茨城県つくば市を中心にとんかつ店チェーンなどを展開するとんきゅう。売上高100億円を目指し、理念経営の再整理や組織改革、中長期経営計画の策定を進める。人材育成、新規事業、海外展開など次の成長ステージに向けて動き出した同社を追った。
とんきゅう 代表取締役社長 矢田部 淳氏
大きな転機になった「100ゼミ」での出会い
1978年設立のとんきゅうは、つくば市を中心に茨城県、千葉県、埼玉県でとんかつ店「とんQ」を展開する地域密着型の外食企業だ。焼肉店「焼肉赤牛」、イタリアンレストラン「アルゾーニ・イタリア」なども展開し、売上高は約22億円(2025年3月期)。2022年、創業者である父・矢田部武久氏から事業を承継したのが、代表取締役社長の矢田部淳氏である。
同社が「100億宣言」を掲げたきっかけは補助金申請だった。矢田部氏は、中小企業成長加速化補助金の加点項目として100億宣言を知り、制度活用の一環として宣言を決断したという。
「最初は正直、かなり曖昧な気持ちでした。父が築いてきた会社を見ても、自分の中では50億円でも相当すごいと思っていたので、100億円はすぐには現実味を持てる数字ではなかったのです」(矢田部氏)
その認識を変えたのが、関東経済産業局が開催する「100ゼミ」だった。限られた企業が参加するこの学びの場で、矢田部氏は強い刺激を受けた。中でも大きかったのが、タナベコンサルティングの講義だった。
組織構造、資金調達、経営戦略、事業戦略――。必要な視点を体系的に学んだことによって、漠然としていた100億円という目標が、「どう実現するか」を考える経営課題として立ち上がった。
「売上高100億円をどう達成するのか、それまで自分の中では全く見えていませんでした。講義を通じて、中長期経営計画、組織、資金など、何をどんな順番で考えるべきかが見えてきたのです」(矢田部氏)
この学びは理念経営の整理にもつながった。とんきゅうが大切にしてきた経営理念は「三位一体の『歓喜』『感動』『夢実現・感動共有カンパニー』」。社員、顧客、会社の3者が共に歓びと感動を分かち合うという考え方だ。矢田部氏はこの理念に強く共感してきた一方、社長就任後は「時代に合わせて理念そのものも変えるべきではないか」と悩んだ時期もあった。
しかし、タナベコンサルティングの助言を受ける中で、「理念は変えるものではなく普遍のもの。その理念を現代の経営に落とし込むために、ミッション、ビジョン、バリューを整理すべきだ」という考え方に納得感を得た。ここが、同社の経営再設計の大きな転機となった。
現在は理念体系の整備を経て、中期経営計画の策定フェーズへ進んでいる。100億宣言は単なる売り上げ目標ではなく、理念をより大きな事業スケールで実現するための羅針盤へと意味を変えつつある。
100億円実現に向けてセントラルキッチンの機能を拡充
2035年度の売上高100億円実現に向けて、とんきゅうが力を入れているのが、セントラルキッチン機能の拡充である。
同社のセントラルキッチンは、もともと先代の時代に店舗従業員の残業時間削減を目的として立ち上がった。豚肉のカットやキャベツの千切り、ドレッシングづくりなどを集約し、店舗負担を減らす狙いだったが、一時は運営コストが膨らみ収益を圧迫。機能を縮小し、多くの作業を再び店舗へ戻した経緯がある。
だが、矢田部氏は社長就任後、このセントラルキッチンを見直した。単なる省力化の場ではなく、商品の標準化と付加価値向上を担う拠点として再定義したのである。
「今後、店舗数を増やすには、各店舗の努力や属人的な運営だけでは限界があります。どの店でも一定以上の価値を提供できるようにするには、セントラルキッチンの機能強化が欠かせません」(矢田部氏)
その取り組みは具体的だ。豚肉は各店舗へ直接納品するのではなく、セントラルキッチンで一括管理し、熟成させてから各店へ配送する体制へ移行。これにより、肉の状態の均一化と品質向上が進んだ。野菜も、業務委託先任せではなく、自社で市場から買い付けたものを集約することで、とんきゅう基準の品質を各店に安定供給できるようにしている。
さらに、近年の気温上昇を受けてコメの管理方法も見直した。従来は店舗のバックヤードで保管していたが、暑さで品質が落ちやすくなっていたため、新潟や山形・庄内の契約農家から直接仕入れたコメをセントラルキッチンで低温保管し、必要量だけ各店舗へ届ける方式に変更。米価高騰の局面でも、おかわり自由を維持しながら高品質を保てているという。
こうした改善は数字にも表れている。つくば本店では価格改定後も客数が前年を上回って推移。主力商品の品質が安定したことで、顧客満足度の向上にもつながっている。
セントラルキッチンを「コストセンター」ではなく、「価値を生み出す装置」として機能させる。この発想転換こそが、多店舗展開を見据えた同社の再現性づくりの核になっている。
成長の鍵を握る人材確保と事業の多角化
とんきゅうは、つくばを中心としたドミナント戦略で店舗網を広げ、現在7店舗の「とんQ」を将来的に28店舗規模へ拡大していく構想を描く。その実現に向けて不可欠なのが、人材の確保と育成である。
矢田部氏が社長就任後、まず着手したのは労働環境の改善だった。休日数や勤務環境を見直し、採用競争力の向上を図ってきた。かつては「店長になりたい」という社員はほとんどいなかったが、近年は評価制度や賃金制度を見直したことにより、店長やエリアマネジャーを目指す声も出始めている。
特徴的なのが外国人採用だ。以前は数名規模だった外国人スタッフは、現在では約50名規模へ拡大。特にミャンマー人材を中心に採用を進めており、矢田部氏自ら現地に足を運び、面接や理念共有、簡単なトレーニングまで行っている。
「外国人を単なるワーカーとしてではなく、将来の管理職候補として育てたいと考えています。実際に、お客さまから『接客がとても良い』と言っていただける場面も増えています」
一方、日本人採用も引き続き重要課題だ。今後の多店舗展開を支えるには、QSCを維持しながら人を育てられる店長・マネジャー層の厚みが欠かせない。そこで同社では、中途採用も含めて本部機能の強化を進め、商品開発やマーケティングなどの幹部人材も外部から登用している。
人材戦略と並行して進むのが事業の多角化である。現在、収益の約7割を担うのはとんかつ業態だが、売上高100億円を目指すには単一業態への依存からの脱却が必要になる。そこで同社は、物販や新業態の開発を成長ドライバーに位置付けている。
2025年4月にはマーケティング部を新設し、商品開発機能も強化。物販ブランド「qobo(コボ)」を立ち上げ、ドレッシングなどのPB商品を軸に販路拡大を進めている。さらに、カツサンドを軸にした和カフェの立ち上げも進行中だ。
また、海外展開も現実味を帯びてきた。国の支援を受けながら市場調査を進める中で、同社が特に注目しているのが英国市場だ。矢田部氏自身、高校卒業後に約8年間英国で暮らし、料理を学んだ経験を持つ。矢田部氏の姉も現地法人の担い手候補として構想に関わっており、海外事業は将来の成長オプションとして準備が進んでいる。
「とんかつとんQ」をはじめ、焼き肉、イタリアンなどの外食事業を展開。新規事業として物販ブランドや和カフェ事業も立ち上げるなど、成長に向けて多業態展開を加速させている
100億宣言を通じて社員の意識が変化
価値向上のための仕組み構築、人材確保と育成、新規事業の創出――。こうした施策が進む一方で、矢田部氏が「最も大きな変化」として挙げるのが、社員の意識の変化である。
「100億宣言をした当初は、社内にもかなり温度差がありました。『本当にできるのか』という声も当然ありました。でも、私は夢を持つことが大事だと思っているので、何度も伝え続けました」(矢田部氏)
その姿勢が、少しずつ社内の空気を変えていった。2025年4月の決起大会では、2035年に向けたブランドビジョンや100億円達成へのロードマップを社員に共有。会社がどこを目指し、何を実現しようとしているのかが可視化されたことで、社員の受け止め方が変わり始めたという。
また、賃金制度や人事評価制度を見直し、「成長すると、自分たちの待遇やキャリアも良くなる」という道筋を示したことも大きかった。特に若手を中心に前向きな反応が出てきた。
組織面でも変化は進む。社長交代のタイミングではベテラン幹部の退職もあったが、その後は理念に共感する新たな幹部人材を採用し、営業、商品開発、マーケティングなどの機能を強化。今は社長一人に依存するのではなく、チームで成長をつくる体制へ移行しつつある。
もちろん、まだ道半ばだ。中期経営計画の策定も進行中で、今後はそれを実行し、PDCAを回していく段階に入る。しかし、100億宣言によって「会社の未来が見えるようになった」こと自体が、すでに組織の推進力になっている。
「目標を掲げたことで、社員が少しずつ同じ方向を向いてくれるようになりました。店長やその先を目指す人が出てきたことは、本当にうれしい変化です」(矢田部氏)
100億宣言は、夢を語るためのスローガンではない。理念を起点に、事業、組織、財務を再設計し、成長の道筋を具体化するための旗印である。とんきゅうの挑戦は、多くの中堅・中小企業にとって示唆に富む好例となりそうだ。
新業態の開発を成長ドライバーに位置付ける中、カツサンドを軸にした和カフェの立ち上げに向け、準備が進んでいる
とんきゅう(株)
- 所在地:茨城県つくば市梅園2-17-4 1F
- 設立:1978年
- 代表者:代表取締役会長 矢田部 武久
代表取締役社長 矢田部 淳 - 売上高:22億円(2025年3月期)
- 社員数:95名(2026年8月現在)