています。社内報を読むと、社長のスタンス、他部署の動き、多様な社員の素顔が伝わってきます。ラポール(信頼関係や共感)の形成やロイヤルティーの向上に一定の効果を上げていると思います」(小川氏)
特に反響が大きいのは、やはり社長の言葉だという。
「動物の瞳を象徴するロゴマークに添えた『Gazing at the future』というタグライン(普遍的な価値や理念を表現した短いフレーズ)も、社長が言葉を厳選し、推敲を重ねて決定したフレーズです」と小川氏は話す。
「Gazing at」とは、「好奇心をもってキラキラした瞳で見つめる」という意味を持つ。そのようなまなざしを持って新しいことに挑戦していこうと、社内褒賞制度「GAZING AWARD」も新設した。GAZING AWARDでは、行動指針のうち1つをテーマに選び、部署ごとに結成したチームで革新的な研究開発やアイデアを発表する。試行的に開催された2022年度は、「先取の精神」をテーマに、実験動物のリホーミング(実験に貢献した動物が余生を過ごせるよう引き取り先を見つけること)を実現しようと挑戦する臨床開発センターのチームが最優秀賞を受賞した。
「臨床開発センターも、生産部と同様、社外との接点はほとんどありません。今回受賞したリホーミングの活動は、社外とのつながりを創出できる可能性を秘めている点が高く評価されました。日本国内では法整備が進んでおらず、現在は、まず会社全体の理解が得られるよう、国内外のガイドラインを参照しながら自社基準の制定に向けて検討を重ねています」(小川氏)
2025年にスタートしたGAZING AWARDが、「動物と人の幸福に貢献したい」という社員の思いを体現するインナーブランディングの場として機能し、そこで得られる社内からの共感が、社外に向けて発信していくアウターブランディングの原動力となることが期待されている。
「今後は、組織体制を整えて広報・PRにも注力していきます。また、各部署のタッチポイントに適したブランディング活動を展開できるよう、エバンジェリスト※2の育成も必要だと考えています」(小川氏)
ゼノアックが掲げるブランドコンセプトは「伝統と革新の融合によって幸せの輪を広げ続けるAnimal Health Company」。時代を超えて豊かな対話を紡ぎながら、新たな未来を切り開こうとしている。
※2 経営理念を深く理解し、それを自身の言葉で伝えて社内外に浸透させる役割
ゼノアックの社内報。1965年に「しゃくなげ」として創刊、2001年に「Oculus(オクルス)」と改称。現在は SharePoint版にリニューアルし、リアルタイムに情報を配信
日本全薬工業(株)
- 設立 : 1946年
- 代表 : 代表取締役社長 福井 寿一
- 所在地 : 福島県郡山市安積町笹川字平ノ上1-1
- 売上高 : 457億円(連結、2025年3月期)
- 従業員数 : 726名(連結、役員除く、2025年4月現在)