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研究リポート

尖端技術研究会

デジタルテクノロジーや先端技術を正しく知り、自社や業界における課題をどのように解決するかを考えるきっかけの場となるよう、企画をご用意しています。
研究リポート 2024.06.24

幸福度ランキング1位・フィンランドのテクノロジー活用

フィンランド視察2024:尖端技術研究会

フィンランドは、「人々の幸福を向上させるために人工知能を持続的に利用する」という共通ビジョンを掲げる北欧諸国の中でも最先端を走る国である。
企業のAI導入比率でEU圏内1位の実績を持つフィンランドは、国を挙げて、最新技術で新たなビジネスを生み出すスタートアップ企業を支援しており、AI・スマートシティ・自動運転・IoT活用などの分野でユニークなビジネスが創出されている。
業種・業界・地域を超え、最先端のテクノロジーを用いて自社のビジネスを変革している企業を研究する尖端技術研究会は、2024年4月21日~4月25日、北欧の最先端国家フィンランドを訪問し、5社を視察した。「サステナビリティ(持続可能な社会)」実現のため最先端の技術を用いて展開される最新事例について紹介する。

 

 

Futurice:AIを活用した働き方変革イノベーション

 

Futurice CEOのTuomas Syrjänen氏

 

Futurice社は、2000年設立のフィンランド大手AIコンサルティング会社で、フィンランド政府のデジタル化推進プロジェクト「Artificial Intelligence 4.0」にも参画し、AI・データを用いて人々の働き方を変革するビジネスを行っている。

 

コンサルティングで知識や判断をクライアントに提供する中、社員の知識・ノウハウが社内に蓄積されておらず、組織としてナレッジ化できていないに気づいたことが、同社がAIを活用しようと考えたきっかけだった。

 

そこで、社員それぞれにノウハウをデータ化させるのではなく、既存のデータ(例えば、提案書やレポート、メッセージなど)を集めてAIに読み込ませ、ナレッジのカテゴリー分け・類似分類・重複削除を行った。

 

さらに、社内ナレッジだけはなく、マーケット分析にもAIを活用し、今ではChatGPT4.0と連携して、質問するとAIが必要なデータを提供してくれるナレッジマネジメントシステムを構築・運用している。

 

この技術をクライアントへ応用展開し、複数店舗を持つ食品小売業の全社・個別店舗損益の分析から、店舗ごとの販売戦略(品ぞろえや価格設定など)を構築して、7%の利益改善に寄与した。

 

その他、建設現場の工程管理をAIで行うことによって工期を2分の1に短縮するなど、働き方や収益改善にイノベーションを起こしている。

 

 

Business Helsinki、Forum Virum Helsinki:ヘルシンキ市主導のスマートシティ構想

 

ヘルシンキで実証実験されているスマートシティの取り組み

 

 

ヘルシンキ市の運営組織であるBusiness Helsinki社は、ヘルシンキ市と連携してヘルスケア・ウェルビーイング・デジタル化・データ駆動型ソリューション・スマートモビリティなどの分野のスタートアップを年間50社以上支援しており、2023年だけで36の実証実験プロジェクトを実施している。

 

Forum Virum Helsinki社は、その中でもスマートシティ分野でのテクノロジー開発を行っているスタートアップである。

 

ヘルシンキでは、IoTやドローンを活用したスマートシティ実証実験が行われており、例えば、横断歩道の信号にセンサーを取り付け、歩行者と車が接近する危険な状況を事前察知し、歩行者側にもドライバー側にも警告を出すというシステムの開発を行った。

 

また、離島へ素早く医薬品を届けるためのドローン輸送実験も行われており、商業サービスとしては普及していないものの、医療・福祉など緊急性の高い場合での活用を視野に実証実験が重ねられている。

 

ヘルシンキの実証実験の特徴は、実際の住人が生活している環境下でテストを行い、住人にフィードバックさせる点である。街に溶け込むテクノロジー活用を目指し、今後もスタートアップによる実証実験を継続していく。

 

 

GIM Robotics:ロボティクス技術を活用した全天候型自動運転車の開発

 

GIM Robotics 社が開発した無人トラクター

 

 

GIM Robotics社は、2014年設立の自動運転技術を用いた自動化ソリューション提供企業である。特徴的なのは、FA(ファクトリー・オートメーション)を目的とした工場や倉庫内の自動制御ロボットではなく、屋外活用を前提とした全天候型の自動運転車を開発しているところだ。

 

ゼロから自動運転車を開発・製造するのではなく、既存の機械にロボティクス技術を活用して、どの部分にどんな自動制御機能を付加するかをメーカーと協業しながら検討し、開発していく。

 

自立走行時の障害物検知センサーには、LiDAR(光による検知と測距)・レーダー・カメラ・IMU(慣性計測ユニット)・GNSS(全地球航法衛星システム)を活用し、アプリケーションに合わせて使い分けている。

 

同社の開発している自動運転トラムは、線路周辺に人や自動車などの障害物が近寄った場合、LiDARで検出し自動で止まるようにプログラムされている。その他、農業用車両では、3Dマッピング技術を活用して、地形と車両の位置を特定することで自動走行での収穫作業を実現した。

 

同社の自動運転技術は、さまざまな気象条件に対応可能な「レベル4」であり、今後は商用化を目指して開発を続けていく。

 

 

Connected Inventions:IoTセンサーによる“空気質”の最適化で効率的な施設管理を実現

 

Connected Inventions社CEOのMarkku Patronen氏

 

 

北欧は冬の気候が厳しいため、エネルギー効率を最適化することは企業にとって重要なテーマとなる。Connected Inventions社は、室内に設置したIoTセンサーで室内空気の質をデータ化することで、建物のエネルギー効率を高めるための支援を行っている企業である。同社が提供するIoTセンサーは55か国で1000以上の施設に、個数は40万個以上使用されており、日本でも利用されている。

 

IoTセンサーでは、CO2(二酸化炭素)濃度、TVOC(総揮発性有機化合物量)、気圧、温度、湿度、PM(粒子状物質)などを測定でき、施設管理業者にデータを提供できる。センサーで収集したデータは、ダッシュボード形式での提供も可能であり、施設管理者が日々の変化や改善の効果まで簡単に確認することができる。北欧に20拠点以上のオフィスを構える企業の全拠点にて導入したところ、エネルギーコストを30%削減することに成功した。

 

同社のデバイスの特徴は、10年程度は持つ長寿命バッテリーを搭載し、5年ほどはメンテナンスフリーで利用できる点である。1台当たりのデバイス料金は130ユーロ、年間のデータ収集費用も5ユーロ程度とのことで、低コストで導入できる点が強みである。

 

 

Enter ESPO:フィンランドを牽引するエスポー・イノベーションエコシステム

アールト大学での産学連携の取り組みを紹介いただいた

 

 

Enter ESPO社は、首都ヘルシンキより西に位置するエスポー市が100%出資するイノベーション推進企業である。同市に所在するアールト大学やVTT(フィンランド技術研究所)などと連携しながら、地域から新たなイノベーションを生み出すためのエコシステムを形成している。特に、「Sustainable growth Together(共に持続的な成長を)」をパーパスに掲げ、サステナビリティを実現するために新たなビジネスを生み出そうとしている企業を支援している。

 

併設のアールト大学内にあるアールト・デザイン・ファクトリーでは、企業出資式の課題解決プロジェクトが実施されている。さまざまな企業から「解決したいテーマ」を募集し、企業から予算を提供してもらう。それを以て、アールト大学の学生が10カ月間で解決の具体策を検討するプロジェクトである。

 

各国から集まった優秀な人材が、学生の頃から企業課題解決の経験を積むことができる上、企業としても課題解決の糸口をつかんでイノベーションにつなげることができる仕組みだ。

 

このような取り組みによって産学官連携でイノベーションを生み出すエコシステムが形成されているエスポー市は、人口当たりの特許申請数はEU1位であるなど、フィンランドのイノベーションを牽引する役割を担っている。

 

 

フィンランドの尖端技術を活用したイノベーション

 

高福祉・高負担で有名なフィンランドであるが、政府の支援は、産業の領域でも手厚い。サステナブルな社会を実現するため、産学官連携の支援を国主導で実施しており、スタートアップが技術開発して実証実験を行い、さまざまなイノベーションを創出する環境が整備されている。その結果、多くのスタートアップが生まれ、欧州でも随一のイノベーション先進国となっている。

 

また、サステナビリティの考え方が浸透しており、「Better Future(より良い未来)」を実現するために何ができるかという視点でビジネスが生み出されている。これらのことが、世界幸福度ランキング7年連続1位という実績にもつながっているのではないだろうか。