その他 2025.07.30

カモ井加工紙が探求する「つくり手と使い手」がつながる関係性 カモ井加工紙

奇をてらわず王道を進む理念と、時流のニーズに応える問題解決型の商品開発、そして粘着加工技術という揺るぎないものづくり軸。BtoBで培った事業基盤の延長線上に、BtoCの文具・雑貨用マスキングテープ(マステ)の新市場を創り出し、国内から世界中へと顧客を増やし続けている。


BtoBの工業用マスキングテープの技術を応用して開発した、BtoCの文具・雑貨用マスキングテープ「mt」シリーズ

「程良き」王道を歩む問題解決型で市場創出

観光都市・倉敷にある本社工場の正門を入ると、「程」と刻まれた石板が視界に飛び込んでくる。

国産初の「ハイトリ紙(ハエ取り紙)」に始まり、粘着テープメーカーとして2023年に創業100周年を迎えたカモ井加工紙に根付く社是が、「程」の一字だ。

「仕事も生活も、身の程を知り分を守ることで、組織運営が潤滑になりおのずと和も生まれる。2代目の口癖を3代目が理念に定めました。

商売なのに身の丈で十分なんて、謙虚にも程があると言われます(笑)。でもこの一文字は結構、深いんですよ。物事には必ず、最大に最小、最高に最低と両極端の存在があることを知った上で、最もバランスが取れる『程良きところ』を目指す。もう少し格好良く言えば、『王道を歩きましょう』ということです」

笑顔で語るのは、4代目社長として1995年から30年間、経営のかじ取りを担う鴨井尚志氏。王道を歩んできた100年企業の軌跡にはいつも、「問題解決型」という道しるべがあった。大正時代、創業者である鴨井氏の祖父はドイツ製のハエ取り紙を目にして「高価な輸入品でなく、品質良く安価で誰もが気軽に使えるように国産化できれば、日本の衛生環境の改善に寄与できる」と起業。

戦後に粘着剤のついた紙テープの基幹技術を確立し、モータリゼーションの到来には自動車塗装用、貨物輸送が木箱からダンボールに変わると梱包用、さらに高層建築ブームには建築塗装の養生シーリング用、と時流の変転に合わせてユーザーの声に耳を傾ける用途開発で、BtoBの工業用マステを開発。シーリングテープは1990年代初頭、90%超と圧倒的な国内シェアを占めた。

「いつの時代も、求められることや皆さんが困っていることを、ハイトリ紙から培ってきた粘着加工技術で解決する商品開発は、変わることのない当社の軸です」(鴨井氏)

工業用マステが順調に成長軌道を描く中、新商品の文具・雑貨用マステを開発したのは2008年のことだ。BtoCの「mt」(マスキングテープ)ブランドを展開し、自らの手で創出した市場と顧客は、8割近いトップシェアを維持。上市から17年間で20億円規模、全社売上高の13%を占める経営の柱に育っている。

 

見学を受け入れ開発のチャンスつかむ

BtoBの工業用からBtoCの文具・雑貨用へ挑むきっかけは、ギャラリーカフェのオーナーなど3名の女性グループから「工場を見学したい」とつづる手紙を受け取ったことだ。

戸惑いつつも見学を受け入れると、驚きが待っていた。工業用マステを暮らしのデコレーションアイテムとして使う楽しみ方を教わり、加えて、色・柄のバリエーションを増やしてほしいとの要望も受けた。

「マステの楽しみ方をPRする自費製作冊子400部が即完売したことを聞き、『3人の向こう側に、何かがあるぞ』と、新たな可能性を感じました」と鴨井氏は振り返る。

すぐにプロジェクトチームを立ち上げ、先の女性グループの支援を得て試行錯誤の末に、22色10柄・32アイテムの商品化を果たした。売上高は初年度から2億円を超え、グッドデザイン賞を受賞。文具・雑貨業界にマステブームを呼び起こし、mtブランドはマステの代名詞として定着。「向こう側にある何か」の仮説を実証し、成長軌道を描き始めていく。

順風満帆に見える新市場・顧客の開拓にもターニングポイントはあった。1つ目は工場見学を他メーカーが断る中、同社だけが受け入れてチャンスに変えたこと。2つ目は女性グループの声に耳を傾けて、楽しむマステ開発に生かしたことだ。

「mtはユーザーイノベーションの成功事例と評価されていますが、当社にとっては創業時から変わらない王道です。BtoCで届ける市場や顧客は違っても『テープ屋が、新しいテープをつくれ』と言われただけで、リスクはそう高くありませんでしたから」

もちろん、開発したマステを顧客ユーザーの手に届けるまで、そのプロセスをつなぐ変革は不可欠だった。生産体制は、工業用の高効率な大量生産から多品種少量生産にシフト。当初は外注していた色・柄の印刷加工は設備投資をして自社生産へと切り替えた。

「マステは和紙が基材で、透け感が魅力の1つ。しかし、インクを載せると濃淡を出すのが難しい。想定通りの色になるまでトライ・アンド・エラーを繰り返しましたが、結果的に生産技術の蓄積によって思うような色を出すことが可能になりました」(鴨井氏)

老舗企業が多い文具・雑貨市場は販路開拓も簡単ではない。まずは商品を知ってもらおうと、ギフトショーなどさまざまな展示会に出展。代理店や小売店を紹介してもらい、やがて東急ハンズ(現ハンズ)など小売大手からオファーが届き始める。さらに、時流を追い風に変えた。

「SNSで顧客一人一人が直接、使い試して感じたことを受発信し、情報が瞬時に世界中を飛び交う時代を迎えていました。当初はmixiで企画告知を情報発信し、お客さまからも『この色はとても良い』『「粘着力はもう少し弱い方が使いやすい」とさまざまな意見を受け取りました。時間がかかっても口コミで広がるのが最も良いですし、全てのお客さまにセールスマンになってもらおう、と思い描いていました」(鴨井氏)

営業体制としてはコンシューマー課を新設し、外部の専門人材は招かず、ファッショナブルなmtに適応できる若手社員を抜擢。リーダーには決定権のある常務を据え、商談でスピード感ある意思決定を可能にした。若手の感性とアグレッシブな行動力、的確で経験値豊かなマネジメント力。絶妙なバランスの人選に加えて、若手が委縮せずにチームコミュニケーションが活性化する理由があった。

「『なぜそうなるの?』と疑問を持つこと。『やるならとことんやろう!』と投げかけること。その二馬力で、常にシンプルで明確な常務の姿勢や人柄は、とても分かりやすいんですよ。若手が自分事で考え、動き出しやすい環境が整いました。

『上司が決めたことだから言われた通りにやります』では面白くない。実はmtブランドの事業展開には一切口出しせず、社員に全て任せています。悪意のない社員の失敗であれば、会社がつぶれることはありません。社是『程』から離れそうだと感じた時だけ指摘するのが、社長である私の仕事だと思っています」(鴨井氏)

 


カモ井加工紙 代表取締役 鴨井 尚志氏


和紙独特の風合いやさまざまな色・柄の違いを楽しめるマスキングテープ(左)。薄く、ちぎりやすい「mtちぎはり」は、手の力が弱い子どもや高齢者、障がい者も使いやすい(右)

 

一過性のブームで終わらせない仕掛け

確かな価値と存在感を確立し40社超の後発メーカーの追随を許さないmtブランドは、さらなるイノベーションへ歩みを進めている。

「一過性のブームで終わらせないために、自社主催の展示会を開催し、目で見て手で触り、情報を耳にするような『五感で試す仕掛け』を大事にしています。お客さま自身が気付いていない潜在意識にある何かを探り『これが欲しかった!』と言われるように。自社に都合良い情報ばかりで信用されないコマーシャルは、一切打ちません」(鴨井氏)

海外展開も、JETRO(日本貿易振興機構)から要請を受けたフランスの国際展示会が始まりだ。雑誌『VOGUE』に掲載され、MOMA(ニューヨーク近代美術館)などにも出展。いまや、mtの売上高の10%は海外市場が占める。

展示会やSNSで顧客一人一人の声を丁寧にリサーチするのには理由がある。マーケティング的なアンケート調査は他メーカーと同じ答えしか得られず、同一性の価格競争の泥沼に陥るからだ。

無地カラーとストライプ、2種類のマステを上下に重ね合わせると、ストライプが透けて見えるカラーマステ、という3つ目のデザインが出来上がる。そんなマステの楽しみ方は、「顧客一人一人の物語になっていることが多い」と鴨井氏。

世界的なアーティストやテキスタイルブランドとのコラボレーションデザイン、染色の新技法、インテリア用「mt CASA」など新たな用途開発によって、「私の物語」を紡ぐアイテムは累計で約1万種類に拡充し、ファンを増やし続けている。一方で、デザインの「統一感」も重視。外部パートナーのアートディレクター・居山浩二氏にデザイン選定を一任し、バリエーションが増えても方向性がブレないリスクヘッジにも工夫を凝らす。

ブランド価値の向上へ、常設の直営店「mt lab.」も東京と大阪に開設。次なる商品開発の可能性を追求する「シンボリックなアンテナショップ」(鴨井氏)の位置付けだ。地元・倉敷でも毎年「mt factory tour」を開催。2025年で14回目を数え、海外からの参加者も絶えない。

「普段は非公開の工場で2週間、生産工程やmtの魅力を体感するイベントを楽しんでいただき、社員もお客さまと出会いやりがいを高める、互いにとって良いシーンが生まれています。mtの世界観をお客さまと共有するだけでなく、一緒に創っていきましょうという姿勢の表れです。

ビジネスは商品を介して『売り手と買い手』が対峙する構図ですが、mtは『つくり手と使い手』をつなぐ関係性をプラスする感覚です。これからも、忘れずにいたいです」(鴨井氏)

驚き、喜ばせようと企むつくり手と、想像を超える楽しみ方を発見する使い手。絶えずその時々に対話のキャッチボールを重ねて、互いにモチベーション高く共創する姿が、持続的に成長する未来へと導いていく。

カモ井加工紙(株)

  • 所在地 : 岡山県倉敷市片島町236
  • 創業 : 1923年
  • 代表者 : 代表取締役 鴨井 尚志
  • 売上高 : 166億円(2024年11月期)
  • 従業員数 : 463名(2024年度)