•  
経営メソッド 2026.01.17

独自開発した「AI役員」による経営意思決定プロセスの深化 キリンホールディングス

世界的なCSV先進企業を目指すキリンホールディングスは、デジタルによる変革を加速させるために策定した「KIRIN Digital Vision 2035」に基づき、生成AIを独自に開発し、生産性向上と価値創造を図っている。2025年、新たに導入したAI役員「CoreMate(コアメイト)」である。


左から、キリンホールディングス 経営企画部 木村 弥由氏、執行役員 経営企画部 部長 西海枝 毅氏

左から、キリンホールディングス 経営企画部 木村 弥由氏、執行役員 経営企画部 部長 西海枝 毅氏



デジタル推進により生産性向上と価値創造を図る

祖業であるビール事業を軸に日本を代表するビールメーカーとして地位を築き、ヘルスサイエンス・医薬へと事業領域を拡大しているキリングループは、2019年2月に長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」を策定した。


その中で、「CSV(共通価値の創造)先進企業であるためには、デジタルを通じて変革を加速させることが不可欠である」という考えのもと、2025年6月に策定したのが「KIRIN Digital Vision 2035」である。(【図表】)


【図表】キリングループの「KIRIN Digital Vision 2035」

【図表】キリングループの「KIRIN Digital Vision 2035」

出所 : キリンホールディングスホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成


同社は、「人がやらなくていい仕事をゼロにする」という目標を掲げ、積極的にデジタル・AI活用を推進してきた。生成AIの活用をはじめとする同ビジョンの特徴としては、持続的成長を実現するために、社会課題をグループの強みで解決し、経済的価値を創出するCSVを経営の柱に据えている点が挙げられる。


「『KIRIN Digital Vision 2035』では、『デジタルの力で、食・ヘルスサイエンス・医の領域で価値創造の「質」「量」「スピード」を飛躍的に高めキリンが世界のCSV先進企業になっている』というビジョンを示しています。デジタル技術の活用により目指すのが、『生産性向上』と『価値創造』です。


生産性向上においては、デジタルによる業務プロセス改革などを推し進めています。一方、価値創造とは、業務のデジタル化により本来人が担うべき創造的な業務に充てる時間を確保し、価値を生み出す仕事を加速させることを指します。これら2つをビジネスにおける成果の柱とし、食・ヘルスサイエンス・医薬の領域で世界のCSV先進企業となることを目指しています」


同ビジョンについてこのように説明するのは、キリンホールディングス執行役員経営企画部部長の西海枝さいかち毅氏である。


キリングループはこれまで数多くのイノベーションを起こしてきた。例えば、チューハイを幅広い年代層に浸透させ、缶チューハイというジャンルを確立した「氷結」シリーズなどがその代表例である。


今回のビジョン策定には、こうしたイノベーションを生み出す組織風土を、デジタルの力によってさらに深化させる狙いがある。


キリングループは、「KIRIN Digital Vision 2035」を策定する以前から、デジタル活用の取り組みを推進してきた。その一例が、2021年に開設した「DX道場」である。


これは、デジタル活用の基礎からDXを推進できるリーダー層まで、従業員のレベルに応じたカリキュラムを提供するデジタル人材の育成プログラムである。これまでに約3800名が受講しており、2025年度中には5000名を超える見込みという。


組織体制としては、グループ経営戦略にデジタルを取り入れるため、2020年に経営企画部内に「DX戦略室」を設置。その後、2023年に「デジタルICT戦略部」という新たな専門部署を立ち上げた。


こうした取り組みに加え、新たに開始したのが生成AIの積極的な活用である。2024年には、キリングループ専用の生成AIチャットツール「BuddyAI」を開発・導入した。


「キリングループは、デジタル化を推進するエンジンとなるIT人材を、外部採用や社内育成によって強化してきました。一方で、DXによる業務改革を実行するため、『DX道場』などを通じて従業員のITリテラシー向上も図ってきました。


これまでも既存の生成AIを活用して業務効率化や生産性向上に取り組んでいましたが、BuddyAIは各部門固有の社内データや定性的なナレッジを連携できる点が特徴です。まさに相棒(バディ)として、社員に寄り添う存在となり、成果を出しています」(西海枝氏)



専門家の知見を持つAI役員12名が経営戦略会議に参加

BuddyAIは、2024年11月にマーケティング部門へ先行導入された。情報収集、市場環境分析、マーケティング戦略立案、エグゼキューション開発、製品開発支援、顧客理解、汎用業務といった多岐にわたるテンプレートが実装されており、これらを活用することで生産性の向上を図ってきた。現在は、マーケティング部門以外の部門への水平展開も進められている。


生成AIを業務に活用することが当たり前となったキリングループは、さらなる進化を目指し、2025年2月にAI役員「CoreMate(コアメイト)」の検討へ着手した。名称が示す通り、役員を対象にした生成AIである。


「キリングループの事業領域は幅広く、食・ヘルスサイエンス・医薬の各分野でグローバル展開しています。さらに、消費者の意識や価値観も多様化するなど、外部環境は激しく変化しており、経営判断に必要な情報は膨大になっています。


そこで、的確かつスピーディーな経営判断を下し、各事業で価値創造をしていくために生成AIを活用する。そうした狙いから生まれたのが、CoreMateです」(西海枝氏)


2025年2月に開発をスタートしたCoreMateは、同年6月のテスト導入を経て、8月の経営戦略会議で本格稼働を開始した。


CoreMateは、財務・マーケティング・デジタル・営業といった機能部門や、ヘルスサイエンス・医薬などの各事業領域を代表する「12名の専門家」として構成されている。各専門分野の知識を学習したAIとして、グループの方向性を決定する経営戦略会議においてサポート役を担う。


「専門知識のほかにも、過去10年分の経営戦略会議の議事録や経営理念といった社内情報、さらには市場トレンド、同業他社の動向、法改正などの外部情報も取り込んでいます。つまり、各部門の専門家であると同時に、キリングループが大切にしている理念や考え方を企業DNAとして備えた生成AIなのです。


活用シーンとしては、まず経営戦略会議に向けた企画の起案者が事前にCoreMateと付議内容について検討します。その際、CoreMateが多様な経営視点から質問などを投げかけることで、論点の整理や資料作成の精度向上、プロセスの迅速化を図ることができます」


そう説明するのは、CoreMateの開発プロジェクトを主導する経営企画部の木村弥由氏である。CoreMateがユニークなのは、実在する役員の名前を付け、よりリアリティーを持たせていることだ。


経営戦略会議の場では、提案内容に対してCoreMateが疑問や質問を投げかける。ただし、12の専門家AI全てからの質問を取り上げると膨大な数となり、会議の進行が滞る恐れがある。そのため、CoreMateに内蔵されたAIエージェントが、その場に最適と判断した質問を2つだけ厳選して提示する。質問内容は、提案内容が表示されている役員の前に設置されたモニターの上部にテキストとして表示される仕組みだ。


「CoreMateはそれぞれの専門分野に精通しているので、『この提案にはこんなリスクがあるのでは?』『こうした視点が抜け落ちているのではないか?』『さらに長期的な成長につなげるためにはどうすれば良いか?』といった、人間では見落としがちな視点からの問いを投げかけてくれます。


CoreMateの質問によって新しい角度からの発見があり、意思決定の質が確実に向上しています」(西海枝氏)


さらに、会議のファシリテーターがCoreMateのより良い質問をピックアップし、役員に提示することで議題を深掘りし、会議の質を向上させている。


もちろん、CoreMateの役割はあくまで専門家としての視点からの質問や情報提供にとどまり、最終的な意思決定は役員自身が行う。



AI役員の本格導入後も意見を吸い上げ改善し、意思決定の質のさらなる向上を目指す

CoreMateを本格導入して半年が経過した2026年2月現在、以前の経営戦略会議に比べて、CoreMateと事前に壁打ちをしながらリスクの洗い出しや対策を練り込んだ提案が可能になり、議題に上がった時点での完成度が高く、スムーズな会議進行が可能になった。


また、西海枝氏も指摘するように、会議進行中においても経営判断の材料となる質問が投げかけられるため、会議の質が高まるなどの成果を上げている。さらに、CoreMateは常に機能改善を続けている。


「毎回の会議終了後、役員へのヒアリングを通じて改善を繰り返しているため、導入直後よりも使いやすさは向上しています。ただ、現在は質問がモニター上にテキストで表示されるため、役員はそのたびに目で文字を追わなければなりません。今後は、技術的な進歩に合わせて、音声で質問を投げかける機能なども追加したいと考えています」(木村氏)


同社では、2023年からグループ内のデジタル化への取り組みを表彰する「KIRIN DX AWARD」を開催しており、CoreMateの取り組みは2025年の優秀賞を受賞した。同アワードには、2025年だけでも約130のプロジェクトがエントリーしており、その数字からもキリングループのDX推進に対する積極的な姿勢がうかがえる。


「グループ内でDXや生成AIへの取り組みを加速させ、先進的なCSV経営を目指していますが、CoreMateの導入は経営層の積極的な姿勢を示す象徴的な事例になったと思います。当社には『まずはやってみる』という文化が根付いており、今後もグループ内のいたるところで生成AIを始めとしたデジタル化の挑戦がより活性化すると期待しています」(西海枝氏)


キリンホールディングス(株)

  • 所在地 : 東京都中野区中野4-10-2
  • 設立 : 1907年
  • 代表者:代表取締役会長CEO最高経営責任者 磯崎 功典、代表取締役社長COO 最高執行責任者 南方 健志
  • 売上高 : 2兆3383億円(連結、2024年12月期)
  • 従業員数 : 3万1934名(連結、2024年12月現在)