100年超の歴史を持つコーヒーのリーディングカンパニー
2020年に100周年を迎えたキーコーヒーは、1920年に創業者の柴田文次氏が横浜に「コーヒー商 木村商店」を創業したことに始まる。日本を代表する港湾都市・横浜は外国から持ち込まれるビールや洋菓子などハイカラな商品にあふれ、柴田文次氏も憧れの飲み物だったコーヒーに惹かれて起業したという。
翌1921年には「コーヒーシロップ」の製造・販売を開始。その後、「缶詰コーヒー」の販売やコーヒー豆の輸入などへ事業を拡大し、1928年には「コーヒーが新しい文化と時代の扉を切り拓くカギになる」という意味を込めて「キーブランド」を採用。現在、同社おなじみの青と黄色のコーポレートマークの原型ともなる「鍵」のマークが広く知られるようになった。
さらに戦後には、日本で先駆けてタンザニア産「キリマンジャロ」やジャマイカ産「ブルーマウンテン」を輸入するなど、コーヒー業界のリーディングカンパニーとして、日本にコーヒー文化を根付かせていった。
同社のコーヒー事業の特徴として、コーヒー豆の輸入・選定・焙煎・販売にとどまらず、コーヒーを栽培する農園事業にも早くから乗り出していたことが挙げられる。
「1970年代には、かつてインドネシア・アラビカ種の最高峰としてヨーロッパの王侯貴族用に産出されていたトラジャコーヒーの再生事業を開始しました。
当社はこの事業を『コーヒー栽培を通じたトラジャ地域の復興』と位置付け、第2次世界大戦で荒廃していた産地に至る道路などのインフラ整備や、栽培技術の指導・共有などを通じ、全力を挙げて支援しました。
というのも、当社は農園事業からコーヒーの製造販売、カフェ運営に至るまで、『コーヒーに関する総合企業』として品質第一主義を掲げており、トラジャコーヒーの再生は、その理念を実現する上で不可欠だったのです」
同社のコーヒーに対する姿勢をそう説明するのは、代表取締役社長の柴田裕氏である。復活したトラジャコーヒーは、1978年に「トアルコ トラジャ」ブランドとして発売し、多くのコーヒーファンから愛されて今日に至っている。
キーコーヒー 代表取締役社長 柴田 裕氏
長年にわたりコーヒー文化醸成に貢献
キーコーヒーの主力事業であるコーヒー関連事業は、業務用・家庭用・原料用と、大きく3つの市場に分かれている。各市場で展開するコーヒー関連の商品カテゴリーは、レギュラーコーヒーの豆や粉、簡易抽出型のドリップ オン、インスタント、リキッドなど多岐にわたる。
しかし、キーコーヒーが提供してきたのは商品だけではない。企業理念に「心にゆたかさをもたらすコーヒー文化を築いていこう。」と掲げている通り、長年にわたりコーヒー文化の醸成に貢献してきた。
「1950年代は喫茶店の開業が多く、そういう方を支援するためにコーヒーの知識やいれ方を教える『コーヒー教室』を1955年から実施してきました。その後は、ホテルやレストランの従業員教育の場として活用いただいたり、最近では自宅でコーヒーを楽しむ方も多いため、一般生活者向けのセミナーなども行ったりしています。開講からの受講人数は延べ約37万人以上に上ります」(柴田氏)
こうした同社の事業および活動は、コーヒー文化を日本に根付かせる上で大きな役割を果たしてきた。実際、創業当初、人々にとっても憧れの存在だったコーヒーは、100年の時を経て「誰でも簡単においしくいただける飲み物」として親しまれる存在になった。
そして今、キーコーヒーは次の100年に向け、「コーヒーの楽しさや興味深さを探求していく」ための新たな歩みを始めている。その1つが、世界各地で地域に根差し愛されているコーヒーを、より多くの人々に提供することだ。
「イタリアの老舗ロースターでエスプレッソブランドとして知られるilly(イリー)、ハワイ人気ナンバーワンのフレーバーコーヒーであるライオンコーヒー、国内では京都の老舗喫茶店であるイノダコーヒとも提携した商品を展開しています。こうした有名ブランドとのコラボレーションも、コーヒー文化の楽しさや奥深さを知っていただくための活動の一環です」(柴田氏)
リブランディング、海外展開やM&Aでファン層を拡大
コーヒー市場はコロナ禍の影響を受けて業務用需要が落ち込む一方、家庭用需要が増加する傾向があった。その後も家庭用消費は堅調な状況が続いている。
こうした背景もあり、同社では家庭用の主要ブランドを2023年にリブランディングし、「KEY DOORS+(キードアーズプラス)」として発売。「ココロをノックする、しあわせ合図。」をコンセプトに、創業以来の「品質第一主義」の理念に基づいた確かな品質、コーヒー豆本来の良さを活かす焙煎技術、同社の特徴であるさわやかな果実感のある味わいは守りつつ、訴求しきれていなかった20歳代から30歳代の若年層にも共感してもらえるブランドとして生まれ変わったのだという。
また、日本独自の喫茶文化を世界に広める取り組みも始めている。
「“純喫茶”と呼ばれる日本の喫茶店では、丁寧にハンドドリップするコーヒーをはじめ、ナポリタン、クリームソーダ、プリンアラモードといった日本ならではのメニューを提供し、近年若者やインバウンド客から人気を集めています。
そんな日本の喫茶店の魅力に触れた海外の方々から、ぜひ自国でも喫茶店を開店したいという要望があり、メニュー開発やコーヒーのいれ方のアドバイスなどの支援を行っています。また、2023年からはフィリピンやインドネシアの商業施設などにブランドショップを出店しています」(柴田氏)
日本独自のコーヒー文化を海外展開することで、国内のみならずグローバルにコーヒーの楽しさや魅力を広めていくのも、次の100年に向けた取り組みの1つという。
同時に、喫茶店をチェーン展開する銀座ルノアールとの資本業務提携、洋菓子・喫茶展開のアマンド子会社化と事業を拡大。コーヒーのほか、「リプトン」ブランド(家庭用紅茶製品)を取り扱うなど、コーヒーとの親和性が高い分野への進出も推進している。
「コーヒーの未来」を守るための取り組みとは
さまざまな取り組みを展開しながら新しい100年を歩み始めたキーコーヒー。だが、同社が身を置くコーヒー業界は今、「コーヒーの2050年問題」と呼ばれる深刻な課題に直面している。
コーヒーの栽培は、赤道を挟んで北緯25度~南緯25度の温暖で雨期と乾期が明確な熱帯地域(コーヒーベルト)が適している。昼夜の寒暖差が重要であるため多くのコーヒー農園は標高の高い山や高原にあることが多いが、温暖化による異常な暑さや雨期と乾期のバランス崩壊、長期干ばつに見舞われるケースが増加。こうした気候変動が続けば、2050年には世界の生産量の約6割を占めるアラビカ種のコーヒーの栽培に適した土地が半減すると言われている。
この事態を受け、コーヒーの国際的な研究機関であるワールド・コーヒー・リサーチは、気候変動や病害虫に強い品種の開発や、新しい栽培方法などの研究をスタートさせている。
「アラビカ種が半減すれば、業界や人々の生活に与える影響は甚大です。日本のコーヒー業界のリーディングカンパニーとして、この問題に正面から取り組まなければならないと考え、2016年にワールド・コーヒー・リサーチと協業を発表し、2017年からインドネシアの直営農園の一角を活用し、新品種の開発につながる栽培試験を実施しています」(柴田氏)
また同社は、コーヒー生産に関するサステナブル活動を推進する専門部署として2022年に「コーヒーの未来部」を創設。社長直轄の部署であり、柴田氏自身が部長を務める。さらに、2023年にはサステナビリティ強化のため「サステナビリティ推進室」を設立した。
「明治時代以降、日本で栽培が始まったリンゴやブドウは、先人たちが品種改良を繰り返すことで、害虫に強く、おいしい品種を数々開発してきました。ところが、コーヒーはそうした品種改良の歴史はほとんどなく、言い換えればまだ可能性が残されているので、社内はもちろん外部機関と連携しながら、持続可能性に資する活動をしていきたいと考えています」(柴田氏)
こうした自社の使命について、柴田氏自らがステークホルダーに語りかけることで、コーヒー文化を紡いでいく強い意思を発信している。キーコーヒーはこれまでコーヒーとともに歩み、その魅力を広めてきたが、今後の100年はコーヒーを守り、その魅力を深めていく。その経営姿勢にはいっさいの揺らぎもない。
インドネシア・ジャカルタ都市圏最大級のスーパーに「トアルコ トラジャ」ブランドショップを出店(2024年12月)。日本の喫茶文化と「トアルコ トラジャ」ブランドを世界に発信している(左)
コーヒー生産者を称えるセレモニー「KEY COFFEE AWARD」をインドネシア・トラジャ地方で開催(2025年2月)。農園再開発、インフラ整備、栽培指導、雇用創出などを通じた、インドネシアの小規模コーヒー生産者の支援活動を約50年にわたり継続している(右)
キーコーヒー(株)
- 所在地 : 東京都港区西新橋2-34-4
- 創業 : 1920年
- 代表者 : 代表取締役社長 柴田 裕
- 売上高 : 738億円(連結、2024年3月期)
- 従業員数 : 940名(連結、2024 年3月現在)