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モデル企業
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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2025.10.30

社員による「Sound Mind,Sound Body」の体現を目指すアシックス アシックス

「Sound Mind, Sound Body」という創業哲学を表すブランドスローガンを掲げ、
世界中の人々に「心と身体を健康にする」価値を創造する。好業績を続ける理由の1つが、
社員自らが Sound Mind, Sound Bodyを体現する、ウェルビーイングの推進にある。

 

アシックス ウェルビーイング推進部 部長 萩原 保氏(左)、
ウェルビーイング推進部 健康推進チーム 保健師 秋田 真奈氏(右)

 

走り続けるために専門部署を開設

 

古代ローマ風刺作家ユベナリスの言葉「Anima Sana In Corpore Sano(もし神に祈るならば、健全な身体に健全な精神があれかしと祈るべきだ)」を社名の由来としているアシックス。海外売上比率が8割を超えるグローバル企業に成長し、2024年12月期には過去最高の売上高と営業利益率を記録した。

大黒柱のパフォーマンスランニング事業に加え、スポーツスタイルやオニツカタイガーなどの各事業も新たな柱へと成長。2024年には初めて営業利益1000億円超を達成した。成果の原動力の1つになったのは、先進的な健康経営である。

「お客さまに心身の健康を提供する企業として、社員によるSound Mind, Sound Bodyの体現も重視してきました。対外的な環境も企業価値が物から人に移り、当社も『中期経営計画2026』で、人的資本投資を強化しています」

そう語るのは、2025年1月に新設したウェルビーイング推進部の部長である萩原保氏だ。健康推進を管轄してきた総務部や人事部長を歴任し、かじ取りを任された専門部署には明確なミッションがある。

「重視してきた心身の『健康推進』に加え、仕事の充実、やりがいへとつながる『キャリア支援』、多様な社員が魅力を感じ、選びたくなる活力ある組織を目指した『DE&I・エンゲージメント』。3つの専門チームを編成し、社員がパフォーマンスを向上し続けられるよう、ウェルビーイング(より良い姿)への支援を強化することです」(萩原氏)

アシックスが「健康経営宣言」を発表したのは2017年だが、それ以前から独自に、保健師が常駐するインハウスの健康推進体制を確立。また、社員だけでなくその家族のウェルビーイングも目指している。

「社員の相談対応だけでなく、社員本人を取り巻く環境としての家族も対象として健康推進に取り組んでいます。フィジカルとメンタル、どちらの悩みも家族の支援が得られるかが重要ですし、悩みの要因が家族であるケースもあります。家族がハッピーになれば当然、社員もハッピーになり、より良く働ける環境が生まれます」

そう笑顔で語る健康推進チームの秋田真奈氏は保健師として10年前から最前線に立ち続ける。

保健師を含めた、産業保健スタッフはウェルビーイング推進部に5名配置しており、一部はグループ会社も担当している。いつでも不安や体調不良を抱える社員が相談できる、きめ細かい支援体制だ。

「アシックスのウェルビーイングを語る上で、秋田のような保健師の存在と実績が実は最も大事で、素晴らしいところです。医療的な助言にとどまらず、社内ルールや人事規程も熟知し、人事部につなぐハブ的な役割も担っています。休職や療養から元気になって復職する社員が多く、メンタル療養者率が低いのも、そのおかげです」(萩原氏)

一方で、産業医など外部パートナーの専門家も活用し、EAP(従業員支援プログラム。従業員のメンタルヘルス不調やストレスなどの個人的問題を解決するための専門的サポートを提供する制度)は国内のパイオニアであるピースマインド(タナベコンサルティンググループ)が支援する。最大のメリットは、第三者視点の意見が得られることだ。

「私たち保健師も社員ですから、同じ社員の立場では言いづらいことがあります。そこをキャッチし、的確にサポートできる強みが外部サービスにはあると実感しています」(秋田氏)

 

意識・行動が変わる健康管理システムに刷新

 

アシックスのウェルビーイングが目指す姿の方向性と枠組みは「健康経営戦略マップ」に描き出している。経営に重要な健康投資の課題や効果指標を、社員がひと目見て分かり、共有できる道標だ。

アブセンティーズム※1やプレゼンティーズム※2など「健康に関する4つの最終的な目標指標」と、その達成に必要な「5つの意識・行動変容の指標」の数値目標を設定。「5つの健康推進活動」に取り組んだ結果を検証し、アップデートも図っている。

戦略マップが示す健康投資とは何か。特に重視するのが、健康経営宣言の方針に掲げる「ヘルスリテラシーの向上と定着」だ(【図表】)。評価の物差しとして、5つのヘルスリテラシー項目(情報収集力・情報選択力・情報伝達力・情報判断力・自己決定力)を明文化。毎年実施の「ウェルビーイングサーベイ—健康に関するアンケート調査—」で自己評価を調査し、結果を分析して経年変化もデータ化している。

【図表】アシックスの健康経営戦略概要

出所 : アシックス提供資料
「健康になるだけでなく、いかにパフォーマンス向上につながるかが重要です。リテラシーは包括的ですが、健康状態の80%以上のパフォーマンスが発揮できていると感じる社員が増えています。また、5段階評価で4や5と回答するハイリテラシーの社員は、パフォーマンス発揮率が高く、その因果関係は分析データが証明しています」(萩原氏)

導入していた「健康管理システム」について、2024年には情報管理を目的に、社員の行動変容を起こすプラットフォームへと刷新。e-ラーニングやウォーキング、ランニングの健康イベント告知・参加の掲示板などの新機能を加え、マイページ画面から保健師とのメール連絡・相談も可能になった。

「従来はイベント施策を推進しても、参加者はリテラシーの高い『同じ顔触れ』の社員であることが珍しくありませんでした。新しい健康管理システムは、自分に合う健康情報を取得しやすく、健康行動を起こしやすい環境が整備され、保健師に直接コンタクトが取れるので、新規の社員の参加が増えています。主体的な姿勢を社員が身に付けることが、健康経営の第一歩。情報収集・行動参加がしにくい環境を取り払い、社員とウェルビーイング推進部の双方向でコミュニケーションができるようになったのが、第二歩。社内で健康の意識・行動変容が生まれています」(秋田氏)

さらに、2025年に踏み出した三歩目が、イベント参加など健康行動のインセンティブに「健康ポイント」を付与する新制度だ。健康ポイントを貯め、スターバックスのコーヒー券や電子マネーに交換。上司や部下とコーヒータイムを楽しみ、健康コミュニケーションも活性化している。「ちょっとした、うれしいこと」(萩原氏)の実感が、健康とパフォーマンス、組織力の向上・発揮へとつながるトリガーになっている。

 

心身の健康と好業績の善循環が生まれる

 

戦略マップの活用は、心身の不調の発生・再発率を抑え、優秀人材の定着にもつながっている。2023年は前年比で「メンタル理由の休職者率」が減少、「パフォーマンス発揮者率」は向上し、直近10年間の「喫煙率」は20%近くから7%に低減した。

「定期的なウェルビーイングサーベイで経年変化を数値化して分析・検証しながら、改善成果や課題の発見はもちろん、ヘルスリテラシーとパフォーマンスの相関性をしっかりと見極めています。さらに、ウェルビーイングは、エンゲージメントと親和性が高く、そのファクト(事実)が持続的に成長していく理由です」(萩原氏)

最新(2024年10月)のエンゲージメントサーベイでも、回答率とスコアは共に向上し、一定の効果が表れている。自己肯定感や幸福感、働きがいの向上が好業績を生み、それがまたウェルビーイングを促進する善循環を生んでいると言えよう。

「従業員が心身ともに健康であり、さまざまな環境の変化に柔軟に対応できることは、企業の持続可能な成長を支える重要な基盤です」(萩原氏)

ウェルビーイング推進部は、いま新たに3つのテーマを掲げて挑んでいる。1つ目は「経営層とのつながり」。

「健康経営の重要性がより一層浸透し、経営幹部が自部門の活性化に主体的に取り組めるよう、経営会議などへの報告内容にも工夫を重ねています。現在、健康経営銘柄の再取得に向けて全社一丸となって取り組んでおり、その実現には経営層との連携強化が不可欠です」(萩原氏)

2つ目は「マネジャーの支援」。「マネジャーは現場でメンバーを束ねてピープルマネジメントをしつつ、ビジネスでも成果を出していくことが求められます」と萩原氏。健康推進とキャリア、D&I・エンゲージメントをまとめるワンストップの窓口で、研修ではなく活躍支援プログラムであることを目指すという。

3つ目は「多様化」だ。悩み事は目の前の仕事だけではない。「キャリアや介護・育児など生活スタイルが多様化し、悩みのバリエーションも増えています。私自身も出産から産休・育休、復職、育児、保育園の送迎……と、その時々で仕事に不安を感じました。近年では不妊治療の相談も特別なことではなくなってきました」と秋田氏は話す。また、国ごとに異なる法制度や健康情報の取り扱いに適応しつつ、アシックスらしい健康プロモーションをグローバルで確立していくことが大きな宿題である。

トップランナーとして駆け抜けるアシックスに、自社に合うコーポレートウェルビーイングの道づくりへのヒントを問いかけた。

「『困ったら、いつでも相談できる』。そんな安心感を提供する窓口の設置は、従業員の声を丁寧に吸い上げる仕組みであり、実効性のある施策につながります。社員が気軽に悩みや課題を共有できる環境が整うことで、職場の活性化やエンゲージメントの向上にも寄与します。

ウェルビーイング推進の中枢であり、経営と社員の間に立つ結び目にもなって、一人一人と組織全体をいかに活性化していくか。日々、一歩ずつ前進し走り続けていくところです」(萩原氏)

市場環境の変化に対応するだけでなく、心と身体の健康、そしてエンゲージメントを可視化し、組織全体の活性化へとつなげるウェルビーイングの進化こそが、持続的な成長の原動力となる。アシックスは「Sound Mind, Sound Body」の理念の下、その可能性を示唆している。

※1 欠勤、休職により仕事ができない状態
※2 出勤しても健康上の問題が影響しパフォーマンスを発揮できていない状態


「ASICS KOBE(アシックス神戸)」外観。ランニングやライフスタイル用品を豊富に取りそろえている

 

(株)アシックス

  • 所在地 : 兵庫県神戸市中央区三宮町1-2-4 大和神戸ビル
  • 創業 : 1949年
  • 代表者 : 代表取締役会長CEO 廣田 康人、代表取締役社長COO 富永 満之
  • 売上高 : 6785億2600万円(連結、2024年12月期)
  • 従業員数 : 8987人(連結、2024年12月現在)