外国企業に魅力的な環境
マレー半島の先端に位置し、古くから欧州・中近東とアジアを結ぶ海上貿易の要所であるマラッカ海峡の南東部に浮かぶシンガポールは、自由貿易と開放経済を基盤に東南アジアにおける経済の中心地として発展してきた。東京都23区ほどの面積の小国でありながら、GDP(国内総生産)は約5000億米ドルを超え、1人当たり名目GDPは約9万米ドルに迫る世界第5位の水準に達している。(【図表1】)
【図表1】2024年の世界の1人当たり名目GDPランキング
出所 : IMF(国際通貨基金)「World Economic Outlook Database 2024年10月版」を基に筆者作成
この経済的成功は、金融サービス、貿易、製造業、情報通信技術といった多様な産業によって支えられている。特に金融サービスは、シンガポールがアジアの金融ハブとしての地位を確立する上で重要な役割を果たしている。シンガポール証券取引所(SGX)は、同地域の主要な取引所の1つであり、多くの国際的な金融機関が拠点を置く。
ビジネス環境においては、透明性の高い法制度、安定した政治環境、効率的なインフラを備えており、世界中の多国籍企業にとって非常に魅力的な環境となっている。世界銀行「ビジネス環境」報告書のランキングにおいても常に上位にランクインしており、外国企業にとっても参入しやすい市場である。
政府はビジネスの促進に積極的であり、外国企業の誘致に向けたさまざまなインセンティブや支援策を提供している。例えば、税制優遇措置や研究開発の助成金などがあり、これらは日本企業における現地での事業展開促進に寄与するドライバー要素に限らず、東南アジアやアジア・パシフィック地域における統括・R&D(研究開発)拠点としてのビジネス展開を行う大きな助けとなっている。
アジアのハブとしての地理的優位性
シンガポールは、東南アジアの中心に位置し、アジア全体へのアクセスが容易である。この地理的優位性は、同国をアジアの貿易と物流のハブとしての地位に押し上げている。チャンギ国際空港は世界でも有数のハブ空港、シンガポール港は世界最大級のコンテナ港の1つであり、アジアと世界各地を結ぶ重要な物流拠点となっている。
このような地理的優位性は、日本企業が東南アジア市場全体をターゲットにする際の戦略的拠点としての価値を高めている。シンガポールを拠点とすることで、アジア各国への迅速なアクセスと効率的なビジネス展開が可能となる。さらに、同国はASEAN(東南アジア諸国連合)の一員であり、AFTA(ASEAN自由貿易地域)を通じて、域内の貿易障壁を低減することが可能となる。これにより、日本企業はシンガポールを通じて、ASEAN市場全体に対する事業の拡大・最適化が容易となる。
また、シンガポールはASEAN/アジア・パシフィック地域の統括機能を果たす役割も担っており、日本企業における周辺国拠点の業績管理、利益を集約する拠点としても機能している。同エリアの日系製造業における近年のトレンドとしては、シンガポールを投資ビークル※1、タイを本社(地域統括)とし、集約した周辺国の収益を日本に戻すのではなく、インドや中東、その他グローバルサウスの新興国など、さらに新たな市場への投資に充てる動きが見られる。(【図表2】)
【図表2】アジアの投資ビークルとしてのシンガポール拠点
出所 : 現地日系企業などへのヒアリングを基に筆者作成
これは、シンガポールの地理的優位性と安定したビジネス環境(税制優遇など)を生かし、アジア全体でのビジネス拡大を図る戦略の一環である。このような動きは、シンガポールを中心としたアジア市場での成長機会を最大化するための重要な要素となっている。
シンガポールの地理的優位性とASEANにおける統括機能を活用することで、日本企業は効率的にアジア市場へのアクセスを確保し、さらなるビジネス展開を実現することが可能となる。これにより、シンガポールは単なる地域拠点にとどまらず、アジア全体での事業戦略の中核としての役割を果たすこととなる。
※1 資産を証券化するときに投資者と資産をつなぐ役割を担う組織体
シンガポールの消費者は購買力が高く、
品質・信頼性を重視する傾向
前述の通り、シンガポールは1人当たりのGDPが世界第5位と高く、購買力のある消費者の多い市場である。都市国家としての特性から、消費者は新しいトレンドや高品質な製品に敏感であり、特にライフスタイルやテクノロジー関連の商品に対する需要が高い。シンガポールの消費者はブランド志向が強く、品質や信頼性を重視する傾向がある。これにより、日本製品、特に日本食ブームに見られるような、高品質で信頼性のある商品は、現地市場で高い評価を受けている。
また、シンガポールは多文化・多民族社会であり、中華系、マレー系、インド・タミル系など多様な民族が共存しており、総人口約603万人(2024年6月時点)に占める外国人(永住者除く)の割合が3割を超える※2。
この多様性は、消費者の嗜好にも反映されており、多様な市場ニーズに応える製品やサービスの開発が求められる。特に、健康志向や環境意識の高まりにより、オーガニック製品やエコフレンドリーな商品に対する需要が増加しており、日本企業は、これらのトレンドを捉えたマーケティング・ブランディング戦略、商品展開を行うことにより、シンガポール市場での競争力を高めることができる。これまで、東南アジア市場参入の腕試しとして同国で商品展開を行う風潮も存在していたが、事前の消費者インサイト分析や、その先の周辺国におけるターゲティング(ペルソナ)の設計が、同エリアにおけるマーケティング戦略を最適化させる需要なポイントとなる。
※2 日本貿易振興機構ビジネス短信「シンガポールの人口が過去最多、600万人の大台に」(2024年10月1日)
日本食ブームで食品の成功事例多数
アジア戦略の基点に最適
シンガポールでは、長く日本食ブームが続いており、日本のラーメンチェーンや寿司店を代表とする日本食レストランが、現地の消費者に高く評価され、どこのショッピングモールにも必ずと言って良いほど日本食レストランが存在する。多文化社会のシンガポールには、異なる食文化を受け入れる土壌があり、日本の食材や料理が現地の食文化に溶け込んでいるといっても過言ではない。
具体的な成功事例としては、シンガポールで11店舗を展開するディスカウントストアチェーンであるドン・キホーテ(海外ではDON DON DONKI)が日本の食材や日用品を日本と変わらない価格で提供することで、現地の消費者から高い人気を博している。販売されているほとんどの商品が日本からの直輸入であり、特にシャインマスカットやモモなどの高品質な果物が店舗入り口に陳列されており、好調な売り上げをけん引する主力商品となっている。
シンガポール政府の厳しい食品安全基準をクリアすることで、日本食品は高品質で安全な選択肢として認識されている。これにより、日本食品はシンガポール市場での地位を確立し、さらなる成長の機会を得ている。日本企業は、シンガポール市場での成功を足掛かりに、ブランド価値を高め、他のアジア市場への展開を図ることが容易となる。
これらのポイントを踏まえ、日本企業がシンガポールでのビジネス展開を考える際には、現地の経済状況や消費者ニーズを理解し、適切な戦略を立てることが重要となる。同国の地理的優位性や購買力の高さを生かし、アジア全体へのビジネス展開を視野に入れることで、さらなる成長を実現する近道となる。
