何のために、誰のために働くのかを明文化した経営理念の浸透が、
仕事と人生における社員一人一人の幸せづくりを実現している。

西精工 代表取締役社長 西 泰宏氏
変転する価値を見定め役立ちをつくり出す
国内の全自動車メーカーに納入するナットを中心に、ファインパーツ※を製造・販売する西精工。徳島県のシンボルである眉山を間近に望む本社に来客があると、1階オフィスの全社員が立ち上がってあいさつし、丁寧に迎え入れる。
「自発的に社員がしています。トップダウンだと、“やらされ感”があって続かないでしょう。私が言ったのは、『始めたら続けてね』と。それだけです」
そう語る同社代表取締役社長の西泰宏氏は、2008年に代表取締役社長へ就任して以来、大量生産からファインパーツへ事業変革のかじを切り、利益率や生産性を向上させた立役者だ。同社は2013年と2023年の2度、経営品質協議会「日本経営品質賞本賞(中小企業部門)」を受賞。さらに、ファインパーツの売上高構成比率70%以上を目指した10年ビジョン「The way to FP70」を掲げ、年商を上回る設備投資で2つの新工場を建設した。
目的は、自動車産業に特化した品質マネジメントシステムの国際規格である「IATF16949」の取得といった、世界基準のものづくりの推進だけが理由ではない。「建物の老朽化が怖い」と書かれた社内アンケート「社員幸福度調査」の回答を見逃さず、社員が安全・安心に働ける環境づくりへ投資した結果でもある。
「検査・出荷工程がある本社も建て替え予定です。きれいなオフィス環境が見えると、企業価値が高まり、人材採用にもつながりますから」。そう語る西氏の笑顔には、時流で変わる価値に適応しながら、新たな投資で「どのような役立ちを生み出せるか」を見定めてきた自信がにじみ出る。一方で、同社にとって不変なのは経営ビジョンに示す「人づくり」だ。
「『人づくり=理念の浸透』と考えています。創業の精神や経営理念が一番大切な価値観であり、社員が腹落ちして同じ考えになれば、その価値観を実現できます。『本当に大切なことを実現する人をつくっていく』という考え方です」(西氏)
西氏が自らの手で経営理念を策定したのは2006年。転機は、京セラ創業者である稲盛和夫氏の人生・経営哲学との出合いだ。稲盛氏の著書『生き方』(サンマーク出版、2004年)を読み、西氏は雷に打たれるほどの衝撃を受けた。
「『利他の精神』。そんなきれいごとの考え方で経営して良いし、成り立つのだなと腹落ちしました。稲盛氏主催の経営塾『盛和塾』で若い経営者が自社の経営理念を発表した時、稲盛氏が一刀両断に厳しく指摘したことも鮮明な記憶です。『それは理念じゃない。会社は従業員の幸せのためにある。そこについて何1つ書かれていないじゃないか』と言われていました。
理念とは何か、そして社員の幸せの追求が私の仕事なのだと分かり、楽になりました。赤字ではないけど何となく働くだけの姿に違和感が募り、変えようと必死でしたから」(西氏)
西氏はさらに、2009年に経営ビジョンと行動指針を、2010年には創業の精神を策定した。策定当時、祖父で創業者の西卯次八氏が目指したことは何か、父で前社長の西佳昭氏と2泊3日の合宿で明文化し、あらためて気付いたことがあった。
「お客さま、ビジネスパートナー、地域、社員。全ての関わりを大切にしていたのだと気付きました。それは利他の精神で、何のために、誰のために役立つのか、ということなのです」(西氏)
【図表】西精工の経営理念

出所 : 西精工ホームページを基にタナベコンサルティング戦略総合研究所作成
与えられる満足ではなく主体性が生む幸福感
西精工は、ウェルビーイングの先進企業として、世界シェアトップの自動車メーカーなど日本全国から視察訪問が絶えない。だが、西氏はウェルビーイングという言葉を掲げてはいない。社内で取り組むのは、理念の浸透を通して、「あなたがより良く変わったら、見える景色が変わりますよ」というヒントを社員に伝え続けること。その一つが、工程・部門チーム別に毎日1時間以上続く朝礼である。
同社の朝礼は、一方通行の上意下達や単なる声出しなど、旧態依然の朝礼イメージとは全く異なる。理念に基づいて意識を変え、行動を起こす対話が次々に生まれるコミュニケーションの場だ。
「経営理念の唱和後、まず1人が、理念や創業の精神に基づく行動で、お客さまやビジネスパートナー、地域社会にどのような変化や成果が生まれたかを発表します。続いて、チームリーダーやファシリテーターが、なぜ生まれたのかを本人や他の社員に問いかけ、互いに意見を交わします。それが終わるともう1つ、『今日のフィロソフィー』で同様に対話を繰り返すことで、考え方が整っていきます。1時間はあっという間に過ぎます。
私が社長になるまでは、経営層・部課長とそれ以外の社員、営業と製造など、役職・業種間に見えない壁がありました。でも、理念や創業の精神で同じ思いを大切にしていれば、役割や仕事は違っても1つになれることにも気付きました」(西氏)
同社のフィロソフィーは、「あいさつとは、相手を認めているということ」など、何のために、誰のために働くのか、大切にしたいことを共有する200項目を言語化し、絶えずアップデートしている。「『共同体感覚は生産性を上げる』と精神科医・心理学者のアルフレッド・アドラーが言ったように、社員は一番大事な家族と同じ。1人でも心や体が不調だと職場全体の雰囲気が暗くなり、けがやミスが起きやすい」と西氏は続ける。
対話は朝礼だけで終わらない。毎週月曜日にチームメイトが「私の1週間」と題するレポートを提出し、リーダーが共感や安心感を与えるコメントを返す。2000年に制度を廃止したが、主体的に続いているという。また、「リーダーシップ勉強会」は西氏が講師を務め、毎月3回全社員を対象に開催する。「いかに人生を幸せに生き、働けるか」が共通テーマである。
「『こんな習慣や考え方を持てば幸せになるよ』と伝えています。社員が互いに感謝を伝える『ありがとうカード』は、感謝する人の方が幸せになると脳科学的に解明されていることなど、最新情報・データも踏まえ、分かりやすく解説しています」(西氏)
全ての対話は就業時間内に実施。その根底には「境界をつくらない工夫」がある。上司と部下は「リーダー」と「チームメイト」、協力業者は「ビジネスパートナー」と呼び方にこだわるのもその一つだ。また、仕事とプライベート、公私も境界なく、うれしさや苦しさを共有することで、互いに心理的安全性が高まっていく。理念に紡ぐ関係性の大切さ、つまり「何のために、誰のために」を再確認する場になっている。
認識から行動への変容を可視化するのが、社員幸福度調査だ。62の設問項目を各5段階で評価し、結果を検証するチーム別対話の時間も毎月設けている。
「うわべだけの満足感や忖度にならないようにと私が発案した設問が、『月曜日に出社するのが楽しい・ワクワクするか』です。社員の95.8%が『ワクワクする』と回答してくれました。
実は、社員幸福度調査は2015年まで社員満足度調査でした。しかし、満足度を問うと、冷暖房完備の快適な環境を整備する、休日を増やすなど、会社が与えてばかりになると気付きました。幸福度なら主体性が生まれます。人は誰かに幸せにしてもらうものじゃないですから」(西氏)
求めない人材を明確化、半年で理念を浸透
家族的な共同体組織として、「誰がどのような役割を果たし、何をどう評価するのか」という意思決定の判断軸も明確だ。
役割や責任、期待する行動を6項目・5段階の役割表(大切にする働き方の基準)に記載。評価制度は、「役割・スキル・目標管理」の3項目で、個人の目標達成度に加え、チーム成果を重視して半年ごとに評価している。
「全19チームの全員と直接面接し、評価してきました。面接シートも特長的で、成果とともにチームそれぞれに歴史をひも解き、ビジョンも定めてもらっています。19の事業会社があるのと同じです。歴史を知ることで、過去の強みが弱みになっていないかが分かります。
何よりも重要なのは、『面接シートにお客さまやチームメイトの名前があって、どんな関係性であるかが書かれているか』です。それが欠けていたら、評価できないと考えます」(西氏)
時代に合った経営と、それを可能にする人づくりは、未来の西精工を担う人材確保にも役立っている。同社の採用サイトでは、求める人材像だけでなく、求めない人物像まで具体的に発信。自分がどうなりたいか、西精工で働く価値や、仕事で社会にどう貢献するのか、同社で幸せに働くための意思決定の判断軸を明示する。入社半年後には、一人一人が在りたい姿や生き方を描き出している。
「半年間で理念は浸透すると思っています。『何をする時に幸福を感じるか』『死ぬまでにやりたい10のこと』などを書いてもらい、社内に張り出してチームで共有することが、その実現をサポートする力にもなっています」(西氏)
徳島県に根差す西精工がウェルビーイングで進化を遂げる姿は、地域の中核を担う全国の中堅・中小企業が目指す姿を体現している。
「橋が架かる前は、海に隔てられたこの地では、何をするのも不便で大変でしたが、おかげで『なんでも自分たちでつくる』精神が文化として根付き、強みになっています」と西氏は語る。その精神が、研究開発から金型製作、設計、製造、加工までを内製化する同社の一貫生産体制や、「ファインパーツ」という独自の言葉を生み出し、「社員の幸せも自分たちの手でつくり出す」という企業文化の根幹を支えている。
※ 西精工の造語。高品質・高精度・極小で買い手・売り手にとって粗利益の高い製品

さまざまな材質への対応、金型を内製化し、コストダウンとスピード生産を実現
西精工(株)
- 所在地 : 徳島県徳島市南矢三町1-11-4
- 創業 : 1923年
- 代表者 : 代表取締役社長 西 泰宏
- 売上高 : 51億3233万円(2024年7月期)
- 従業員数 : 239名(2025年9月現在)