鉄道を中心に交通、運送、不動産、ホテル、レジャー・サービスなど幅広い事業を展開し、100社超で構成する名古屋鉄道グループ。「MEITETSU」の愛称で親しまれる中部圏のリーディングカンパニーは、DXの一環として、業務の課題解決・効率化とより良い働き方の実現のため、生成AI活用を進めている。
名古屋鉄道 DX・マーケティング部 デジタルインフラ担当課長 西村 慎吾氏
レベルを3層に分け生成AI活用を推進
名鉄グループが2024年8月に掲げた「名鉄×WAO!」。「私たちは、信頼の源泉となる『安全』を基盤として、『驚き』から『感動』、そして『憧れ』につながる名鉄グループならではの価値を提供し続けます」という同グループの経営ビジョンを表現したスローガンだ。
このスローガンは、時流に適応するDXで、コロナ禍後の「反転攻勢」から「名鉄ならではの進化」へと変革を遂げる同グループの姿の表れでもある。象徴的なのが、Generative AI Japan主催「生成AI大賞2024」のグランプリ受賞である。「ベーシック」「アドバンスド」「エキスパート」という3層の活用レベルを設けてツール整備と活用支援を実施した生成AI活用プロジェクト(PJ)が評価され、今も進化を続ける。
「グループ社員3万名超のうち、導入済みの共通グループウエア『Google Workspace』のアカウントを持つユーザー約1万3000名が、生成AIを使える環境を整備しています。
ベーシック層はメール返信や議事録作成など、日常の汎用業務に活用しています。アドバンスド層はグループ横断のデジタル人材育成研修としてスタートし、もう少し踏み込んだ業務課題の解決へ高度に活用する研修を実施しています。エキスパート層は、独自開発で業務そのものを変えていく名鉄ならではの活用です」
そう説明するのは、DXや生成AIの導入・活用をリードしてきた、名古屋鉄道DX・マーケティング部デジタルインフラ担当課長の西村慎吾氏である。
同PJは、部門・職階別のメンバー選定ではなく、「業務に生成AIを活用したい希望者を募り、使い方で分けるイメージ」(西村氏)で推進。アドバンスド層では、グループ全体から5社10名を募集して3カ月研修を実施し、生成AIを活用することで個々の業務課題を解決へと導いている。
「生成AIを『相談役』としたアドバンスド層のメンバーが、ノーコードの業務ソフトウエアを使って非効率だった紙台帳の管理をシステム化しました。
また、レストラン系グループ企業のアドバンスド層メンバーは、食材や使用量などを入力すればすぐにメニュー調書が作成できる業務ツールをつくりました。新メニュー開発の際、散在する情報をまとめ、必要項目を入力するという課題を解決でき、やるべき仕事に注力できる環境になりました」(西村氏)
エキスパート層メンバーは、駅構内などの落とし物を登録する「遺失物管理システム」に生成AIを活用。従来は該当項目に社員が情報を手入力していたが、撮影した忘れ物の画像から色や特徴などを自動で分類できるようにし、20~30秒かかっていた入力時間を最短5秒へと大幅に削減した。
「機械学習データを貯めるのに1年以上かかる見通しでしたが、データ学習済みの生成AIで試してみたら、驚くほど簡単に、高い精度の結果が返ってきました。画像を撮って、AIが判断し、回答する。さらに、システム改修においても数カ月程度で実装できました。
世間で問題となっている人手不足をどう解決していくのか、名鉄グループも同様に大きな課題感を抱いています。業務の効率化・プロセス変革の一つの解として生成AI活用を進めています」(西村氏)
生成AIの共通基盤を自社開発
2024年にキックオフしたPJは現在進行形だ。PJに先立って、同社は生成AI活用ルール「ガイドライン」を2023年5月に策定。同年7月から2024年3月までの9カ月間、ChatGPTのSaaS型生成AIツールで検証トライアルを実施した。
「ChatGPTの登場直後に、生成AIが業務にどう使えるのか、検証を始めました」と西村氏。グループ全体から最終的に約400名が参加した検証トライアルは、リアルタイムに共有するチャットルームや利用実績シートの入力により、当初1カ月間に200時間、終了時には累計1200時間の業務削減効果が可視化され、参加者の98%が「今後も使いたい」と肯定的に回答した。
「生成AIって便利」という社員の実感と手応えを得て、生成AI活用PJを始動した名鉄グループは、併行して、グループウエアのチャット機能に連携する生成AIのグループ共通基盤を自社開発。ツール展開とともに毎月「プロンプトはこんなふうに使える」と紹介するウェビナーを開催するなど、サポートの充実を図っていった。
「SaaS型はユーザー数が増えるとコスト面で厳しくなります。そこで、慣れ親しんだグループウエアのUIで、誰もが使いやすいことを重視して自社開発しました。また現時点ではグループウエアに生成AI「Gemini(ジェミニ)」が標準搭載され、今は画像もつくれるなど機能が拡大しています。
アドバンスド層には役職や年齢の制限を設けず、『業務に精通する人』を募集します。私を含めデジタル部門の人材は、他部門の業務知識が限定的で、スピード感ある課題解決は難しい。でも、業務課題を自覚する人がデジタルや生成AIの知見を持つと、解決スピードがどんどん加速していきます」(西村氏)
2025年11月時点で生成AIのアクティブユーザーは月間約7000名に達し、アカウントを持つグループ社員の50%超を占める。
だが、当初は「使い始めの壁」に直面し、3層に共通する課題に気づかされたという。
「自分に刺さらないと便利なツールでも使わない、というのは、どの層も同じでした。『こんな使い方がとても良いですよ』というアプローチで発信しても、なかなか響かなかったのです。
どうすれば響き、刺さるのか。知識の有無よりも、自分が抱えている業務の課題を解決していく意欲があって、その手段の1つとして生成AIを『自分事』として取り入れる。そして小さな成功を体験することが、次もやってみようという気持ちにつながっていきます」(西村氏)
できるか、できないかよりも、どう使いたいかが入り口になるということだ。
2024年4月には、サポート強化のため情報共有ポータルサイトを開設して活用事例を発信し、グループ社員に公開。社員が自由に意見を語り合うチャットスペースでは、新機能の便利な使い方についての検討が自発的に進んでいる。今後は事例公開も予定しており、業務別に「こんな課題があって解決しました。どうやって?」と、より心に刺さりやすい構成へとアップデートをしていく予定である。
生成AIさながらにグループ社員の「相談役」を担う西村氏は、活用支援の要諦を次のように話す。
「生成AIのガイドラインは『あれはダメ、これもダメ』と規制面を強調しがちですが、社外に情報が出ないこと、著作権を侵害しないことなど、守るべきことを守りながら活用を進めていくというガイドラインにしています。後は『生成AIに100%の正解はなく、嘘をつきますよ』と注意喚起し、他のAIツールも会社に申請して許可を取れば使えるように運用しています」
AI活用を促進するための社内ポータルサイト。
ツールの使い方や活用事例などの情報を掲載している
活用を止めないためには上司の理解が重要
検証トライアルやPJも「逆転の発想」で進めた。DXはシステム部門など特定部署で検証した後に全社展開する事例も多いが、あえて立候補式でグループ全体からメンバーを募った。「選択肢のない押し付けにならず、意欲ある人の機会も奪わない。その方がスムーズに使われ、水平展開しやすい」と考えたからだ。狙いは的中し、中堅・中小企業が多いグループ企業におけるデジタル・AI活用人材の育成にも結び付いている。
アドバンスド層が「研修を終えて、終わり」にならず、職場の伝道師的な存在になるように工夫も凝らす。参加メンバーの上司を対象に、活用サポートの理解を深める1日研修の実施も、その1つである。グループ内で進捗格差が生じる背景に、上司の認識の影響があったからだ。
「業務課題の解決にAIなどを活用したい意欲があっても、『今は困ってないからいらないよ』と上司が言えば、やらない理由になります。横にも縦にも広がる活用促進には、『良いね! やってみたら』という上司の理解が、かなり重要なのです」(西村氏)
検証フェーズで業務削減効果を可視化した一方で、PJではKPI(重要業績評価指標)を掲げないのにも理由がある。可能性や効果をすでに知る普及フェーズで、明確な効果を求めることは、むしろ足かせになり「手段が目的になるリスク」があるからだ。
また、セキュリティーに関する社内の疑問について、西村氏は次のように話す。
「個人・機密情報データの扱いに関する質問はやはり多いですね。生成AIにどういうリスクがあり、社内で展開しているツールがどんな対策を取って守っているのか。外部から学習されることもなく、安全であることを丁寧に説明しています」
今後も、事務系・現場系を問わず業務効率化や顧客サービス向上に活用度を高め、「遺失物管理システム」はすでに「0秒登録」のスピード化へ検討を進めている。さらに、売り上げにプラスを生み出すマーケティングの強化を目指し、2025年4月にはDX・マーケティング部を発足。「デジタル&AI×マーケティング」の取り組みも始動した。
「One to Oneマーケティングは、データ分析に費用も時間もかかり、データサイエンティストの人材も限られます。そうしたシーンにも生成AIを活用しようと、エキスパート層が開発に挑んでいます。
ただ、ツール導入が目的ではないので、生成AI活用のゴールはあえて定めていません。『名鉄×WAO!』を実現する手段として、適切に役立つシーンを社員一人一人が創り出していくところです」(西村氏)
ゴールを描き出すことで、未来への制約をつくらないアプローチにより、生成AI活用の無限の可能性を引き出す。名鉄グループの実践に学べることは多い。
20~30秒からわずか5秒へと、AI活用で大きな業務削減効果が生まれた「遺失物管理システム」の登録画面。さらに、画像撮影と同時に登録する「0秒登録」も目指す
名古屋鉄道(株)
- 所在地 : 愛知県名古屋市中村区名駅4-8-26
- 創業 : 1894年
- 代表者 : 代表取締役社長 髙﨑 裕樹
- 売上高 : 6907億2000万円(連結、2025年3月期)
- 従業員数 : 3万1013名(連結、2025年3月現在)