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モデル企業

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【企業事例】優れた経営戦略を実践する企業の成功ストーリーを紹介します。
モデル企業 2024.09.02

「日本一予約が取れない工場見学」で組織づくり×ファンづくり

島田電機製作所


島田電機製作所では、何でもフラットに語り合うコミュニケーションスタイルが確立されている

2024年7月にオープンした「押す」をテーマにした遊び空間「OSEBA(オセバ)」。「1000のボタン」をはじめ、島田電機製作所のこれまでをまとめた「島田100年ヒストリー」や、30秒でボタンを早押しする「333ハートビートボタン」など、来場者が楽しめる施設となっている

 

 

エレベーターの押しボタンや到着灯をオーダーメードで受注生産している島田電機製作所。かつて、顧客以外にはほとんど知られていなかった老舗の町工場は今、日本全国からファンやメディアが殺到する人気工場に生まれ変わっている。

 

 

“らしさ”輝く世界をつくる

 

2024年で創業91年を迎える島田電機製作所は、「たかがボタン、されどボタン」という職人魂で意匠と機能にこだわり、顧客らしさを引き立てるエレベーター空間を創造している。 

 

大量生産の規格品とは一線を画した、個性が光るデザイン。国内シェア率60%を超えてもなお、挑戦の意欲はフレッシュなスタートアップ企業にも引けを取らない。ミッションやビジョン、バリューを軸に1年がかりで全社員が語り合い、2024年2月に一新したCI(コーポレートアイデンティティー)からは、若々しい躍動感が伝わってくる。(【図表】)

 

【図表】島田電機製作所のコーポレートアイデンティティー

出所 : 島田電機製作所ホームページよりタナベコンサルティング戦略総合研究所作成

 

「私が入社した三十数年前は、本当に昔ながらの古い町工場でした。パンクロックが大好きで、頭を金髪にして自由を謳歌していた私は、自社に息苦しさを感じていました。将来的には自分が働きたいと思える会社にしようと、ずっと思っていたのです」

 

そう語るのは、5代目に当たる代表取締役社長の島田正孝氏だ。2013年に本社を東京の世田谷区から八王子市に移転したタイミングで社長に就任。それから10年かけて、感じたことを何でも素直に伝え合える風土に変えてきた。今の同社には、周りを気にして発言を控えるような社員はいない。終業後には、社内にあるお酒飲み放題のバーに自然と人が集まってくるという。

 

「圧倒的に、おしゃべり好きが多いですね。みんな話すのが上手かと言ったら、そういうことでもないです。ただ、やっぱり一人一人、内に秘めている思いはある。それを表に出して良いのだなと感じられるように、さまざまな仕掛けづくりをしています」(島田氏)

 

例えば、毎週月曜日の朝に全社員が参加する「ハービー会」では、心が動いた(ハートビートで)ポジティブな出来事を1人が発表し、残る社員がコメントを寄せる。グループに分かれず、全社員が耳を傾けるのがポイントだ。「情報の共有だけではなく、感情の共有こそが重要だ」と島田氏は強調する。

 

社員と何でもフラットに語り合うコミュニケーションスタイルは、島田氏が社長に就任した直後、経営基盤を築くために痛みを伴う改革を実行した後、中国で法人を立ち上げた経験が原点になっているという。

 

「日本人には、『言わなくても分かるだろう』という文化があると思うのですが、海外では違いました。ある時、私が『きれいな会社をつくりたい』という話をしたら、中国人の社員から『きれいって何ですか?』と質問されたのです。話してみると、その社員が住んでいる家は土造りであることが分かりました。生活環境が根本から違うと、『きれい』の定義も異なるのが当然です。その時、『きれい』とはどういうことなのか、何のために『きれい』にするのか、一つずつ深掘りして、伝わるように話さなければいけないのだと実感しました」(島田氏)

 

2023年、新CIの策定に当たっては、同社の取り組みの本質を深く理解した面白法人カヤックに参画を依頼した。

 

「自分たちの視野だけで考えると、どうしても決め付けてしまう部分があるからです。自分たちが本当にやりたいことを明確に言語化できるまで、とことん深掘りしました。『当社を音楽に例えたらどんな曲?』『食べ物に例えたらどんな味?』など、さまざまな角度から与えられるテーマについて意見を出し合い、発想を広げながら『島田電機製作所ってどういう会社なんだろう?』とみんなで問い続けた1年間でした」(島田氏)

 

自分たちがどうなりたいのか、目的を理解していなければ会社はうまくいかない。売り上げなどの数字的な目標は通過点に過ぎない。目的さえ共有できていれば、細かいことを言わなくても社員は自発的に貢献してくれる。「当社の一番の強みはそこにあるのです」と島田氏は強調する。